夏の文庫特集(2014) 昭和を彩る伝説そして今 園田静香氏が文庫を買う(東京・丸善日本橋店にて)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年6月28日

夏の文庫特集(2014)
昭和を彩る伝説そして今
園田静香氏が文庫を買う(東京・丸善日本橋店にて)

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今年も夏の文庫特集の時期が近づいてまいりました。本年の特集号に先駆けて、これまで過去に掲載した「○○さんが選ぶ文庫」シリーズを順次ウェブ公開いたします。また、今年の文庫特集号は7月末に発売予定です。どうぞお楽しみに。
(以下より、「週刊読書人」2014年8月1日掲載当時の内容です。)

夏の文庫特集、今年の「文庫を買う」にご登場いただいたのは、文壇バー「クラブ数寄屋橋」のママ、園田静香さん。銀座に店を構えて四七年、多くの作家や政治家、写真家、漫画家、編集者たちが夜な夜な集い、文学談義と酒と、粋な触れ合いに酔いしれてきた。ママは経営者としてだけでなく、エッセイや装幀、挿画の手腕も発揮する。また『文壇バー―君の名は「数寄屋橋」』(財界研究所)は、店の移転を機に、ママが編集者をつとめ上梓した一冊。森村誠一氏、渡辺淳一氏、大沢在昌氏、北方謙三氏、他三〇人以上の作家が寄稿し、手塚治虫氏やさいとうたかを氏ら、店に縁の深かった漫画家の挿絵がちりばめられた、東京・銀座のよき日々が詰まった本。

夏のある日、着物を涼しく着こなす静香ママに、東京の丸善日本橋店で選書をお願いした。ママの選りすぐりの文庫とは――?


園田静香氏が選んだ文庫24点

▽森村誠一『新版 悪魔の飽食』 (角川文庫)
▽大沢在昌『東京騎士団』 (徳間文庫)
▽山本一力『大川わたり』 (祥伝社文庫)
▽西村京太郎『出雲 神々への愛と恐れ』 (ハルキ文庫)
▽桐野夏生『OUT』 (双葉文庫)
▽宮部みゆき『パーフェクト・ブルー』(創元推理文庫)
▽内田康夫『風の盆幻想』 (実業之日本社文庫)
▽加藤廣『信長の棺』 (文春文庫)
▽大藪春彦『非情の女豹』 (光文社文庫)
▽黒岩重吾『新装版 古代史への旅』 (講談社文庫)
▽北方謙三『黒龍の柩』 (幻冬舎文庫)
▽井沢元彦『世界の[宗教と戦争]講座』 (徳間文庫)
▽道尾秀介『プロムナード』 (ポプラ文庫)
▽東野圭吾『毒笑小説』『黒笑小説』『怪笑小説』 (集英社文庫)
▽渡辺淳一『光と影』 (文春文庫)
▽林真理子『anego』 (小学館文庫)
▽宮城谷昌光『玉人』 (新潮文庫)
▽小池真理子『ストロベリー・フィールズ』 (中公文庫)
▽津本陽『深重の海』 (集英社文庫)
▽西木正明『極楽谷に死す』 (講談社文庫)
▽松本清張『軍師の境遇』 (河出文庫)
▽塩澤実信『人間 吉田茂』 (光人社NF文庫)
▽今野敏『隠蔽捜査』 (新潮文庫)
▽川端康成『雪国』 (岩波文庫)

●森村誠一『新版 悪魔の飽食 日本細菌戦部隊の恐怖の実像!』(六〇五円・角川文庫)

「このところ、改憲や集団的自衛権行使容認など、世の中でいろいろなことが起こっているでしょう。この作品は以前読んで、戦争が人類の天敵であることを、切実にまたリアルに伝えてくれると感じた本でした。戦争は人間を殺傷し国を荒廃させるだけでなく、人間性をも奪ってしまう。生物兵器、細菌戦……非常に冷静で同時に熱を帯びた、誠一先生のノンフィクションの視点には驚愕です。先生は、時代小説、推理小説、ノンフィクションから俳句まで、表現が幅広く、常に社会の細部に目を凝らしていらっしゃる。日々を闘っている先生が語る言葉は、たとえフィクションであっても嘘がない、という気がします。

