ひとつの文字が、どれだけ広がりを持つのか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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編集室から
2017年7月13日

ひとつの文字が、どれだけ広がりを持つのか

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石川九楊さんの著作を、今回読みなおしてみて、やはり目を見開かされる思いに何度も捉われた。
「一」という文字の中に、どれだけの情報が潜んでいるのか。ひとつの文字が、どれだけ広がりを持つのか、普段はあまり意識しない。石川さんの本を読むと、街に出て、あるいはテレビ等でニュース映像を見ていて、つい文字に目がいってしまう。たとえば、先日まで、連日のように、「共謀罪」の問題が取りざたされていた。ニュースでは、法務省の建物とその看板が映される。
看板の文字は、唐代の書家・顔真卿の「顔氏家廟碑」から集字したという。「法」の字は、「顔氏家廟碑」の中には三字登場するが、なんと一番不出来な文字を選んでしまっていると、石川さんは喝破する(「名は体を表す」と考えれば、それでいいのかもしれないが)。
中上健次、草森紳一、吉増剛造の三人を、石川さんは「現代文筆家の三筆」と呼ぶ。草森さんの自筆は拝見したことはないが、中上さんの集計用紙に書きつけたあの文字と、吉増さんの独特の文字は、忘れることはできない。「エロイエロイラマサバクタニ又は死篇」に、今日これから初めて対面する。三七年の時を超えて、どのような感慨が心に浮かぶのか。実に楽しみである。 (A)
2017年7月7日 新聞掲載(第3197号)
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