もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら / 神田 桂一(宝島社)パロディ感覚がはじけ躍動する文体模写|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年7月24日

パロディ感覚がはじけ躍動する文体模写

もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら
著 者:神田 桂一、菊池 良
出版社:宝島社
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「君がカップ焼きそばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない……」(「1973年のカップ焼きそば」)と村上春樹にはじまり、『週刊文春』の「カップ焼きそば 真昼間の“怪しい湯切り”撮った」や、「申の刻下がりの出来事である。/下人は六分の空腹と四分の好奇心とに動かされて、カップ焼きそばに手をかけた……」(「羅蕎麦門」)と芥川龍之介の文にいたるまで、文学者やメディアなどを対象に、カップ焼きそばの作り方を書くという共通課題に基づき、文体模写が試みられている。カップ焼きそばの調法は百あまり、胸焼けや膨満感で気分が悪くなることもなく、パロディ感覚がはじけ躍動する本である。

と言いつつ、私はこの本の書評者として不適格かもしれない。なぜか? 肝心の〈カップ焼きそば〉なるものを一度も食したことがないからだ。おそらく口にする経験はこれからもないであろう。親切にも、巻末に各社のカップ焼きそばの商品情報が行儀よく収められていて、「ホタテと昆布の旨みが利いたコク塩味」という東洋水産の「マルちゃん 俺の塩」に一瞬だけ心が動いたことは確かだ。しかし、そもそも焼きそばなのに、どうして熱湯を注ぐ必要があるのか。不条理な紛い物にどちらかといえば耐性のある私だが、食いものだけは我慢し難い。もっとも、真物(まもの)の焼きそばにせよ、相当にあやしいものではあるけれど。それはともかく、本書の著者たちは、紛い物も真物も折り目正しく(?)リスペクトする方々であることは随所に感じられて心強い。

タイトルにあえて「文豪」というレトロな言葉を使っているが、文体模写されている作家たちの名を眺めても「文豪」の呼称にふさわしいのは、私の見るところ、シェイクスピア、ドストエフスキー、夏目漱石など10名ほどに過ぎない。ならば、このタイトルは不当表示なのか? そうともいえない。これ自体、パロディ感覚と考えればよいだけのことだ。何よりも「文豪」と「カップ焼きそば」のポップな取り合わせにこそ、本書の成功の妙趣があろう。

これだけの数を並べるとなれば、出来不出来に差が出るのは仕方ない。文学者にもうひと工夫してほしいものが少なからずあるが、意外なことに(でもないか)吉本隆明と蓮實重彥がなかなか軽妙な文体遊戯ぶりだ。いちばん意表をつかれたのは、戦前の前衛詩を牽引した北園克衛の採択だった。難解さを漂白しているような試みは面白い。文学者以外になるとがぜんフットワークが軽くなる気配があって、『週刊プレイボーイ』や高校の国語入試問題、求人広告、自己啓発本の模写など、たびたび笑いを誘われた。

私事ながら、懐かしい記憶を呼び起こした本でもあった。かつて似た企画を考えたことがあるからだ。本書とはまったく発想が異なるが、やはりトリビアルな共通課題を用いた小説の文体模写だった(同じくトリビアルな習癖で、今でも幻の企画を「未完企画集成ノート」に記し続けている)。これは著者たちが示唆を受けたと語るレイモン・クノーの『文体練習』の影響というより(エーコの『文体練習』もまだ出ていなかった)、35年も前になるが、ドナルド・バーセルミの短篇集『罪深き愉しみ』を翻訳したことで思いついたプランだった。バーセルミの本は、現代の都市生活を取りまく典型的な文章例のパロディが24あり(練習曲の数字だ)、それらを『暮しの手帖』や宇能鴻一郎、コダックの説明文などを使って24とおりに訳し分け、ついでに「あとァがき」でも文体演技を試みたりした。

おそらく本書は、続編が刊行されることであろう。その折は、カップ焼きそばに辛味の強化はあってもいいかもしれない。時代状況への辛口の嫌味、あるいはしたたかな諷刺的なスパイス。この本で言えば、道徳の教科書(「今のわたし、将来のわたし」)の隣に、あるいは稲川淳二の怪談の後ろあたりとかに置いて、某アベシンゾウ大人(まだ退陣ではない)のカップ焼きそば同士の共同謀議による作り方でも書いてほしい。と思って新聞を見たら(東京新聞・7月12日朝刊)、斎藤美奈子が、本書を紹介しつつ現首相のスピーチとそれにつき従う官房長官の記者会見が巧みに模写されていた。斎藤美奈子に座布団一枚、もちろんその元ネタの真物の作り手である本書の著者たちに座布団三枚(もう一枚おまけしてもいい)……というような本でした(拍手)。
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2017年7月21日 新聞掲載(第3199号)
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