インタビュー 海猫沢めろんさん キッズファイヤー・ドットコム『kids―fire.com』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年7月26日

インタビュー
海猫沢めろんさん キッズファイヤー・ドットコム『kids―fire.com』

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海猫沢めろんさんの小説『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社)が七月二十五日に発売となる。
保育園待機児童問題をはじめ、依然改善されない日本の育児環境を、驚きの発想で革命する! 
日本の育児は変わるのか? 本書について、海猫沢さんにお話を伺った。 (編集部)


「血のつながり」 ゆえの愛情、に疑問


――本書はホストが育児をするという、斬新な切り口の小説ですが、テーマの中心に「育児」を置こうと思った、きっかけを教えてください。
海猫沢
 編集者から書かないか、と言われたんです。でも書きたくなくて(笑)。育児がテーマならば、常識的な心温まる話を書かなければ、という先入観が自分の中にあったのでしょうね。その後、育児に関する本を読み漁りましたが、どれも観念的で代わり映えせず、逆に全く違うものなら、書けるかもしれない、と。育児や家族の根底には、愛情がある、という固定観念に違和感があったので、そこを書こうと思うに至りました。

――ホストである白鳥神威は、自分の子どもかどうか明確でない赤ん坊が、家の前に置き去りにされていたのに、逡巡なく受け入れて育児を始めます。彼をどんな存在として描こうとしたのですか。
海猫沢
 小説を書く前に、ホストクラブを取材したのですが、僕が勤めていた時代とは、ずいぶん雰囲気が変わったように感じました。自己啓発書を愛読する、人生にポジティブな若者たち。言葉ではなく、直観で動いている印象があり、そのイメージを活かして造形しました。

――小説の中には、荻窪リキ、須田大介、西一輝などが出てくるのですが…。
海猫沢
 はい。実在の人々のパロディですね(笑)。

――男爵や孔明も、ホスト界に実在しているのですか?
海猫沢
 男爵は、実際に取材した歌舞伎町のホストクラブにいた「伯爵」がモデルです。彼いわく、ドラキュラ伯爵らしいです(笑)。

――実在するのですね(笑)。

視覚的で客観的な描写が印象的で、例えばオートロックドアについては、「鉄の円柱を斜めにすっぱり切ったような形をした操作盤の断面には、数字が刻まれた金色の丸いボタンが三×四の並びで配置され」と、違う時代から来た人の目で見るような、新鮮さがありました。またホストクラブまでの道のりは、とてもリズミカルで、映画のワンカットを見ているような印象がありました。
海猫沢
 例えば、ギリシャ風の柱は「エンタシス」というのですが、固有名詞で書いても伝わらないですよね。なるべく誰にも分かりやすいようなビジュアル化に努めています。が、どこまでやればいいのか、その加減が悩ましくて。

神威の家から歌舞伎町のホストクラブまでの道のりは、実際に幾度も歩いて、何があるかを把握している場所なので、忠実に描写するようにしました。

――映像を頭に浮かべながら、書いているのでしょうか。
海猫沢
 小説を書き始めた頃に、映画理論の本を読みました。映画の作り方は、小説作法に近いので、勉強になりました。何に光を当てるか、それが何を象徴しているか、映画ではあらゆるものに演出意図があります。だから風景描写にも、描く物一つ一つに意図があるべきだ、という強迫観念がありますね(笑)。読み取りゲームではないので、読者に全てが伝わらなくていいのだけど、作者としては、どうしてこれを描写するのか、といちいち考えてしまいます。理に落ちすぎるのもよくないので、最近はもっと無意識に書いてますが。

――突然、赤ん坊が現れるわけですが、神威は母親を探す、という選択をしませんでした。母の影は小説の中に一切表れてこないですね。
海猫沢
 母親を探すということにした瞬間、物語がベタなものになる。育児というと、世の中では未だ、母親神話が強すぎる。流行りのイクメンとしては、主人公の神威を描きたくありませんでした。神威自身が、かつて母に捨てられ、血がつながっているか分からない父に育てられている、という設定で、神威は母がなくても子は育つことを、証明したいと考えています。母親を探すことは、彼にとって、負けなんです。

