弱い「内面」の陥穽 芥川龍之介から見た日本近代文学 / 篠崎 美生子(翰林書房)読者を挑発する刺激的な書  著者の批評の眼を通してテクストは再発見される|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年7月17日

読者を挑発する刺激的な書 
著者の批評の眼を通してテクストは再発見される

弱い「内面」の陥穽 芥川龍之介から見た日本近代文学
著 者:篠崎 美生子
出版社:翰林書房
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読者を挑発する刺激的な一書の誕生である。漱石生誕一五〇年、その晩年の愛弟子芥川龍之介没後九〇年に当たる年に、著者が長年書き続けてきた、思いのこもった論考が時満ちて一本にまとまったことをまずは喜びたい。

漱石・龍之介両者に共通して言えることは、明治・大正・昭和の近代文学の読者が激減した中にあっても、相変わらずよく読まれ、国語教科書にも採用されているところだ。著者は柄谷行人の「内面の発見」からヒントを得た、〈弱い「内面」〉というキイワードを用い、新たな批評精神に立って芥川のテクストを論じる。それは現代小説の笙野頼子や原爆文学、そしてアダルト・チルドレン小説にも及ぶ。

さて、本書は序章・終章に挟まれた全八章から成る。これらは便宜的に第一部「物語」と〈疎外〉(一~三章)、第二部「物語」とメディア(四~六章)、第三部 疎外に抗して(七~八章)の三部に分類される。著者の鍛えられた明快で魅力的な文体による論述は、ここに豊かな作品再検討の世界を展開する。第一部で取り上げられた「南京の基督」「奉教人の死」「六の宮の姫君」「蜃気楼」「羅生門」「蜘蛛の糸」「藪の中」は、著者の掌の中で再発見され、テクストの検討は、〈弱い「内面」〉をめぐって大きく羽ばたく。著者の論が批評と研究として十分成立するのは、先行文献に広く目配りし、テクストに鋭い分析のメスが当てられているからである。そこに新たな〈読み〉の世界が広がる。

第二部「物語」とメディアでは、活字の上に現前した「芥川」像を追い、それらがどのように紡がれてきたかを探る。特に五~六章が重要だ。とりわけ五章は、わたしも同人の一人であった〈芥川龍之介研究年誌の会〉の機関誌に連載されたものが中心で、当時から労作との評が高く、六章の「「上海游記」をめぐる時間と空間」は、紀行文『支那游記』論としても傑出したものであろう。

第三部は、七章に研究者としての立場を表明した「「芥川」研究の文法」と、悲劇の芥川像を再生産している研究界の現状を批判した「「私小説」を語る言葉」を置く。両者とも批判的言辞で現下の芥川研究を鋭く衝く中で、今後の研究はどうあるべきかを説く。第八章は「「母」を殺す言葉のために―「杜子春」から笙野頼子「母の発達」へ」と 「〈娘〉の負い目の物語―〈原爆文学〉からアダルト・チルドレン小説へ―」から成る。後者は直接には芥川とはかかわりのないように見えるが、著者の研究的方法を見る上で、意味ある一編であろう。

本書は批判力に満ちた一書である。注も豊かで学ぶことが多い。ただし、芥川の時代との闘い、抵抗を、六章の注で「一九二〇年代の言論・文学状況を広く見渡すなら、「将軍」にしろ「桃太郎」にしろ、安全地帯からの手ぬるい抵抗と言わねばなるまい」と簡単に斬り捨てているところなどは、一考を要するとの思いがしきりであった。検閲という大きな時代の壁の存在が軽く見られているからである。紅野謙介『検閲と文学 1920年代の攻防』(河出書房新社、二〇〇九・一〇)が語るように、一九二〇年代の内務省の検閲は、苛烈を極めていたのである。

現在国会図書館がデジタル化を進めている「内務省検閲発禁図書」を待つまでもなく、戦前の検閲による伏字や発禁問題は、文学者や思想家の仕事を考える場合、無視できない。

芥川と一高同期の矢内原忠雄の場合など、対象が植民政策であっただけに、常に検閲による伏字対策を考慮し、その厖大な著書を刊行した。しかも、著作は伏字に終わらず、何冊もが「発売頒布禁止」処分となっているのを、現在その評伝を書いている過程で知らされた。芥川の場合、発禁処分を受けることはなかったものの、「将軍」など、×××による伏字箇所は多く、復元不可能とされている。著者の筆が、テクストのこのような背後の問題にまで及んだ時、その論はいっそう豊かな稔りを見せることになるのであろう。

この記事の中でご紹介した本
弱い「内面」の陥穽   芥川龍之介から見た日本近代文学 /翰林書房
弱い「内面」の陥穽 芥川龍之介から見た日本近代文学
著 者:篠崎 美生子
出版社:翰林書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年7月14日 新聞掲載(第3198号)
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