真夏の文庫 大特集(2016) ザツドクノススメ 一日中書店にいれるなら! 豊﨑由美さんが文庫を買う(ジュンク堂書店池袋本店にて) |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年6月14日

真夏の文庫 大特集(2016)
ザツドクノススメ 一日中書店にいれるなら!
豊﨑由美さんが文庫を買う(ジュンク堂書店池袋本店にて)

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今年も夏の文庫特集の時期が近づいてまいりました。本年の特集号に先駆けて、これまで過去に掲載した「○○さんが選ぶ文庫」シリーズを順次ウェブ公開いたします。また、今年の文庫特集号は7月末に発売予定です。どうぞお楽しみに。
(以下より、「週刊読書人」2016年7月29日掲載当時の内容です。)

文庫特集、今年の「文庫を買う」に登場いただいたのは、書評家、ライターの豊﨑由美さん。『週刊新潮』『TVBros.』など各種媒体で活躍中。『まるでダメ男じゃん!』『ガタスタ屋の矜持』『百年の誤読』などの「本の本」で、名作、珍作、純文学からエンタメ、日本文学から海外文学まで、小説を中心に幅広く本の面白さを紹介。栗原裕一郎さんとの共著『石原慎太郎を読んでみた』や、大森望さんとの共著『文学賞メッタ斬り!』などでは、文壇の大御所に対しても、歯に衣着せず批評する――。そんな豊﨑さんに、ジュンク堂書店池袋本店で選書をお願いした。

豊﨑由美氏が選んだ文庫25点

▽町田康『告白』(中公文庫)
▽渡辺淳一『阿寒に果つ』(ポプラ文庫)
▽沼田まほかる『猫鳴り』(双葉文庫)
▽J・ロダーリ『猫とともに去りぬ』(光文社古典新訳文庫)
▽『短篇ベストコレクション現代の小説2016』(徳間文庫)
▽森見登美彦『新釈走れメロス他四篇』(祥伝社文庫)
▽西崎憲編訳『短篇小説日和』(ちくま文庫)
▽『大東京繁昌記山手篇・下町篇』(講談社文芸文庫)
▽舞城王太郎『世界は密室でできている。』(講談社文庫)
▽R・ドーマル『類推の山』(河出文庫)
▽S・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』(河出文庫)
▽R・ルーセル『ロクス・ソルス』(平凡社ライブラリー)
▽J・E・パチェーコ他『ラテンアメリカ五人集』(集英社文庫)
▽『原民喜全詩集』(岩波文庫)
▽J・キャロル『死者の書』(創元推理文庫)
▽R・ブローティガン『アメリカの0235釣り』(新潮文庫)
▽ケラリーノ・サンドロヴィッチ『消失/神様とその他の変種』(ハヤカワ演劇文庫)
▽松尾スズキ『宗教が往く』(文春文庫)
▽倉狩聡『かにみそ』(角川ホラー文庫)
▽佐藤泰志『海炭市叙景』(小学館文庫)
▽枡野浩一『もう頬づえをついてもいいですか?』(実業之日本社文庫)
▽小松左京『日本アパッチ族』(ハルキ文庫)
▽D・インストール『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(小学館文庫)
▽田口久美子『書店繁盛記』(ポプラ文庫)

●町田康『告白』(一一四三円・中公文庫)

