ハンセン病療養所を生きる 隔離壁を砦に / 有薗 真代(世界思想社)ハンセン病療養所を「隔離の場」(アサイラム)から「生活の場」(アジール)へと換骨奪胎した入所者の集団的実践|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年7月24日

ハンセン病療養所を「隔離の場」(アサイラム)から「生活の場」(アジール)へと換骨奪胎した入所者の集団的実践

ハンセン病療養所を生きる 隔離壁を砦に
著 者:有薗 真代
出版社:世界思想社
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本書は、著者の長年にわたるフィールドワークに基づく、療養所から出ることのできない人やそこに留まることを選択した人の「自由」の可能性について考えようとした労作である。戦後の国立ハンセン病療養所において生起した入所者による集団的実践がもっていた意味世界を実証的に明らかにしている。

本書は病療養所の集団的実践を対象とすることで、弱者の「自由」をめぐる理論的課題を問うている。これまで隔離収容施設入所を強いられる社会構造的弱者の「自由」をめぐる抵抗戦略の議論は、「脱出」すること、つまり動くことを条件としたものであった。それゆえ、療養所や施設がどんなに利用者に快適なものであっても、それは隔離であるから「不自由」だと考えられてきた。しかし、こうした弱者の抵抗戦略について、「変化に対してオープンであること」を強いる新自由主義とポストフォーディズムの現代社会では、統治システムが横領し、かれらの暮らしを支えるための社会的資源を整備しないままに隔離施設を解体し「解放」という建前のもとに、障害者を地域へと放り出していく状況がつくり出されている。こうした「まやかしの自由」から距離をとり、あえて「動かない/動けない」ことに新たな意味を見いだし、弱者の「自由」の回路を模索しようと―ハンセン病者の集団的実践を通して―試みている。

本書において、ハンセン病者における集団的実践は、みずからが埋め込まれた根をもつその地点から、すでにある社会関係の形式と内容を編みなおしていく過程として描かれる。つまり、それは強制収容所的な「集団性」「共同性」を編みなおし、自分たちの生存条件をよくするための肯定的な「集団性」「共同性」をつくりあげ、収容所的秩序を換骨奪胎し、療養所外部の社会ともつながっていく過程であった。

本書のユニークな視点は、これまでのハンセン病問題研究のなかで取り上げられてきた各療養所の自治会と全国ハンセン病患者協議会(略して、全患協)などの組織的な政治的活動だけでなく、長島愛生園(岡山県)で視覚不自由の入所者によって結成された「あおいとり楽団」を事例とした文化的活動や、東北新生園(宮城県)の入所者らによる「仕事」を創造するための非組織的な形態をとった生活実践に着目していることである。これらの非組織的な集団的実践は、自らの生きる世界を少しでもよりよいものに変えていきたいという意味で、本質的に肯定的なものであり、個人に閉ざされたものとしてではなく、他者へと開かれた営みとして立ち現れていた。

さらに本書では、ハンセン病者が提起した問題の所在を見落としてはいけないという課題意識のもと、ハンセン病患者運動の生成・展開過程を全患協の動向だけに代表させるのではなく、全患協以外の運動体の動向も射程に収めて、包括的に検討している。「らい予防法闘争」以後の運動のあり方について、患者運動は、隔離政策に反対しながら、療養所の解体ではなく、療養所生活の改善、医師の補充、看護師増員など療養所での生活を「防衛」するための運動へとシフトチェンジした。運動の後退とも受け取れる変化の背景には、医療への国庫支出の削減、国立病院・国立療養所の営利化、療養所の統廃合問題があり、病者を切り捨てる「合理化」への抵抗戦略として、あえて療養所から「動かない」戦術をとったためであった。

また、療養所には在日韓国人・朝鮮人や視覚不自者など入所者間の経済的格差が深刻な問題として存在していたが、患者自治会の「最底辺の人に足並みを揃える」という原則にともなう運動により、経済格差はほぼ消失した。本書は、ハンセン病者の集団的実践には、格差の拡大を抑止する機能をもつ要素が含まれておりそれを共有と再分配に向けて組みかえていく「平等主義原則」が内在化していたことを明らかにしている。こうした平等原理に基づく集団的実践の集積過程は、療養所の構造を「隔離の場」から「生活の場」へと変えて行く原動力となっていた。

弱者の「自由」をめぐる抵抗戦略が行き詰まりを見せるなかで、療養所の「闇を光に」変え、「自由」を創造していったハンセン病者の集団的実践から私たちも学ぶことが多い。ハンセン病問題の遺産は、隔離政策にともなう人権侵害の再発防止とその将来的な観点の提供という消極的な営みだけではなく、隔離の場にあっても自己と他者の生を豊饒化した集団的実践のように「創造的」な営みを生み出したハンセン病者の生き方からも引き継いでいくことができるはずである。
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2017年7月21日 新聞掲載(第3199号)
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