そんな誠一先生は、私のことを〈戦友〉と呼んでくださるんですよ。恋人でも彼女でもなく、〈戦友〉。色っぽくはないですが(笑)とてもうれしいの。銀座の夜、青春の時間をご一緒させていただきましたから。先生には及ばずながら、私も、これからも思い立ったら挑戦の精神で、生涯現役を目指します。この本を読んで、もう一度考えてみたいことがあります」

●大沢在昌『東京騎士団』(七一〇円・徳間文庫)

東京騎士団(大沢 在昌)徳間文庫
東京騎士団
大沢 在昌
徳間文庫
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「在(ざい)ちゃんは、生島治郎先生に連れられて〈クラブ数寄屋橋〉にいらしたのが初めての出会い。うちの店が在ちゃんのクラブデビューだそうなの。感謝しているのは、クラブ数寄屋橋の四〇周年パーティの時のこと。在ちゃんと謙ちゃん(北方謙三氏)がパーティの進行役を買って出てくださいました。その進行のうまさ、サービスの細やかさ、本当に感服しました。パーティは千名を超すお客様でした。さらに店の子に「ママが御礼したら店に行かなくなるよ、と伝えて」と。その言葉は忘れられません。

この本は、『新宿鮫』よりも前に書かれた作品。その新装版です。在ちゃんの作品はいろいろ読んでいますが、若い時代の作品を改めて味わってみたい、と選びました」

●山本一力『大川わたり』(六三七円・祥伝社文庫)

大川わたり(山本 一力)祥伝社文庫
大川わたり
山本 一力
祥伝社文庫
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「江戸の下町情緒を書かれたら、山本先生の天下ですよね。この物語は明治座で芝居になったときに、店の子が出演したので観に行った、思い出の作品です。でも山本先生が初めて書いた長編だとは知りませんでした。解説に“山本作品における家族の結束”とありますが、それは実際の先生を見ていても感じることです。サイン会に伺った折、奥様とお子さんと皆でいらして、あたたかな雰囲気だったのが印象的です。先生が都内近郊を自転車で移動されるのは、割と有名な話ですが、そのサイン会の折も、ご家族で自転車でいらしたのではなかったかしら。じんわりと人情あふれる作品を読み返して、癒されたい気分です」

●西村京太郎『出雲 神々への愛と恐れ』(五五五円・ハルキ文庫)

「京太郎先生との思い出はありすぎて……。十津川警部ものはどれも間違いない面白さですが、その中でもこの本を選んだのは、熱海の先生のお宅に伺ったときに、出雲の話をしていらしたことを思い出して懐かしくなったからなんです。

『文壇バー』の話をしてもいいかしら。京太郎先生が電話をかけてきて、「しづかちゃん、原稿ができたけど、ナマゲン(生原稿)がいい? ファックスでいい?」と聞くんです。私が「ナマゲンがいいにきまってるでしょう、先生」と言うと、その夜、ある出版社の編集の方が店の戸口に立っていらっしゃる。先生の原稿を届けにきてくださったんですって。そのまま帰すのは申し訳ないですから、おはいりください、と再三お誘いしたのですが、“ママの原稿が先になり、うちの原稿が上がらなかったことを会社に報告して、明日の朝一でもう一度、西村先生のところに行かねばならないので”と。申し訳ないやら、ありがたいやら。そのとき先生が書いてくださったのが〈何とも奇妙な三角関係〉という文章。そこには私と、京太郎先生と、山村美紗さんが三角関係だった、なんて書いてあって。さらに美紗先生が京太郎さんに“静香さんは生島治郎さんに捨てられ、笹沢佐保さんに逃げられ、今、森村誠一さんを追いかけている。みんな美男子、あなたはタイプじゃないのよ”と言ったとか。いいえ、どれもホントじゃないのよ(笑)。でも心が緩む懐かしい話です」