告白(町田 康)中公文庫
告白
町田 康
中公文庫
  • オンライン書店で買う
「天才ですよ、町田康は。河内音頭のスタンダードナンバーにも入っている〈河内十人斬り〉を元にした作品です。舞台は個人思想が芽生えていない田舎の村。近代的自我をいち早く獲得しつつある主人公は、村単位の思考と相容れず、周囲とコミュニケーションが取れなくなっていく。描かれるのはディスコミュニケーションの不幸なんです。そういう内面的な葛藤を、シリアスに陰湿に描かないのが町田流。この主人公は駄目な人です。頭はいいけど怠けもので、何をやっても悉く失敗する。それに対して町田康が「あかんやないか」とツッコみを入れながら話が進むから、おかしくておかしくて。そのアホな内面に寄り添って読み進んだ最後に、主人公が十人もの人を殺さなくてはならないところに至ったときに、ものすごく切ないんです。そうした悲しさや切なさをグルービーに描き切る、町田康の語り手としての凄さ。「宇治拾遺物語」の現代語訳や、新作の『ギケイキ』もそうですが、言語センスと思考の自由さに痺れます。小説はこうあるべき、というような通念、暗黙の了解を、町田康は無視する。そこがカッコいいんですよね。同時代に生きて、現在進行形で新作を読めるのが幸せだと思う作家です」

●渡辺淳一『阿寒に果つ』(六八〇円・ポプラ文庫)

阿寒に果つ(渡辺 淳一)ポプラ文庫
阿寒に果つ
渡辺 淳一
ポプラ文庫
  • オンライン書店で買う
「淳一先生が亡くなられるまで、『TVBros.』で取り上げては笑い者にしたり、『文学賞メッタ斬り!』でその選評を腐したりしてきました。WEB検索で、「豊)由美」と入れると、次に出てくる単語が「渡辺淳一」か「石原慎太郎」というぐらい、もはや切っても切り離せないような関係です。でもそんな淳一先生も、権力を得る前はまともな小説を書いていました。この小説は、ご自身が高校生のときに好きだった女性の話。清冽で清潔。『失楽園』以降のエロティシズムの把握は浅はかだったと思いますが、この頃の作品には繊細な感性があり、若さと青さに共感できます」

●沼田まほかる『猫鳴り』(五二四円・双葉文庫)

「僧侶の経験もあるからか、まほかるさんの生死観には凄味があります。この話は、一匹の捨て猫をみつけるところから始まりますが、その対処の仕方が凄絶で、動物好きには、第一章は読むのがキツイです。でもそれを耐えて最終章に辿り着いたときの感動といったらありません。結局飼われることになった猫は、近所のボス猫に成長し、その寿命を全うして、今や少しずつ死に向っている。そして妻に先立たれた老いた飼主が、猫に教えられるんです。「死」は恐れるべきものではない、と。猫を猫として、擬人化せず描き、公平な目で、生きものの生と死に向き合っている。これは猫文学の代表的作品です」

●ジャンニ・ロダーリ『猫とともに去りぬ』(関口英子訳、七八〇円・光文社古典新訳文庫)

「本に呼ばれました。千野帽子さんは、私たちが本を選ぶのではなく、私たちが本に選ばれている、と書いていましたが、その通りですよね。原題は分りませんが、まず惹かれたのはタイトル。そして裏表紙の解説によれば、〈魚になってヴェネツィアを水没の危機から救う一家。ピアノを武器にするカウボーイ。ピサの斜塔を略奪しようとした宇宙人〉と奇妙な話ばかり。岸本佐知子さんは風変りな名作を見つける名人ですが、彼女のアンソロジーに入っていてもおかしくない奇天烈な短編。とても面白そう」

●日本文藝家協会編『短篇ベストコレクション現代の小説2016』(七六〇円・徳間文庫)

「書評家の杉江松恋さんが、厖大な数の作品を読みまくって選った短篇集なんです。この一年間で、二〇一五年に発表された日本の短篇を一番読んだのは、杉江さんですよ。もともとはミステリを読む達人ですけど、ここでは、朝倉かすみ、三浦しをん、SFの梶尾真治を選ぶなど、エンタメ全般に目配りが効いている。日本文藝家協会編になっているけれど、私は杉江さんのアンソロジーとして選びました。私なら引き受けないと思うぐらい、割に合わない誠実な仕事です」

●森見登美彦『新釈走れメロス他四篇』(五六二円・祥伝社文庫)