――神威以外の世の中のどの父親も、DNA判定を経なければ、厳密に言えば、血を分けた我が子かどうか分からないですよね。家族というものは確固としているようで、案外、不確かなものなのではないかと。
海猫沢
 もともと「家族」とか「血のつながり」ゆえの愛情、といった考え方に疑問があります。最近出た東浩紀さんの『ゲンロン0』でも家族という定義の拡張についての話があって、すごく面白い。ぼくらはペットも家族だと思っているけど、よく考えてみるとおかしいですからね(笑)。少し前だと、佐々木中さんの『夜戦と永遠』という哲学書にも、家族は血ではないことが説かれているのですが、僕は、どんな関係でも、ホスト五人と赤ちゃんであっても、本人たちがそう思うなら、「家族」なのだろう、と思っているんです。
奇想天外なる 子育て革命!!

海猫沢めろんさん
 ――「赤ちゃんにとっては、この世界すべてがトイレ」という言葉が面白かったのですが(笑)。
海猫沢
 赤ん坊は、どこでもうんこしますからね(笑)。考えてみると、人は何より先に排泄について教えませんか。~してはいけない、という禁止事項の一つ目が、「ここでうんこをしてはいけない」。今『うんこ漢字ドリル』がものすごく売れていますが、子どもはうんこが好きですよね。それはうんこが、「ごく幼い頃に禁止されたこと=本当はやりたいこと」というような、プリミティブな欲望を喚起するからなのではないか、と。

――神威が赤ん坊の世話をするシーンでは、笑う顔を見ればうれしくなり、一方で急に憎くなって、破壊衝動寸前まで追い込まれる……。これは、実体験から描かれているのですか。
海猫沢
 はい。編集者に、実体験を入れてください、と言われまして。でも育児の日々はただただルーティンなので、あまり書くことがなかったですね。ミルクやって、おむつ変えて、寝かせて……この繰り返し。それが永遠に続くように思えて、当時は辛かったです。

――「常識や、つまらない感情に囚われることは、成功を遠ざけることだと信じて生きてきた」のに、「まさか自分のなかに、これほどまでに常識が擦り込まれていたとは――」と、神威が赤ん坊の世話をしながら思う場面がありましたが。
海猫沢
 それはまさに、当時の僕の心境です。親の影響なんて受けていないつもりだったけど、親の倫理観に似たものが、いつの間にか自分の中にあった。

子供の時、食事の時間が嫌いでした。残さず食べろとか、静かに食べろとか、決まった時間に家族全員が席につかなければいけない、おいしいと感謝しなければいけない、といろいろな決まりごとがあったんですよね。無言の空間で、どうして家族で食べる必要があるんだろう。それなら一人で、テレビ見ながらの方が、よっぽどおいしく食べられるのではないか、と思っていました。

ところが、自分が親になってみると、食事の時間に子供が席につきたがらないことに、イラッとするんです。それで、いやいやなら食べるな、と叱ったりする。それがホトホト嫌になったので、食べたくないなら食べなくていい、好きな物だけ食べればいい、ということにしたんです。すると普通に食事するんですよね、不思議なもので。

僕自身は、子育てをしてみて、何がいいか悪いかが本当の意味で判断できた、ということはあったかもしれません。自分が選び取ってきたと思っているものと、親がインストールしたものを、子供と対することで、客観視できたのではないかと。

――そして、神威たちの奇想天外なる子育て革命が始まりますね。「金持ちのジジイと貧乏な若者の格差が埋まらない」、子育てには金がいる。であればクラウドファンディングで、寄付をつのろう、という「ソーシャル子育て」計画です。
その内容は、「赤ん坊の成長記録の閲覧・設置型カメラでいつでも顔を見られる基本プラン」五〇万から始まり、「基本プラン+命名権」一五〇〇万ほか、好きな服を着せる権利、説経する権利、進路決定権、死ぬ間際に手を握ってもらえる権利などなど。

初めは、突拍子もない内容だと思いました。でも読んでいるうちに、これが間違っていて、現状が正しいといえるのか、分からなくなってきました……。
海猫沢
 物語の中では、「人身売買」「非人道的」「子供をなんだと思っている」等々、批判殺到で炎上するんですが(笑)。実は書いたあとで知ったのですが、二〇一三年に実際に、ネット上で近いことが起きていたんです。借金のある妊婦がTwitterで口座を晒して寄付を募って炎上した。