●桐野夏生『OUT』(上七五〇円、下七〇〇円・双葉文庫)

OUT(上)(桐生 夏生)双葉文庫
OUT(上)
桐生 夏生
双葉文庫
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「ダイナミックで、おきれいな夏生先生。私たちとは、女同士の気楽な話をしてくださいます。でも直木賞の選考会の後などは、編集者や選考委員の先生方と、小説について熱を帯びて語られ、そのキラリと光る発言や表情は、女の目から見てもほれぼれします。

この本は、まず帯文に惹きつけられました。〈あんたとなら地獄まで行くよ〉だなんて、そそられません? 帯は着物の中心ですが、本の帯もとても重要ね。

生活の中で様々な葛藤を抱えている女性たちが、ある事件をきっかけに犯罪に手を染める。かっこいい夏生先生が描く犯罪小説。この本を読んで、一味違う女性たちの人生を味わってみましょう(笑)。〈日本推理作家協会賞受賞作〉なんですね。いい本を選びました」

●宮部みゆき『パーフェクト・ブルー』(七〇〇円・創元推理文庫)

「みゆきちゃんは、デビューしたてのときから、直木賞を受賞して、選考委員になられてからも、全くお変わりになられません。人気の大作家が、デビュー当時のまま、頭は低いし優しいし。私は常にその姿に感動しております。一方で作品には、人間の抱える心の闇の奥や、社会の病巣を炙り出すようなビビッドな視点も感じます。あの笑顔がかわいらしいみゆき先生が、こんなに重厚で辛辣な作品をお書きになるのか、といつも驚いてしまうんです。この本でも、〈高校野球界のスーパースターが全身にガソリンをかけられ、焼き殺される〉というショッキングな事件が起こるのですね。表紙になっているワンちゃんが語り手なのも面白いです」

●内田康夫『風の盆幻想』(六三七円・実業之日本社文庫)

「〈浅見光彦シリーズ〉、好きなんです。でもこの本はまだ読んでなかったわ。風の盆のおわらが舞台なんてムードがありますよね。内田先生は、地方の伝説や歴史、風俗を息づかせた芳醇なミステリを書かれるでしょう。謎に対するスリルはもちろんのこと、旅愁や土地の空気など、いろいろなことを一冊で感じられるのが魅力よね。

解説によると、この本はシリーズでも異色で、名探偵・浅見光彦と、推理作家・内田康夫センセの、二人三脚の推理行なんですって。内田センセが、たくさん登場する本だなんて、これは選ぶしかないわよね(笑)」

●加藤廣『信長の棺』(上五五一円、下五八六円・文春文庫)

信長の棺(上)(加藤 廣)文春文庫
信長の棺(上)
加藤 廣
文春文庫
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「この本は小泉純一郎さんの愛読書でもあったそうですね。以前読みましたが、加藤先生独特の信長像に新鮮な驚きを覚えました。先生は証券会社にいらした、ビジネスの専門家です。だから見方が独特なのだと思います。今「利休の闇」を「オール讀物」で連載されていますが、これも今までにない利休像。時代小説は、歴史として語られている事実とは少し異なる角度から、新たな真実が浮かび上がってくる、読者にとってそんな瞬間に立ち会う面白さがあると思います。七五歳でデビューされ、八○歳を越えてなお若々しく挑戦される姿とその作品に、惹かれています」

●大藪春彦『非情の女豹』(七〇〇円・光文社文庫)