「どの作品も外れなしの作家ですよね。韜晦癖で、自分を下に置いて物を言う、ユーモアを湛えた語り口が独特。「山月記」「藪の中」「走れメロス」「桜の森の満開の下」「百物語」と教科書に載るような名作を、京都の街を舞台に、森見さんがどのような新しい作品に仕上げたか。達者さが存分に出ている短篇集です」

●西崎憲編訳『短篇小説日和英国異色傑作選』(一〇〇〇円・ちくま文庫)

「柴田元幸、岸本佐知子、若島正など、英米文学の目利きを、私は〈メキキスト〉と呼んでいるのですが、作家で翻訳家で、名アンソロジストの西崎憲さんもその一人。一九九八年に発刊された『英国短篇小説の愉しみ』全三巻の中から、評価の高かった十七作品が抜粋・改稿され、新訳三篇が加えられています。どれもこれも素晴らしい作品です。が、特にお薦めしたいのは、ジェラルド・カーシュの「豚の島の女王」と、アンナ・カヴァンの「輝く草地」。この本を読んで面白いと思ったら、アンナ・カヴァンは『氷』などの代表作が訳されているし、ミュリエル・スパークやキャサリン・マンスフィールドの短篇集も出ています。アンソロジーは知らなかった作家に出会える楽しみと、その後で、他に訳されている作品を探す楽しみがありますよね。自分の好きな作風や作家を見つけてください」

●講談社文芸文庫編『大東京繁昌記山手篇』『下町篇』(各一七〇〇円・講談社文芸文庫)

「私は)凡社ライブラリー版を読んでいるのですが、関東大震災から四年、復興しつつある東京を、下町篇と山手篇に分けて、当時の人気作家と画家にルポさせている本です。高浜虚子は丸の内、芥川龍之介は両国、徳田秋声は大学界隈、田山花袋が日本橋、泉鏡花が深川等々。藤森成吉は、当時のベストセラー作家。その作品の内容はトンデモ本ですけれどね(笑)。上司小剣には、「鱧の皮」という上方の名短篇があります。
三・一一の後すぐに、この本を思い出しました。現代の作家たちが、宮城や福島をルポし、災害の痕跡を後世に伝える企画を新聞社が立ち上げないのかな、と。
それぞれの随筆も絵も素晴らしいし、当時を知るための資料性も高い本です」

●舞城王太郎『世界は密室でできている。―THE WORLD IS MADEOUTOFCLOSED ROOMS』(四四八円・講談社文庫)

「舞城さんが「煙か土か食い物」でデビューした時、瞠目しました。こんな語り口があったのか――メフィスト賞はさすがだと。これは『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン少年を精神病院という密室から出す話としても理解できる小説です。
タイトル通り、世界は密室。人間は〈自分〉という密室からは出て行けない。小説を読むとは、自分とは違う誰か、こことは違うどこかと出会うことで、ほんの一時でも檻から出ることができる、そういう行為だと思います。思春期の頃に、家庭や学校という密室から出たいと願っても、社会は自由を許さない。檻から崖っぷちに追いやられたとき、捕まるぐらいなら、とダイブした先には黄金色のライ麦畑が広がっていて、心優しきキャッチャーが受け止めてくれる。それを信じる純な魂が、舞城さんの小説にはある。彼の小説には死体がたくさん出て来るし、陰惨なことも起きるけれど、その奥にあるのは、ナイーブな何かなんです。人を信じる気持ちとか、愛する気持ちとか。それが一番分りやすく表われているこの本を、舞城作品の入門書として、大勢の人に、特に中高生に読んで欲しいです」

●ルネ・ドーマル『類推の山』(巌谷國士訳、九〇〇円・河出文庫)

