樅ノ木は残った (上) 書評|山本 周五郎(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年7月31日

新潮文庫
周五郎の気迫、いかばかりか。
山本 周五郎著『樅ノ木は残った』上・中・下

樅ノ木は残った (上)
著 者:山本 周五郎
出版社:新潮社
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場当たり的なヒット作ではなく、誇るに足る名作がロングセラーとなっているのは実に気分がいい。
『樅ノ木は残った』は正にそうした作品である。

主人公は原田甲斐――歌舞伎の『伽羅先代萩』では、妖術師・仁木弾正として知られ、史実では、伊達騒動の中心人物と目されている人物である。

今日では、この山本周五郎作品によって原田甲斐悪人説は、すっかり雪がれているが、私はかねてより、この作品を周五郎が描いた逆説的『忠臣蔵』ではないか、と考えている。
『忠臣蔵』は、御家取りつぶしに対して、主君の仇を報じ、幕府の採決に異を唱える物語であり、『樅ノ木』は、幕府大老・酒井雅楽頭と、伊達兵部の伊達藩分割の陰謀から御家を守るものである。こちらも幕府という巨大な権力の介入がある。

そして、大石内蔵助と原田甲斐、この二人に共通しているのは、時には敵も味方も欺しつつ、己の権謀を進めていくことで、その渦中で、作中人物の中から列伝風に人物が浮かび上がってくるのも両者ともに同様である。ラストは、大石内蔵助も原田甲斐も同志たちとの死とともに目的を達成する。

忠臣・大石内蔵助と逆臣・原田甲斐――もし、山本周五郎がこの作品を書かなかったら甲斐の評価はどうなっていたであろうか。

周五郎は次のようにいっている。


小説の母体は伊達藩で「寛文事件」といわれる原田甲斐の騒動であるが、私は事件そのものよりも、そこに登場する人々、なかんずく原田甲斐その人の「人間」と「生活」を描いてみたい。
(中略)知っている人は知っているとおり、この事件の真相は極めて不明確であり、「悪人原田甲斐」という定評だけは伝わっているが、「ではいかなる事をなしたか」という事実については信頼すべき記録がない。
/歴史上の出来事や人物を小説化するばあい、私がなにより困難を感ずるのは「史的事実」のなかでどこまで普遍的な「真実」をつかみうるか、という点である(中略)私はこの事件の「史的事実」を歪めたり、牽強付会したりすることをできる限り避け、そのなかでもっとも真実に近いものをつかむつもりである。  (「雨のみちのく」)


周五郎の気迫、いかばかりか。

そして『樅ノ木は残った』の発表以後、原田甲斐悪人説を扱った小説はほぼ姿を消した、といっていい。

この作品は、一九六三年に新潮文庫に収録され、何度か改版され、今日まで総計九七刷、総発行部数一〇二三〇〇〇部となり、読者の支持を受け続けている。

ちなみに、新潮文庫に収録されている山本周五郎作品は全部で五十三点、そのすべてが版を重ねているのだから、これは驚異というしかない。




この記事の中でご紹介した本
樅ノ木は残った (上) /新潮社
樅ノ木は残った (上)
著 者:山本 周五郎
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
樅ノ木は残った(中)/新潮社
樅ノ木は残った(中)
著 者:山本 周五郎
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
樅ノ木は残った (下) /新潮社
樅ノ木は残った (下)
著 者:山本 周五郎
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年7月28日 新聞掲載(第3200号)
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