非情の女豹(大藪 春彦)光文社文庫
非情の女豹
大藪 春彦
光文社文庫
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「大藪先生は他の店で飲んで終いにうちにくることが多かったのですが、“静香ちゃん、僕、今日奥さんと喧嘩して、奥さんが出て行っちゃったんだ”というんですよ。それが一回や二回じゃなくて、そのたびに近くの小料理屋さんで、おにぎりと煮物、おしんこを用意して、帰りにお持たせしていました。内心、奥様って一体どんな方なのかしら、とちょっと先生に同情した事もありました。先生が亡くなった後で奥様にお会いすると、“あなたが静香さんですか、いつもおいしいおにぎりをありがとう”とおっしゃるの。やられた、と思いました(笑)。作品とは印象の違う、お茶目な先生なんです。

昔は、出版社が主催する文化人歌謡大会というものがありました。日劇で行われ最後は新宿のコマで。私たち銀座の人間は、楽屋のお手伝い、そして数寄屋橋は特に、舞台係を任されていたの。大藪先生は徳間書店の看板作家のお一人だったので、なんとか先生を舞台に引っ張り出さなければならなかった。編集の方から、“ママ、何とか先生を”と頼まれ、“ぼくは音痴だから”とおっしゃる先生に“先生と「銀恋」が歌いた~い”と無理やりお誘いしました。先生は口パクでいいからと言って。後で写真を見て分かったんですけど、歌の間中ずっと私の方を見ているだけだったんです。三回だけ目を合わせましょう、……のところで、と言ってあったのですが(笑)。懐かしい、三年間の“銀座の恋の物語”です。

先生は『野獣死すべし』など、ワイルドな作品を残していらっしゃいますが、実際にアフリカのジャングルに行って猟をされ、バイソンとの死闘を繰り広げたりもしていたみたい。そういう話を聞く前のこと、先生が外国に行くとおっしゃったから“お土産買ってきてね”とねだったの。普通、外国のお土産といったら、香水か何かを想像しますよね。いただいたのはサバイバルナイフ(笑)。

今回選んだ作品は、〈女豹シリーズ〉の第一作。主人公の女性は、レズでSMを好み、ナイフを振り回して、殺しや拷問を行う……しかもとっても美しくて魅力的。最後に、他シリーズの伊達邦彦との絡みもあって、読みどころ満載、迫力満載の一冊ですね」

●黒岩重吾『新装版 古代史への旅』(九八三円・講談社文庫)

「先生は、何軒かはしごした最後酒が数寄屋橋だったんです。深夜三時から四時頃まで店にいらっしゃることもざらで、カラオケなどなかったですから、マッチ箱にフォークやマドラーを差し込んでマイク代わりにして歌うの(笑)。みんなでマイクを奪いあうようにして、楽しかったわね。今年は生誕九〇年で、〈黒岩重吾展〉が神奈川県立文学館で開催されました。

先生は初めの頃は現代を舞台に、社会の問題を抉り出すような小説を書かれていたけれど、次第に古代史を舞台にした小説、『天の川の太陽』や『白鳥の王子 ヤマトタケル』などを書き始めました。この本は、小説家の先生ならではの眼差しで、古代の謎を解説してくださる贅沢な本。解説で清原康正さんが、〈教科書の中では眠っていた人物たちが、血の通った、体温のある人間として立ち上がっていく〉と書いています。卑弥呼や聖徳太子など、名前だけはよく知っている古い時代の人物が、私たちと同じ身近な人間として蘇えってくるロマンを、楽しみたいと思います。

古代史の小説の舞台について、店でも先生は楽しそうに話していらっしゃいました。数寄屋橋を愛してくださった先生を思い出しながら、読みたいです」

  *

「これまでに、クラブ数寄屋橋には、個性や遊び心、情熱を持った作家さんたちがたくさん遊びにきてくださいました。今は簡単に情報が手にはいる時代ですね。昔は人間と人間が情報の伝達をしていたでしょ。だから編集者も数寄屋橋に行けば、あの先生に会えるとか、携帯がない時代の待合せの場でもあったんです。直接顔を合わせるからこそ、こちらからもあちらからも意見が出て、火花が散ることもあった。その散った火花の分だけ、作品の大きさに繋がったのではないかしら。文壇バーはそのためのサロンだったのではないでしょうか」