類推の山(R・ドーマル)河出文庫
類推の山
R・ドーマル
河出文庫
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日本では初版が一九七八年に白水社から出ていますが、私はそれには間に合わなかったんです。この小説の面白さを伝える澁澤龍)のエッセイで知って以来、読みたくて仕方がなかった。一九九六年に文庫版が出たときは、嬉しくて嬉しくて。
遥か遠くにある、〈類推の山〉を探しに行く一行の話ですが、冒険の準備段階から珍妙で、挿絵も何やら奇妙で。トンデモ科学に近い奇想天外なことを、真面目に考えているドーマルのばかばかしさ。シュルレアリスム小説の傑作と言われますが、一九九六年の時点でも、こんな小説読んだことないと思うぐらい新しくて、驚嘆しました。ドーマルの急死により、すごく変なところで終ってますが、未完だからこそ読み継がれているのかもしれません。
当時の澁澤ブームの効果は絶大で、やはり読みたくても読めなかったエルンストの『百頭女』や『慈善週間または七大元素』も、河出文庫が復刊してくれたものです。河出様さま!」

●スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』(岸本佐知子訳、一五〇〇円・河出文庫)

「福武書店から出た単行本が絶版になり、白水社からの復刊も手に入らなくなって、河出文庫が引き受けてくれた。これは絶対に絶版にしたらいけないと思う傑作のひとつです。エドウィン・マルハウスは、不朽の名作である『まんが』を書き、十一歳で夭折する。その天才作家の伝記を書くのが、隣に住むやはり十一歳の少年という突飛な設定です。読むうちに、エドウィン・マルハウスの才能よりも、語り手のほうが上手なのではとも思えてきて、モーツァルトとサリエリの関係を彷彿させもします。
評伝という文芸ジャンルの批評的なパロディになっているところが面白いし、幼年時代の輝きを描く筆致の素晴らしさには胸打たれまくり。私自身、人生の黄金期は小学生時代で、後は余生だと思っているので、とりわけこの小説は胸に響くんです。著者のミルハウザーは、アニメや漫画が大好きな、オタク気質の作家で、そういう知識もたくさん入っています。『イン・ザ・ペニー・アーケード』など、短篇の名手でもありますから、最初の一冊には、短篇集かこの本をお薦めするようにしています」

●レーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』(岡谷公二訳、一五〇〇円・平凡社ライブラリー)

「八〇年代に刊行されたけれど、すぐに絶版になってがっかりしていたら、二〇〇四年に)凡社から復刊され、すぐ買いました。でもまだ読んでない(笑)。訳者の岡谷さんはフランス文学と美術の研究者ですが、『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』という面白い著作もある方。シュヴァルは郵便配達夫をしながら、三三年をかけて石を拾っては運び、宮殿を作った。そんなシュヴァルに魅せられた岡谷さんが訳すのだから、これも絶対面白いと思います。
〈天才科学者カントレルの奇想の発明品が並ぶ広大なロクス・ソルス荘〉、〈ブルトンが熱讃し、レリスが愛し、フーコーがその謎に魅せられた〉そうです。作者のルーセルは『アフリカの印象』という作品が有名ですが、ピアノにも秀でていたこの天才について、青柳いづみこさんが〈ルーセルと音楽〉という解説をつけています。私は、小説には共感よりも驚きを求めるタイプなのですが、この本は新たな衝撃を与えてくれそうな気配に満ちみちています。なら、早く読めよってことなんですが(笑)」

●ホセ・エミリオ・パチェーコ/マリオ・バルガス=リョサ/カルロス・フエンテス/オクタビオ・パス/ミゲル・アンヘル・アストゥリアス『ラテンアメリカ五人集』(五七一円・集英社文庫)

