コケット あるいはエライザ・ウォートンの物語 / ハナ・ウェブスター・フォスター(松柏社)高い完成度にもかかわらず黙殺されてきたアメリカ文学の代表作|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年7月17日

高い完成度にもかかわらず黙殺されてきたアメリカ文学の代表作

コケット あるいはエライザ・ウォートンの物語
著 者:ハナ・ウェブスター・フォスター
出版社:松柏社
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「アメリカ文学の代表作って何?」読書好きの友人からそう聞かれたのは、大学院生になったばかりの頃だったと思う。一言で返すには躊躇われて一瞬答えに窮したわたしは、無邪気に答えを待つ人を前に、アメリカ文学の書架に必ず並んでいそうな作品を、留保とも言い訳ともつかぬ前置きののちに口にした。ナサニエル・ホーソーン、ハーマン・メルヴィル、エドガー・アラン・ポーといった19世紀の作家や、ウィリアム・フォークナー、F・スコット・フィッツジェラルド、トニ・モリソンなど、すでに邦訳があり、読書好きなら一度や二度は耳目に触れたことがありそうな作家の手によるものだった。

わたし自身は、その後の研究を通じて、そして、アニメや漫画、はたまたロックの歌詞でさえ文学・文化研究の市民権を獲得していく時代に身を浸す中で、そもそも「代表」とか「正典」とかいうくくり自体がきわめて恣意的であることを学んできた。それでも、もし今、再び同じ質問をされたなら、20代の自分の返答に迷うことなく付け加えたい作品がある。松柏社からこの6月に上梓された本邦初の待望の訳書『コケット――あるいはエライザ・ウォートンの物語』(ハナ・ウェブスター・フォスター、田辺千景訳・解説)である。

同書はアメリカ文学・比較文化・大衆文化研究の言わずと知れた第一人者、亀井俊介氏と巽孝之氏により監修された画期的な叢書「アメリカ古典大衆小説コレクション」(全12巻)の第6巻にあたる。十八世紀アメリカ感傷小説の中でもひときわ目立つ高い完成度と30版を越す大ヒット・ロングセラーの記録、さらには、アメリカ生まれの女性が建国期のアメリカで初めて出版した小説という魅力的な史実まで持ち合わせているにもかかわらず、同書は叢書の他のベストセラー小説と同様、意匠に欠けた大衆向けの作品として長らく等閑視され、ましてや、翻訳という形で日本の読者に紹介されることはなかった。男と運命に弄ばれて結局堕落の憂き目にあう軽佻浮薄な乙女の紋切り型の物語にすぎないと切り捨てられてきた『コケット』は、大衆に媚びを売ったコケット顧みるに値しない作品として、近年まで研究においても翻訳においても黙殺されてきた。

しかし、訳者の田辺氏が解説するように、ステレオタイプな読みから読者が自由になれば、むしろその大衆小説の中にこそ、「アメリカ小説らしいテーマ」が立ち現われてくるのを感じるだろう。そもそもこの全12巻のラインナップを一瞥するだけでも、従来の文学史から何が漏れこぼれ、何が正典研究の後景へと追いやられてきたのかが、自ずと浮き彫りになってくる。

監修者の亀井俊介氏と巽孝之氏は、従来の狭い文学史観に揺さぶりをかけ、もっと雑多でダイナミックなアメリカ文化の諸相を明らかにする〈ラディカルきわまる文学思想史〉の研究を牽引してこられた。近年のアメリカ文学史では必ず言及されるようになってきた『コケット』を日本で紹介し、再評価のうねりを起こしてきたのも両氏である。翻訳書の有無が、異国の作品を評価する上で暗黙のフィルターになっているここ日本で、アメリカ古典大衆小説が、両氏の手により選定され、流麗な邦訳と一流の識者の解説をつけた最高の形で日本の読者に届けられようとしていることは僥倖という他ない。アメリカの大衆小説コケットがいかほどか、実際にお手に取られることをお薦めしたい。古典にして最前線の訳書。アメリカ文学の必読書である。(亀井俊介・巽孝之監修、田辺千景訳・解説)
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年7月14日 新聞掲載(第3198号)
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この記事の中でご紹介した本
コケット あるいはエライザ・ウォートンの物語/松柏社
コケット あるいはエライザ・ウォートンの物語
著 者:ハナ・ウェブスター・フォスター
出版社:松柏社
以下のオンライン書店でご購入できます
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