●北方謙三『黒龍の柩』(上七四一円、下七〇〇円・幻冬舎文庫)

黒龍の柩(北方 謙三)幻冬舎文庫
黒龍の柩
北方 謙三
幻冬舎文庫
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「先ほどお話しした通り、謙ちゃんには在ちゃんと一緒に、40周年パーティで進行役をしていただきました。大きな大きなプレゼントをいただいたと感謝しています。

謙ちゃんの歴史小説は幅広くて、いろいろな時代のものを、国をこえて書いていらっしゃいますよね。『水滸伝』や『楊令伝』など有名な作品がたくさんありますが、ごめんなさい、この本は読んだことがありませんでした。謙ちゃんのようなハードボイルドで、男らしい男のまなざしから、新選組はどう描かれるのか。龍は美しくて怖くて、魅力ある架空の動物。一見ハードボイルドでワルな印象の謙ちゃんも、たとえるならやさしい眼をした龍のような男性だと思います。謙ちゃんの御実家は佐賀の老舗(和菓子屋)です。“ぼん”と呼ばれているそうですよ(笑)。熊本でも謙ちゃんの事を“ぼん”と呼ぶ人がたくさんいらっしゃいます。私も出身が熊本だから、謙ちゃんには懐かしさを感じるんですよ」

●井沢元彦『世界の[宗教と戦争]講座 決定版』(七一〇円・徳間文庫

「元彦ちゃんは、分かりやすく噛みくだいて書いてくれるから、『言霊』『逆説の日本史』など、とても面白く読みました。私は特定の宗教は持っていないのですが、宗教も戦争も、人間の世界からなくなることはないものだと思うので、この本を読んで、少し何か、考えるきっかけにしたいです。

元彦ちゃんも『文壇バー』に原稿をくださった一人です。旧店の一方的な立ち退きで私が困っている時、たくさんの作家の方達が協力してくださいました。本当に感謝しています。大先生方の原稿をいただく迄の間、数々の面白いエピソードが。その中の一つ、お話ししてしまおうかしら。元彦ちゃん、原稿が締切に遅れたんですよ。“遅れてごめんね。でもひさしさんはまだでしょ”とおっしゃったの。“ひさし先生は締切日にくださいましたよ”と言うと、目をくるくるさせて、一週間後に原稿をいれてくださいました(笑)。井上ひさし先生は遅筆家で通っていたから、驚いて刺激になったみたい。

『文壇バー』でいただいた原稿には、先生方のやさしさがたくさん詰まっていて、本当にお店を始めてよかったと思いました。元彦ちゃんも口ではいろいろ言うけど、やさしくて大好きな方の一人です」

●道尾秀介『プロムナード』(六九一円・ポプラ文庫)

プロムナード(道尾 秀介)ポプラ文庫
プロムナード
道尾 秀介
ポプラ文庫
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「最近の若い人には珍しい、男の粋さをもっている方ですね。推理作家協会賞のビンゴゲームで道尾さんが司会をしていたことがあって。私と同時にビンゴになった男性が他にも数人いて、じゃんけんで勝者を決めることになりました。すると道尾さん、“ママはチョキですよね”などと前フリをして、私がじゃんけんに勝つように演出してくださるんです。タレントさんみたいな男っぷりで、内面もウィットにとんだ、魅力を持っていらっしゃる方。

そんな道尾さんのエッセイ集。過去から現在までの、笑いや悲しみや、夢や落胆、七〇篇が詰まっているんですって」

●東野圭吾『毒笑小説』『黒笑小説』『怪笑小説』(「毒」六四八円「黒」六〇五円「怪」五三五円・集英社文庫)

毒笑小説(東野 圭吾)集英社文庫
毒笑小説
東野 圭吾
集英社文庫
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「圭吾先生は、『白夜行』や『手紙』、加賀恭一郎シリーズなど、切なすぎる話をたくさん書かれていますが、これはブラックユーモアの短篇。そのギャップに惹かれました。