「ラテンアメリカ各国にすごい作家がいるわけですから、その粋を集めたこの本は入門書としてお薦めです。バルガス=リョサは『緑の家』や『ラ・カテドラルでの対話』などの大長編で知られていますが、ここに収録されている「子犬たち」こそが私にとっては、忘れられない物語なんです。
語り手は〈ぼくたち〉。〈その年はまだ、みんな半ズボンをはいていて、ぼくたちはタバコも吸わず、サッカーが何より好きで〉という語りから物語は始まります。転校生のクエリャルは、勉強もできるしサッカーも上手だけど、鼻にかけるところがなくて人気者。ところが、サッカーの後でシャワーを浴びているときに、彼は狂った犬にペニスを噛み切られてしまう。そして渾名は〈ちんこ〉に……。思春期になって、皆が女の子に関心を持つようになっても、クエリャルだけは好きな子に告白することができない。成長と共に、悲しみは濃くなっていきます。幼なじみたちが真っ当な大人になっていく中で、ごろつきとつるむクエリャルがかわいそうで、悲しくて。〈ぼくたち〉という集団の語りだからこそ、安っぽくならずに奥行きが生まれている。私のベスト短篇二〇篇に入る、傑作です」

●『原民喜全詩集』(五〇〇円・岩波文庫)

原民喜全詩集(原民喜)岩波文庫
原民喜全詩集
原民喜
岩波文庫
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「「コレガ人間ナノデス」という、カタカナ表記の詩が入った「原爆小景」は、有名な一連ですよね。原爆やヒロシマを詠った、日本にとって重要な作家の一人なのに、私は読んでこなかった。本屋大賞を受賞した宮下奈都さんの『羊と鋼の森』に引用されたのを見て、原民喜という詩人の存在を再発見したんです」

●ジョナサン・キャロル『死者の書』(浅羽莢子訳、八〇〇円・創元推理文庫)

死者の書(J・キャロル)創元推理文庫
死者の書
J・キャロル
創元推理文庫
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「キャロルをこれから読む人が、心底羨ましい。どの作品にも、ある種のサプライズが用意されているんですけど、その質がジェフリー・ディーヴァーとは違うんです。どんでん返しのためのどんでん返しではなく、物語の必然としての驚きの展開。この物語の主人公はフランスという名の作家に傾倒しているのですが、訳者の浅羽莢子さんは〈実在しない本の作者についてここまで入れ込んで書ける筈がないと思い、ついに架空の人物と納得した時は、ではフランスの本は決して読めないのだと落胆したほどだ〉と書いています。
この本を気にいったら、『月の骨』や『空に浮かぶ子供』など他の作品も読まずにはいられなくなります。少しずつ登場人物が重なって、キャロルワールドを形成していますが、このやり方は伊坂幸太郎さんも取り入れてますよね。キャロルの邦訳本が入手しにくくなってきていることには、焦りを感じます。なくなる前に読んで欲しい。ただ、キャロルのミステリ作品はおすすめしません。ダーク・ファンタジーこそがこの作家の真骨頂です」

●リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』(藤本和子訳、五五〇円・新潮文庫)

「ポストモダン小説が好きな人なら、読んでなければおかしい一冊。筋はなく、鱒釣りに関するいっぷう変った断片の織りなす世界がとても豊かです。例えば、ホームセンターのような場所で、中古の〈鱒のいる小川〉が一フィート単位で売られている。〈幅によって値段は変らないです〉、〈うちでは汚れた川を売るなんて思われちゃ困ります〉とかなんとか。不条理と言うか、ナンセンスと言おうか。ここに描かれているのは、愛すべき面のアメリカです。
英米の翻訳家の多くが敬愛している藤本和子さんが、独占的にブローティガンを訳しています。ブローティガンで新訳はありえないというぐらい、藤本訳は素晴らしい。ブローティガンの最初の一冊にはこれを読むといいと思います」

●ケラリーノ・サンドロヴィッチ『消失/神様とその他の変種』(一三〇〇円・ハヤカワ演劇文庫)

「戯曲はト書のみで地の文がなく、会話を中心に物語が進むでしょう。想像する余地の広さに、読書中の脳内が面白い動き方をするんですよ。ミステリ、SFの早川書房。その一方で、演劇雑誌『悲劇喜劇』を出し、こうして演劇文庫も出している。売れ筋では決してないと思いますが、版元の心意気を感じます。
ケラさんの作品は、現代的な感覚とコメディのセンスが抜群にいい。演劇好きはこの本をきっかけに、野田秀樹、エドワード・オールビー、テネシー・ウィリアムズ、ソーントン・ワイルダー、ハロルド・ピンター、トム・ストッパード、別役実といったあたりの名作もぜひ読んでください。観たことある舞台を、もう一度味わい直せます」

