ホロコーストに教訓はあるか ホロコースト研究の軌跡 / マイケル・R・マラス(えにし書房)歴史から何を学ぶべきか  ホロコースト研究者による回顧録的読書案内|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年7月3日

歴史から何を学ぶべきか 
ホロコースト研究者による回顧録的読書案内

ホロコーストに教訓はあるか ホロコースト研究の軌跡
著 者:マイケル・R・マラス
出版社:えにし書房
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本書は、カナダのホロコースト研究者マイケル・マラスによる回顧録的な読書案内である。未だホロコースト研究が専門分野として確立されていなかった一九五〇年代末にトロント大学において歴史を学び始めてから現在までの研究状況がマラスの目を通して語られ、この間に出会った主要文献やその著者達の印象を手短に記している。この分野は近年著しい発展を遂げ、イスラエルに限らずホロコースト研究の場を設ける大学が増加し、論文や関連書籍が次々に発表されている。そして本書の日本語タイトルに表れているように、「ホロコースト」というキーワードは今日、幅広い読者をひきつける力を持つに至ったようである。

なぜ「ホロコースト」は人をひきつけるのであろうか。その理由の一つを、マラスは「教訓」への期待だとする。マラスは研究生活を通じて「ホロコーストの歴史から何を学ぶことができるか」という問題に取り組んできたと自負する。マラスによれば、一般の多くの人々は「第二次大戦中のヨーロッパ・ユダヤ人の虐殺があった、そこには特別の教訓がある――この悲劇を研究すれば、その教訓が明らかになる」と期待しており、彼らには「ホロコーストには特別の教訓が存在するという強いこだわりがあるようだ」と指摘したうえで、それを問題視する。実際、歴史家達は「最も重点的に、かつ体系的にこのテーマに取り組めば取り組むほど、こうした教訓を確立するのはきわめて難しいとますます強く感じるようになる」という。汎用可能性の高い「教訓」をホロコーストから導き出し、一般化することはできない、とマラスは繰り返し主張する。ただし、ホロコーストから「学ぶことは多くある」と述べる。何を学ぶべきなのか。それは例えば、「命令を発し何百万という人々を虐殺する権力に、あまりに慌ててすがりつく前に、一歩引いて冷静に考えるきっかけをつくること」である。こうしてみると、彼の言う「一般の人々が期待する教訓」と、「学ぶべきこと」との間に明確な境界線を引くことは難しいのだが、マラスが念頭に置いているのは、「ホロコースト」が様々な目的と組み合わされ権威づけに用いられる現状である。一九五五年のブロードウェイ版『アンネの日記』の脚本に対しては「ヒューマニストを装ったホロコーストのハイジャック」ではないか、という非難があった。また、シオニズムをはじめ政治的な目的のためにホロコーストの歴史を援用することへの異議が絶えることはなく、二〇〇三年にアウシュヴィッツ絶滅収容所跡地の上空をイスラエル空軍のF―15戦闘機が儀礼飛行した際には、「ユダヤ人の力とホロコーストへの追悼を関連付けようとするこうした努力」は「恥ずべき俗悪な形で軍事力を見せつける」ためになされた「子供じみた全く余計な行為」だという強い批判がイスラエルの歴史家から上がった。

マラスは『全体主義の起源』や『イェルサレムのアイヒマン』に言及する中で、「アーレントの影響力は、歴史的理解を深めることにつながったというより、私たちが根本的に重要だと考えたテーマを扱ったことにあったと思う」とまとめている。本書はホロコーストに関わる重要なテーマとして、ワシントンDCのホロコースト記念博物館における非ユダヤ人(特にスラヴ人)の扱いや、「生存者」とはいかなる存在かを巡る論争を取り上げているが、深く追求してはいない。エリ・ヴィーゼルのように「生存者とは証言をすべき存在」であるという立場に対し、マラスは生存者だからといって「ホロコーストの巨大で文化的・地理的な、一時的に存在した全景を評価するに当たって、他の人々より有利な位置にいるわけではない」と指摘するに留まる。本書が改めて提示した問題や見解は、議論の展開や解釈の根拠を個々の研究者の資質に帰することなく、より一層厳密に論じていく必要があるだろう。(真壁広道訳)

この記事の中でご紹介した本
ホロコーストに教訓はあるか ホロコースト研究の軌跡/えにし書房
ホロコーストに教訓はあるか ホロコースト研究の軌跡
著 者:マイケル・R・マラス
出版社:えにし書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年6月30日 新聞掲載(第3196号)
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