永井祐『日本の中でたのしく暮らす』(2012) ゴミ袋から肉がはみ出ているけれどぼくの望みは駅に着くこと|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年7月25日

ゴミ袋から肉がはみ出ているけれどぼくの望みは駅に着くこと
永井祐『日本の中でたのしく暮らす』(2012)

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明確には犯罪短歌とはいえないけれど、どうしても犯罪の影を感じ取ってしまう不穏な一首。ゴミ袋からはみ出ている肉はただの生ゴミである可能性が一番高いのだけれど、そこにあえて着目して詠むことで、それがばらばらに切り刻まれた人間の死体の一部であるというブラックな想像へと読者を誘導する。そしてその状況を無視して、「駅に着く」という眼前の望みを優先して通り過ぎてゆく態度にもまた、軽い恐怖を覚える。初句が「ゴミ袋から」と七音の字余りになっているのは「はみ出ている」感の演出であるとともに、見えているものが「ゴミ」であることを過剰なまでに強調する役割になりえている。

東京生まれ東京育ちである作者の目に映る東京は、何のロマンティシズムもなくただ目まぐるしく変化してゆくだけの普通の都市だ。そこには都市で普通の消費生活を送っているだけの住民には見えない無数のブラックボックスがある。「ゴミ袋からはみ出した肉」だって、それがただの豚肉だったとしても、どういう手続きを経てどこから来たのかは簡単に可視化できない。

あらゆる表現で犯罪をテーマにするという方法は、社会や人間の中に潜むブラックボックスを暴きたいという欲求に由来している部分があるのだろう。ただ短歌の場合、そのブラックボックスの中身をあえて読者の胸にまかせようとする性格がある。永井祐の短歌に直接的な犯罪の描写は皆無だが、底知れぬ怖さをたたえた歌は少なくない。
2017年7月21日 新聞掲載(第3199号)
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