●松尾スズキ『宗教が往く〈上〉』(六一九円・文春文庫)

宗教が往く(松尾スズキ)文春文庫
宗教が往く
松尾スズキ
文春文庫
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「私が解説を書いています。残念ながら(下)は品切れ中ですが……。初出は『鳩よ!』の連載でしたが、〈小説の前に〉と銘打って、松尾さんが結婚の申し込みに行く話が延々続き、いや~スリリングでした(笑)。このまま小説が始まらないのでは……と不安になる頃、突如、巨大頭フクスケ少年のすさまじい物語がすさまじい筆力で始まっていくんです。
これは才能のある人が、小説の書き方を探っているうち、その入口を見つけた瞬間から、ものすごいエネルギーで突っ走って書き上げたという、小説が出来るまでのルポルタージュでもあるのではないか。その意味で他に類を見ない小説になっているんです。読んだらきっと驚きます!」

●倉狩聡『かにみそ』(五六〇円・角川ホラー文庫)

かにみそ(倉狩聡)角川ホラー文庫
かにみそ
倉狩聡
角川ホラー文庫
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「〈私〉が浜辺で見つけたときには、ほっそりしたはさみの小さな蟹だったんですが、食欲がハンパなくて、そのうちにテレビを見たり、人語を話すようになっていく。この奇想天外を自然に読ませてしまう筆力がまず素晴らしい。〈私〉は無気力で無職のダメ男ですが、蟹と共生するうちに生活にハリが出てくるんです。人と蟹の素敵な友情物語、と思いきや、とある事件をきっかけに――。
その後の展開はかなり凄絶なのですが、なぜか不思議に愛らしい。日本ホラー小説大賞史上、最もかわいいホラーになっていて、しかも結末は切ない。才能ある作家だと思います」

●佐藤泰志『海炭市叙景』(六一九円・小学館文庫)

海炭市叙景(佐藤泰志)小学館文庫
海炭市叙景
佐藤泰志
小学館文庫
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「この本の復刊はツイッターがきっかけだったんですよ。佐藤泰志は、芥川賞の候補にも数度選ばれた実力のある作家ですが、自死して作品も忘れられかけてていた。そういう中で『海炭市叙景』の映画化が決まり、私もツイッターで応援をしていました。そしたら「豊﨑さんは、佐藤泰志をどう思っていますか」とフォロワーに尋ねられ、「傑作だと思う。本来だったら、芥川賞を取っているべきだ」と答えたところ、そのやり取りを小学館の編集者が読んでくれていて、復刊が決まったんです。
これは海に囲まれた地方都市「海炭市」に生きる十八人の人生の一場面を切り取った群像劇です。最初の一話、「まだ若い廃墟」を読んでみてください。肩寄せ合って生きている兄と妹が、初日の出を見に、数千円の全財産を握って山に上るんです。帰りはお金が尽きて、妹だけロープウェイで、兄は山を歩いて降りることに。ところが、待っても待っても兄は戻ってこない。
胸が苦しくなるような話も、心にポッと灯がともるような話も、内容は多岐に亘りますが、どれをとっても書割じゃない。海炭市という町と、そこに生きる人々が確かに存在すると感じさせてくれるんです」

●枡野浩一『もう頬づえをついてもいいですか?映画と短歌AZ』(六一九円・実業之日本社文庫)