ところで、私、東野圭吾さんのことは、東野先生と呼んでいました。そうしたら在ちゃんが、“なんで俺たちは、在ちゃん、謙ちゃんなのに、彼には先生なんだ”ってからかうんです。そう言えば、渡辺淳一先生のことを淳ちゃん、森村誠一先生のことは誠一さん。時の流れの中でおこった逆転現象。不思議なことが起きるのね。 

推理作家協会賞のパーティでした。“ママ、東野先生じゃなくて、圭吾さん、って声かけて来なさい”と命じられて。ドキドキしながら、会場をくるりと回って“圭吾さん”って声を掛けたら、“はい”ってやさしく答えてくださいました。まったくいい大人が、パーティで何をやっているのかしらね(笑)。お笑い短篇ということで、そんなおかしなエピソードを思い出しました」

●渡辺淳一『光と影』(六一六円・文春文庫)

光と影(渡辺 淳一)文春文庫
光と影
渡辺 淳一
文春文庫
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「この本に収録されている「光と影」で直木賞を受賞されたでしょう。初めてお会いしたのはその少し前で、私も田舎から出てきたばかりだし、ずんたんも田舎から出てきたところでした。あ、ずんたんは淳一先生のことです。私たち時々“ずんたん、すずか”と呼び合っていたんです(笑)。出会って間もないあるとき、早乙女貢先生と淳一先生と私で、戸川昌子さんの〈青い部屋〉に行きました。その後、早乙女先生が帰って、二人っきりになっちゃったの。今から思うと計画的だったのかもしれないけれど、結局、深夜の街を延々と歩いて、家まで送ってもらっただけでした。ところがそのときのことを淳一先生は、“ホテルを探して歩いていたけれど、見つからなかった”と書いていらっしゃいます(笑)。昔の話。懐かしい一夜の思い出ね。

この本は、お医者様でもある先生だからこそ書けた、医学小説ですよね。小松伸六さんの解説に、“自然科学とロマンとは隣合わせなのだ”という先生の言葉が引いてありますが、確かに先生の作品を読むと、人間と人生を考えさせられます。好きな本は他にもあるけれど、今日はずんたんの原点でもあるような、この作品を選びたいと思いました」

●林真理子『anego』(六六九円・小学館文庫)

anego(林 真理子)小学館文庫
anego
林 真理子
小学館文庫
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「真理子先生も、若いころからおつきあいさせていただいて、ずんたん(渡辺淳一先生)とすずか(私)のかけあいが面白い、なんて言っていただき、よくお店にご一緒されました。先生は、日本舞踊をやっていらっしゃるでしょう。とてもいいお着物を着て、お店にいらっしゃるんです。“先生、お着物素敵ね”というと、子どものようにニコーッと笑われて、とてもかわいらしいの。

先生は、女流作家として、世の中の女性たちを牽引していらっしゃると思うんです。この本はドラマにもなりました。裏表紙の作品紹介には〈すべてをリアルすぎるくらいリアルに描ききった、林真理子の代表作〉と。これが面白くないわけがないわよね」

●宮城谷昌光『玉人』(四七三円・新潮文庫)

玉人(宮城谷 昌光)新潮文庫
玉人
宮城谷 昌光
新潮文庫
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「先生には奥さんともども、非常にかわいがってもらっています。『三国志』をはじめ、うちの店の子の中にも先生のファンは多いです。宮城谷先生の作品は、すっと心に入ってくるのですが、一つ一つの言葉には奥行きがあるので、本当に理解するまでには時がかかる印象があります。その言葉の奥行きに迷い込むから、作品のとりこになってしまうのかもしれません。

この本は女性の美しさと、幻想的な恋を描いた短篇集ですね。実は、装幀の魅力的な女性の後ろ姿に、奥様のことを重ね合わせて手にしました。

奥様には、私が一番困っているときに励ましていただきました。旧店を急きょ退去せねばならなかったときに、ビルを見て回ってもなかなかこれという場所が見つからなくて。くたびれて奥様に電話をすると“必ずみつかるから大丈夫よ”と言ってくださいました。その数日後、今の数寄屋橋の店舗を見つけたんです。一番奥の席に座ったときに“あぁここだ”と思ったの。コーヒー好きな奥様のことを思いながら、この本をゆっくり読みたいですね」