ソーシャル子育て計画の賛否はさておき、僕は血のつながりとか、愛情を前提に語られる育児論が、うんざりするほど嫌なんです。「あなたのためを思って言っているのよ」という紋切型のセリフ、それは、聞こえのいい言葉を纏わせた親のエゴの押し付けとしか思えない。
驚いたのは育児を支援する法律のなさ


――『ソーシャル子育て計画』への自民党議員からの批判リプライに対し、「文句があるならさっさと子供を支援する法律をつくってください。それをしない国や地方自治体は、シリアで人質を見捨てた政府と同じです」というセリフは、真に迫っていました。
海猫沢
 子どもが生まれて驚いたのは、育児を支援する法律がほとんどないことでした。児童手当などの助成金はあるけれど、根本的な解決にはならない。損得を考えるなら、産まない方がいい状況ですよ。共働きでないと家族を養えない低所得化の上、保育園にもなかなか入れない。仕事を辞めないと育てられないのに、仕事を辞めたら生活できない。例えば保育園に入るために東京を離れ、地方で仕事を探すなど、子供が生まれることで、生活の基盤を変えるところから始めないといけない。これは本当に厳しいですよ。

いま熊本に住んでいるのですが、デイケアサービスが非常に多く、そこで働いているのはほとんどが一〇~二〇代の若者です。地方では、若者が老人介護に従事するという図式が、都心部よりも顕著に見られます。地方で需要があるのは、圧倒的に介護の仕事なんです。そうした現状も、発想の一端になりました。

――二話目の「キャッチャー・イン・ザ・トゥルース」は、二〇二一年の近未来に設定され、神威は、豊洲の跡地を使った保育園や、空き家対策課と組んだ保育園などをオープンさせ、子育て世帯の支持を基盤に、都知事となっています。不動産王から大統領となったトランプ氏と重なりますね。
海猫沢
 いや、トランプはフィクションを超えています(笑)。

東京オリンピックの前までは、大局は変らないのではないかと思うのですが、その後どうなるのか、政局も、AIやガジェットの進化のスピードも、見当がつかない。オリンピック自体、開催できるのかどうか。分からないだけに、今のうちに少し先の未来を創作しておくのも、面白いのではないかと思いました。

――ホストクラブの太客だった千草は、独身で子供を持つことがなく、神威の息子・KJの名付親の権利を買い、育ての親の一人となりました。最後は尊厳死を選択し、KJの心に「死」を刻んで去ります。血のつながりのない、お金で買った親の権利ですが、そこには何か確かなものが生まれていた気がしました。
海猫沢
 あるとき、知り合いの四〇半ばの独身の女性編集者が、養子をもらうことを考えている、と話していました。そういう選択を実際に検討している人が身近にいたことは、千草の人生を描く上で、参考になった気がします。そしてその方が、少し前に亡くなったんですね……。同じ頃、わりと親しくしていた雨宮まみさんも亡くなって。それは物語に多少影響しているかもしれません。

――一話では神威が、二話では息子のKJが、車の窓の外に手を出して、風を手で掬うというシーンが印象的でした。
海猫沢
 そのシーンは「群像」に掲載したものから、書籍化の際に加筆しました。ホストたちのアホな会話なのですが、「走っている車から外に手を出すと、おっぱいの感触」だと(笑)。つまり、母性の記憶にふと触れる、そんなことが描きたかったんです。

――この小説を書き、改めて「家族」というものについて、考えたのではないかと思いますが。
海猫沢
 家族に対する考え方は基本的に変わっていません。偶然一緒にいる人たち、だと思っています。血のつながりとか、家族はいつまでも一緒に暮らすのが幸せとか、全く思いません。むしろ、そういう思い込みが、世の中を悪くしている気がします。

例えば、片親だと子どもが悪く育つというような物言いが、今もなおありますが、アメリカの最近の研究では、否定されています。離婚したあとでも両親がたまに会っていれば子供の非行率は低い。仲が悪い人々に育てられる方が子供にとってはストレスフルです。だったら距離をとったほうがいい。保守的な物言いが再生産されることで、自家中毒的に、日本における不自由な「家族」考が、温存され続ける。そういう図式には、改めて、「否」と言いたいです。   (おわり)

この記事の中でご紹介した本
キッズファイヤー・ドットコム/講談社
キッズファイヤー・ドットコム
著 者:海猫沢 めろん
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年7月21日 新聞掲載(第3199号)
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