「枡野さんという人間が好きなんですよね(笑)。枡野さんの語りには、「僕」が死ぬほど出て来る。離婚話と息子に合わせてもらえない話など、非常にプライベートなところを、包み隠さず明かしてしまう。こんなことを言ったら変に思われるから止めよう、という躊躇がない。それが枡野さんの語りの凄みです。
これはAからZまでのアルファベットで始まる映画のコラムと、短歌を組み合わせた本だけど、アスペルガーの気があると公言しているだけあって、KYの枡野さんにはツーと言えばカーがない。物の見方が、誰とも違っていて、とっても新鮮。皆がいいと言うシーンが分からないし、見ていない映画の話も平気でしてしまう(笑)。まだ初版なので、皆さん、重版出来が実現するよう、枡野さんを応援してあげてください」

●小松左京『日本アパッチ族』(九一四円・ハルキ文庫)

日本アパッチ族(小松左京)ハルキ文庫
日本アパッチ族
小松左京
ハルキ文庫
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「中学のときに、星新一と筒井康隆を知って、世の中にはこんなに面白い小説があるのか、と夢中になったのですが、その歴史の中で小松左京が抜けているんです。『日本アパッチ族』は、もっと早く読んでおくべきだった。解説から当時の評判を知ることができます。『日本アパッチ族』は、〈わが国のSF作家たちが、より高次のSFの達成を目指してなお前進するということの、よい辻占であった〉と。終戦直後の大阪に実在した屑鉄泥棒を、鉄を食って進化する人間へとSF化させた、小松さんの代表作ともいえる作品。『AKIRA』を筆頭に、影響を受けている作品が多々あります。これは読まなくてはいけないマストSFです」

●デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(松原葉子訳、八五〇円・小学館文庫)

「私からのおまけプレゼントです。AIBOを家族の一員として大事にし、今も修理をして飼い続けている人たちに共感する私が、〈30代のダメ男とポンコツ男の子ロボット〉の友情物語ときて、素通りすることができましょうかっ。カバーイラストは、酒井駒子さんの描くロボット。これは本に呼ばれた一冊です」

●田口久美子『書店繁盛記』(六〇〇円・ポプラ文庫)

書店繁盛記(田口久美子)ポプラ文庫
書店繁盛記
田口久美子
ポプラ文庫
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「これもおまけプレゼント。昨年閉店した池袋リブロの前身の書店に、今泉さんという有名な店長さんがいて、俗に「今泉棚」と呼ばれる本棚が、一九八〇年代のサブカルクソ野郎たちの聖地でした。どれだけ、その棚で出合った本があったか。田口さんは、今泉さんの薫陶を受けた方です。書店員は、無名性の元にいい棚を作り、そこから読者に本を届けるプロですよね。その点に関して、書評家は敵わない。尊敬し信頼している田口さんが、書店のリアルエピソードを綴った本が文庫化されていたので、一冊加えました」

豊﨑さんから漏れ出す本の話は魅力的で、すぐさま表紙をめくりたい衝動にかられた。お話の終りに、選書のご感想を伺った。
「本屋はいられるものなら一日中いたいくらい楽しい場所ですよね。選書は今回こうなっただけで、新たに選び直せば、また別な内容になるでしょう。文庫はそれぐらい豊かな、日本独自の出版形態。でも一方で、去年まであった本が簡単に絶版にされてしまう。このご時世、仕方がないとはいえ、とても焦ります。特に海外翻訳ものは、気になる本はすぐ買った方がいい。今すぐ読まなくても、いつか読めばいいんだから。
若い方は、いろいろ手を出してみて、二〇頁読んで面白くなかったら、いっぺん読むのを止めればいいと思います。本には、読解にある種の訓練が必要なものもありますよね。それを読めたときの喜びといったらない。でも無理に背伸びをして読んだら本が嫌いになってしまうかもしれない。だから、一冊に拘泥しないで、どんどん選んでどんどん止めて、最初は楽しいと思う本を読み続けてみてください。本との波長をチューニングするのも、訓練なんですよね。チューニング力をつけるために、雑読する。それには文庫はぴったりなんです」
豊﨑さんは選書の折、棚前でもたくさんの書名をあげてくださった。

この記事の中でご紹介した本
2016年7月29日 新聞掲載(第3150号)
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