サマータイム / 佐藤 多佳子(新潮社)佐藤 多佳子著『サマータイム』 青山学院大学 安田 かおり|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年7月10日

佐藤 多佳子著『サマータイム』
青山学院大学 安田 かおり

サマータイム
著 者:佐藤 多佳子
出版社:新潮社
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サマータイム(佐藤 多佳子)新潮社
サマータイム
佐藤 多佳子
新潮社
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小学生の頃の夏は、強烈に〈夏〉だった。朝はやく起きて、目をこすりながらラジオ体操に行き、何をして遊ぶかサイダー片手に真剣に考えた。大学生になった今では、目もくらむような眩しい八月の太陽も、プール上がりの濡れた髪から漂う塩素の匂いも、自転車のペダルを踏むたびに風を受けて膨らむTシャツも、もう失われて、セピア色だ。そう思っていた。この本に出会うまでは。

この本は素直で気持ちの優しい弟「進」と美人だがワガママな姉「佳奈」と、大人びた片腕の少年「広一」を中心とした四作の連作短編集だ。それらすべてに共通してピアノが登場する。表題作の「サマータイム」もジャズのスタンダード・ナンバーである。

十一歳の八月、進はどしゃ降りのプールで、事故で父親と片腕を失った二つ年上の少年、広一に出会う。雨はいつしかめちゃくちゃな雷雨になり、広一は進を家に誘う。そこで進が目にしたのは、デカくて黒くて、ピカピカのグランド・ピアノだった。ジャズ・ピアニストの母を持つ広一の、右手だけで鮮やかに奏でられるサマータイムは、進の耳に、心に、強く響いた。

難しい漢字は一切使われていない。軽やかでリズミカルな文章。しかし、するすると頭に入ってくるからといって油断していては、あまりにも瑞々しく鮮やかな描写にガツンとやられるに違いない。

《スプーンの上のゼリーは、まるで透きとおった色ガラスのかけらのようなんだ! ひと口めは、南の海の波、きらきらしたブルー。ふた口めは、海草の色、謎めいたグリーン。み口めは、深い冷たい水底の色、青緑。

いつかどこかで見た、一番美しい海の風景を、ぼくらは思い浮かべていた。はだにひりりと痛い日差し、熱いにおいの夏の風。佳奈も広一くんも、そんなイメージを追うかのように、ちょっとうっとりした遠いまなざしでボールのゼリーをすくっていた。》

この文章を読んでいると、私の頭の中でも、いつかの海が波音を立てる。かぶり忘れた帽子と、じりじりと焼ける首の後ろ。鮮烈なフラッシュバック。そこには確かに色があった。セピア色になったと思っていた感覚が、瑞々しい色を伴って思い起こされる。きらきらしたブルー、謎めいたグリーン。不思議な感覚だ。これを読んでいる瞬間、私は確かに思春期の多感な少女のひとりだった。

そして表題作「サマータイム」の中で、終始一貫して流れるジャズ・ピアノ「サマータイム」。
《広一くんは、また鍵盤をたたきだした。ぼくは、しだいにその曲を覚えていった。胸にしみる感じがした。聴いたことがないほど悲しくてきれいなメロディーだ。

なぜか、午後の海を思い出した。どこにでもある、少し灰色がかった青い海。いいかげん泳ぎ疲れて、あおむけに浮かんでいると、広い空が白くまぶしく、波に揺られていつのまにかほのぼのと眠くなってくる。幸せな感じ。なのに、ちょっと悲しい。》

もともとは子守歌だというサマータイムの、どこかもの悲しいメロディーが、この小説をすっかり包み込み、私たちのノスタルジーをかき立てる。

今の私は、本棚に夏をしまっている。いつかの夏に戻れなくとも、小説の「サマータイム」と、ピアノの「サマータイム」。これさえあれば、いつでも私はあの夏を思い出せる。

この記事の中でご紹介した本
サマータイム/新潮社
サマータイム
著 者:佐藤 多佳子
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年7月7日 新聞掲載(第3197号)
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