●小池真理子『ストロベリー・フィールズ』(八八五円・中公文庫)

「読売新聞の連載にはまって読んでいました。小池先生は、濃密な直球の性愛を描きますが、ただの官能にとどまらず、人間というものの哀しみを感じさせるところが、深いなぁと思うのです。帯に〈新しい男女の形、“性愛よりも大きなラブ”が浮かび上がる〉とあります。小池先生の心理描写は、ゾクッとするほど真実を捉えていらっしゃるから、怖いものみたさのような、そんな気持ちでいつも読んでいます。ずっとずっと愛を追求し、素敵な小説を書き続けて欲しい!」

●津本陽『深重の海』(八六四円・集英社文庫)

深重の海(津本 陽)集英社文庫
深重の海
津本 陽
集英社文庫
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「私は、お店のショーやプレスクラブの講演などで、殺陣や居合を披露することがあるのですが、津本先生は示現流の剣術をなさっていらっしゃるので、指南してくださったり、剣術の有名な先生のところに連れて行ってくださったり、とてもお世話になりました。そして『のるかそるか』『薩南示現流』など剣豪を題材にした歴史小説、塚原卜伝、柳生新陰流の柳生兵庫助、示現流の創始者東郷重位の伝記小説などは、剣術同様、美しく切味のある面白さ。選んだ本は同人誌に断続的に掲載されたものが直木賞受賞作になったのですね。私が持っていた先生の作品のイメージとは少し違っていて、捕鯨組織について書かれた、ドラマチックで男っぽい小説みたい。こういう出会いはうれしいです」

●西木正明『極楽谷に死す』(六二七円・講談社文庫)

極楽谷に死す(西木 正明)講談社文庫
極楽谷に死す
西木 正明
講談社文庫
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「西木先生の作品は“ノンフィクション・ノベル”と呼ばれて、緻密な取材にフィクションも交えたバランスがとても面白いと感じています。この本は、学園紛争やあさま山荘事件、ベトナム戦争など、激動の70年代が、記憶として呼び起される短編集です。私はもうクラブ数寄屋橋を始めていましたけれど、日々を闘って生きてきた今、西木先生の本を読みながら、昔を振り返るひと時もいいな、と思いこの本を選びました」

●松本清張『軍師の境遇』(六七〇円・河出文庫)

軍師の境遇(松本 清張)河出文庫
軍師の境遇
松本 清張
河出文庫
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「今ちょうど、NHKの大河で黒田官兵衛をやってますでしょう。この本は、もともと高校生向けの雑誌に連載していたそうですから、ドラマに負けず劣らず、分かりやすくて大人も十分に満足する小説なのではないかしら。解説に“歴史を正しく学び、これからの日本を平和で豊かな国にして欲しいという清張の想いは、今もまったく古びていないし、保守化の波が強まっている現代だからこそ、歴史から何を学ぶかを真摯に受け止める必要がある”とあります。とても共感する言葉です。

先生に初めてお会いしたのは、パーティの席でした。あのぎょろっとした目で、“きみどこの店の子?”って、上から下まで睨められて。まるで“刑事の尋問”のようでしたよ。しかも三度も同じように尋ねられたから、心の中で“先生、もう三回目ですよ!”と叫びましたよ。そうしたら編集の方が気をつかわれたのか、“帰りに寄りましょう”とおっしゃってくれて。それが先生の初来店。知り合うと、優しい先生でした」

●塩澤実信『人間 吉田茂 昭和の大宰相の生涯』(六八九円・光人社NF文庫)

