御供平佶『車站』(1982) 階段を降りつつ急に立ち止り振り向く掏摸に眼あはすな     |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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現代短歌むしめがね
2017年7月18日

階段を降りつつ急に立ち止り振り向く掏摸に眼あはすな     
御供平佶『車站』(1982)

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作者は18歳から国鉄に勤め、国鉄解体までの25年間を鉄道公安の職務に就いて過ごしたという経歴の持ち主である。実際に駅構内や車内に潜入捜査をする「私服専従員」の業務を担当していたことがあり、その時期に逮捕してきたスリや痴漢たちをモチーフとした短歌も多い。そのため、特殊な職業のルポルタージュという側面もある歌集が目立つ。

鉄道公安機動隊に所属して反安保運動のデモとぶつかっていた時期もある作者だが、心の底まで体制側に染まることができる性格ではなかったようだ。スリの常習犯の中には、悲惨な生い立ちを持ち、そうすることでしか生きられなかったような人々がたくさんいた。スリを逮捕する常道はスリ独自の癖や行動原理を覚えることであったらしく、ついつい他人の視線の動きを注視してしまう職業病が体に染み付いたそうだ。

掲出歌は一九七五年、私服専従員時代に作られた一首である。階段を降りる途中で急に立ち止まって振り向くというスリの奇妙な習性を捉えている。捕まえる側だからこそ表現できるリアルである。一方でその行動原理を完全に理解してしまうことは拒否するかのように、「眼あはすな」と自らに言い聞かせる。その習性の意図を完全に理解してしまったとき、スリと同じ人種になるかのような予感を抱え続けていたのだろう。

鉄道という身近な空間に無数の人間ドラマがあり、苦みのある詩が立ちのぼる瞬間がある。そんなことを教えてくれる短歌である。
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2017年7月14日 新聞掲載(第3198号)
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