熟議民主主義の困難 / 田村 哲樹(ナカニシヤ出版)ポピュリズム全盛時代の熟議の可能性を探って|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年7月3日

ポピュリズム全盛時代の熟議の可能性を探って

熟議民主主義の困難
著 者:田村 哲樹
出版社:ナカニシヤ出版
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熟議という言葉は、定着したようでもあり、廃れた流行り言葉のようでもある。私たちが日常的にこの語を用いることも決して珍しくはない。また二〇一二年実施のエネルギーに関する討論型世論調査では、熟議が空論ではないことが示された。他方、民主党政権下でこの語が多用されたことから、政権交代後の熟議の存在感には陰りも見られる。

本書は、前作『熟議の理由』に続き、日本の熟議民主主義研究を主導する著者が、最新の理論動向を踏まえて、その可能性を探った一冊である。かなり細かい理論的な内容も扱われ、当該分野の研究者以外には理解が及びにくい部分もあるかもしれない。しかし、こうした理論的研究の必要性については、広く知られるべき事情がある。

学界でも、熟議に強い疑問が表明されるケースは少なくない。最近では、実証分析に依拠して熟議の非現実性を指摘する研究もある。だが、そうした批判もまた、自由民主主義(本書では代表制と公私区分により定義される)の機能不全という現状認識は共有している。よって、熟議は批判できても、熟議が要請される状況を否認し現状維持を決め込むことはできない。熟議の他に決定的な処方箋があるわけでもない。熟議がそう簡単には棄てられない選択肢だからこそ、入り組んだ論点を丁寧に解きほぐす必要が生じるのだ。

前作での著者は、民主主義の危機的状況を再帰的近代化論から説き起こしていた。本書は、そこで定式化された熟議民主主義論を、各種の「阻害要因」からいかに擁護するかという観点からまとめられている。最初の二章で阻害要因とされる分断社会や個人社会は再帰的近代化論の帰結でもあるし、それ以外にも前著との連続性が見られる箇所は少なくない。しかし、主張の変化が見られる点もある。一つは、前著の「選好の変容」から「反省性」へ、という強調点の移行である。両者は、人が今現在持つ見解の見直しを促す点で共通している。だが、「選好の変容」では理性的な討議を経た意見の変化が第一義であるのに対して、「反省性」においては、共感やレトリックを通じて反省がもたらされる限りで、情念を熟議に組み込む余地が生まれる。熟議概念が、広く柔軟になっているのである。

もう一つの変化は、熟議の制度と場について、前作に比べ圧倒的にイメージが豊かになっていることだ。本書中最長の第五章アーキテクチャ論では、人を特定の選択肢へと緩やかに誘導する「ナッジ」が熟議のためのアーキテクチャとして導入され、レトリックやベーシック・インカムなど多彩なナッジの活用が主張される。また第三部では、家族や友人関係などからなる親密圏での熟議の必要性と可能性が、さらに、ミニ・パブリックス単独ではなく親密圏も含めて全体的に熟議を実現させる熟議システムの概念と、自由民主主義を熟議システムの下位類型に置くという観点が示される。

本書では、現代社会の態様から、情念、自由民主主義体制そのものまで、考え得る限りの主要な民主主義の論点に対して全方位で検討が試みられ、それが議論の柔軟さと豊かさに結実している。ただ、その豊かさの分、熟議の意味の拡散を防ぐことは容易ではないようにも感じられる。たとえば第二章では、現在全盛のポピュリズム論につき、反省性と包括性が不十分だとして熟議との差別化が図られる。だが他方で、自由民主主義の上位概念として非自由民主主義下でも可能とされる熟議民主主義は、ポピュリズムに近似せざるをえない。その時、情念は反省性をもたらす可能性があると述べるだけで十分だろうか。また、自由民主制に備わる抑制・均衡のナッジは、熟議に必要とされないのだろうか。

それでも、権威主義的動向すら見られる現代に、熟議の魅力は色褪せない。民主主義者である限り、批判者も、賛同者も、本書を簡単に通り過ぎることはできないのである。

この記事の中でご紹介した本
熟議民主主義の困難/ナカニシヤ出版
熟議民主主義の困難
著 者:田村 哲樹
出版社:ナカニシヤ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年6月30日 新聞掲載(第3196号)
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