水中文化遺産 海から蘇る歴史 / 林田 憲三(勉誠出版)水中考古学の可能性  研究の今後の進展を期待|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年8月7日

水中考古学の可能性 
研究の今後の進展を期待

水中文化遺産 海から蘇る歴史
著 者:林田 憲三
出版社:勉誠出版
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歴史は人間の活動史と考えられており、地上のみならず、水中、地中、現在では宇宙空間まで痕跡が確認される時代になった。それをひもとく史料として形象資料は、時代や遺跡化した場所の隔てはない。

日本の水中考古学は、近年鷹島の成果などで一般でも注目を浴びるようになってきたが、その内容や必要性に対する認知は、考古学研究者や埋蔵文化財担当者の中でもまだ共通のものとは言いがたい。こうした中、「水中文化遺産」に対する評価(研究)は重要で、評価をするための精緻な調査、評価を踏まえた周知化など一連の取り組みが必須とも言える。そういう意味では、本書に掲載されている水中文化遺産についての各論文は、学際的、国際的、技術や方法論、調査、法整備などがカバー、広い視座からの言及がなされており、水中考古学を勉強を行う者にとっての基本文献として位置づけられよう。是非、一読されたい。

水中遺跡では、例えば資料の一括性を考えた場合、遺跡化するプロセスよりむしろ遺跡化した後に起こる潮流による原位置の変化、退色や腐食など陸上の遺跡とは異なる攪乱、変化の可能性が想定され、水中ならではの理解が必要になる。

本書は、内容別に「第Ⅰ部 沈没船から辿る―交流と衝突の歴史」、「第Ⅱ部 アジアの海底から―出土品研究」、「第Ⅲ部 多角的視野から―研究の現在」の三部構成になっている。

第Ⅰ部では、石村智、佐々木蘭貞、木村淳の各氏が、時代、戦跡、造船技術といった分野において評価する。「水中文化遺産保護条約」の年限(100年)にも入らない太平洋戦争のような新しい時代の戦跡遺跡が、パラオ政府によって史跡として管理されていることにまず驚いた(石村氏)。近現代の遺物・遺構は、現段階においても直接あるいは間接的に参加した方からの史的情報の伝達が不可能ではないとは言え、戦後から70年以上が経た今、こうした方法での伝達はそう長くはない。歴史の雄弁な史料としてできるだけ良好な状態での保存が望ましい。

第Ⅱ部では、菊池誠一氏によってベトナム、向井亙氏によってタイ、田中和彦氏によってフィリピンなどの東南アジア諸国の水中遺産への取り組みの現状と新しい研究の方向性(田中和彦氏)、問題点(坂井隆氏)が指摘される。坂井論文の人為的に遺跡情報が遮蔽、改ざんされることによる情報の正確性の喪失という事態が、実際に多く存在しているといった指摘は衝撃的である。陸上においても捏造問題はいまだに強烈な記憶として刻まれているが、2001年に採択されたユネスコの「水中文化遺産保護条約」もこのあたりの問題に対するものと勘案される。

第Ⅲ部は水中文化遺産を取り巻く状況として、近藤逸人氏が水中調査の技術、中田達也氏が中国、韓国、日本の行政対応の比較、岩淵聡文氏が水中文化遺産の範囲について論じている。

各論文から感じることは、水中考古学の可能性である。

「水中考古学」は方法論としては考古学に含まれようが、陸上にもまして隣接する学問分野、あるいは分析、測量、保存などの種々の技術の向上と合わせて今後の進展が期待される(佐々木論文、近藤論文)。

また、これまで注目されることが多かった流通資料をはじめとする個々のミクロ的な分析とは別に、技術系譜や陸上遺跡との照射など、マクロ的な視座が必要な船体構造や船員の使用品の分析(木村論文、田中論文)、水中遺産に対する保護・活用、水中考古学者の育成、住民に対する文化遺産の保護教育、行政と研究者の連携、法的整備(菊池論文、中田論文)など、多様な方向性が示されている。

文化財あるいは文化遺産の範囲は、時代、性格、形態などをこえて広がりをみせている。例えば、近世や近現代遺跡、棚田、無形文化財などが象徴的なものであろう。水中遺跡も同じ文脈で捉えられようが、調査や評価を行うことが次のステップを喚起することに繋がると感じており、継続して本書のような良質な情報発信が望まれる。
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2017年8月4日 新聞掲載(第3201号)
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