「かつては番記者に強い力があり、三浦甲子二さん、NHKの島桂次さんなどが、政治家を連れてうちの店にもよくいらしてました。私も若かったから“あなた方そんなに偉いんだったら、総理でも連れてきたら”なんて言って、本当に連れてきてくださったこともありましたよ。中曽根先生をはじめ、のちに総理大臣になられた方、一度だけの来店の方も入れると十三人。角栄先生、羽田先生、小沢先生などが、若い頃によくきてくださいました。でも残念ながら、吉田茂先生にはお会いしていないんです。菊村到先生のお兄さん、政治評論家の戸川猪佐武さんが書かれた『小説 吉田学校』を読んだことが、私の吉田総理への興味のきっかけかもしれません。“馬鹿野郎解散”をするような方、魅力的ですよね。当時は政治家や大臣にオーラがあった気がするのですが、時代の違いでしょうか。今は出る釘は打たれ、大物が生まれない印象があります。我々の商売もそうですが、時代は変わっていくものですから、仕方がないところはあると思います。改めて、吉田茂という人に触れて、古き良き時代を残しながら、今にどう対応するのかを学びたいものです」

●今野敏『隠蔽捜査』(六八〇円・新潮文庫)

隠蔽捜査(今野 敏)新潮文庫
隠蔽捜査
今野 敏
新潮文庫
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「空手道場を主宰する敏ちゃんの第一印象は、男らしさの反面、夢見る眼差しを持った少年でした。後から知ったことですが、石ノ森章太郎さんのご親戚なのね。石ノ森さんにもお世話になりました。敏ちゃんが吉川英治文学新人賞を取った時、「かあさんやったよ!」と授賞で受け取った花束を持ってきてくれたのは嬉しかったです。今や押しも押されもせぬ人気作家で、たくさんの本を書いていらっしゃいますが、その中から今日は、そのときの受賞作で、警察小説の歴史を変えたと言われる「隠蔽捜査」シリーズ第一作を選びます」

●川端康成『雪国』(五四〇円・岩波文庫)

雪国(川端 康成)岩波文庫
雪国
川端 康成
岩波文庫
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「川端先生は幾度かお店にいらしてくださり、お会いすることができました。三島由紀夫先生は亡くなる少し前に店へいらしたんです。その時の会話は、強烈に脳裏に……。川端先生は三島先生の死に大変なショックを受けられたそうですね。まもなくお亡くなりになり、その川端先生の死には、有馬頼義先生が強いショックを受けられました。私に“来年、凄いことをやるからね”とおっしゃった翌年、自殺未遂のニュース。驚きました、あの言葉は……? 様々なドラマが蠢く時代でした。

私は幸運にも、クラブ数寄屋橋という場で、昭和を彩られた伝説の方達にも数多くお会いすることができました。私の大切な宝物として心の中に。文壇も時代も変化し続けています。歴史と文化だけで生きていけるならば、そんなに楽なことはないけれど、そうは行きません。でも歴史と文化はやはり大事で、それを生かしながら、どうやって現在を歩むか、ですよね。『雪国』のような日本の名作を読むことで、きめの細かい美意識を自分の核として持ちながら、今の時代をいかに生きていくかを考えていけたらいい、と思います」

    *

取材を終えて、静香ママに感想を伺った。
「これだけたくさんの本を買うのは初めての経験です。また本と作家さんについて、こんなふうに話をするのも初めて。ものすごく楽しくてときめきました。本をきっかけにして違う自分の世界が見えたような、忘れていたものを取り戻し、また新しい見方をしていけるということにも気づかされました。

先生方との関係もあって、普段は単行本の新刊を買うことが多いのですが、文庫の世界も面白いですね。新刊の中でもえりすぐられた人気作品が文庫になるわけで、文庫の棚には時代が集積されている。そうして、文庫を通じて過去への旅ができるような。私、気だけは若いから、一冊一冊に感動して、今日は昔の私に何度も戻ってしまいました。また文庫の棚に足を運びたいです」
(おわり)


この記事の中でご紹介した本
2014年8月1日 新聞掲載(第3050号)
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