〈8月〉二人冗語     馬場美佳・福島勲 「単性的世界」再考 LGBTQのかたわらで|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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文芸
2017年8月8日

〈8月〉二人冗語     馬場美佳・福島勲
「単性的世界」再考 LGBTQのかたわらで

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福島
 芥川賞は「影裏」でしたね。
馬場
 震災ものであり、LGBTQものでもある。選考会はもめたそうですね。
福島
 「ほとんどケンカ」上等ですね。選評が楽しみです。さて、今月は定番四誌に加えて、『文藝』、『小説トリッパー』です。読み切りだけで二十五作近くありました。
馬場
 どれがよかったですか?
福島
 西村賢太の「青痰麺」(群像)は傑作だと思いました。文章も構成も丁寧かつ緻密。それこそ芥川のように一分の隙もない。それでいて自虐的な諧謔が笑わせる。いつか深夜の新宿で見た作家本人の野放図な姿とは対極に作品は実に彫琢されています。
馬場
 貫多ものですね。「持って生まれた情けない癖(へき)」が、毎度毎度頭をもたげてしまい、わかっていても同じことを繰り返してしまう話です。お気に入りのラーメン屋に「四半世紀近く」かけて、やらかしてしまう…。
福島
 誰しも一軒二軒は持っているマイラーメン屋。僕も二十年近く通っていた店があったので、あの独特の感覚はとてもよくわかります。
馬場
 さいごには店主と不思議な人間関係になっています。
福島
 そう、ジョーと力石みたいな…。
馬場
 それはもはや友情?(笑)。
福島
 この話は単なるラーメン屋の店主との因縁の物語ではありません。男の店主一人が作る職人技のラーメン屋に集まるシングル男たち。そんな単性的な世界に対して、世間的な異性愛的な世界が対置される構造になっています。
馬場
 シングル男ばかりのラーメン屋に男女のカップルが現れると、そこにいつもトラブルが発生する。男(シングル?)の世界がかき乱されるのですね。
福島
 最初は鮟鱇似の店主の方がシングル男の世界を裏切る。貫多はそれに誅罰を加える。次いで貫多が女連れで再訪すると、今度は店主が貫多に鉄槌を下す。そして十五年後、鬱屈したシングル男として店に戻ると、ついに北町貫多としての承認が起きる…。両者の間にはライバルのような鍛え合う友情があります。
馬場
 単性的世界といえば、今回『小説トリッパー』は、「女ともだち」特集で、五人の女性作家がこのお題で書いていますが、こちらはどうでしたか?
福島
 「女同士の友情なんてそんなものよね」というクリシェが言わんとしているのは、最終目標は男、ないしは幸せな結婚で、その目的に対して一時的に「友」を結成するのが女という先入観です。この枠組みを利用しながら、換骨奪胎しているのが、加藤千恵「非共有」、金原ひとみ「fishy」です。
馬場
 この二作では、女同士の競争や共闘が描かれているのですが、男主導の価値観に苛まれている同志でもあって、そこでお互いを再認識したり、関係に折り合いをつけていく感じですよね。
福島
 そう、男たちは彼女たちのガジェットではあっても、もはや最終目標ではない。シラけ切りながらもノルことはやめられない。他方、そうした主流には乗れず、その乗れなさによって結びつく関係も出てくるわけです。
馬場
 飛鳥井千砂「甘く、おいしく」がまさにそうでしたね。周囲に相手にされない孤独な自意識はよく描かれると思うのですが、この主人公はむしろ逆で、容姿がいいのも一因ですが、周りがほっといてくれないというのがちょっと新鮮でした。母親が早くに亡くなり、父親に育てられたこともあってか、不幸なことに女同士の阿吽の呼吸がつかめない。園児の頃からずっとそれでばかり苦労しているという話です。唯一違ったのが、小さい頃から通っていた川べり食堂の娘さん。主人公を見守ってくれている感じですかね。
福島
 この「女ともだち」になるには、年齢差が必要であるように思われます。だいたい、母と娘ぐらいの年齢差でしょうか。もはや結婚をめぐる競争から外れた関係です。そこに世間の枷から離れた自由みたいなものが生起してくる。特集ではありませんが、津村記久子「サキの忘れ物」(文藝)も、年齢差のある女性同士の関係が描かれています。
馬場
 たしかにすごく年齢差というか世代差の設定がデリケート。高校を中退した主人公がアルバイトしている喫茶店にあらわれる「母親よりは年寄りで、祖母よりは若く見えた」女性との交流を描いた作品です。その女性が忘れていったサキの文庫本をきっかけに、主人公は小説を読むことを覚える。彼女は母親にネグレクトされているのですが、直接的には説明されていないものの、この出会いのおかげでそれを乗り越え自立していく話でもあります。
福島
 川上未映子「ウィステリアと三人の女たち」(新潮)もやはり年齢差のある女同士の関係になるのでしょうか。
馬場
 こちらは三十八歳女性の主人公と亡き老女との関係ですね。主人公の「わたし」は、夫に妊活を拒絶されてしまった専業主婦です。立派な藤の木がある古くて大きな二階建ての空き家が近所にあるのですが、深夜に忍び込み、その家に住んでいた老女の若いころを想像することに。門前の英語塾の看板から、老女が三十代の頃、外国人の女性教師とともに過ごしていた時間を妄想するのですが、そこでの老女の愛称がウィステリアです。ウィステリアの女性教師への人生をかけた恋は、彼女の赤ん坊を熱望するほどのもので、死の直前そこに自分の存在意義を認める姿までが描かれます。この老女の人生とのシンクロが、主人公に自分の本心を発見させ、夫を拒絶させることになります。
福島
 男のエゴイスティックな世界に対して、女たちの世界が対置されています。そう言えば、牧田真有子「桟橋」(文藝)も女子高生イチナとおばという関係ですね。
馬場
 イチナの母親が高校生のときに妊娠して産んだのが「おばさん」で、妊娠させた男が別の女との間に生まれた子を母親の元に置いていったのがイチナというもの。年齢差は十歳くらい。ややこしい異母姉妹ものの謎解きといってしまうと、なんだか昭和のドラマみたいな感じになってしまうんですが、もうちょっとテーマは新しい気がしています。
福島
 おばさんのキャラがけっこう立っている。さらに、年が離れていて、それだけに遠さと近さが微妙な心地よい距離感を作り出している。実の親子とか姉妹、また、同年代というよりも、こうした微妙な距離の関係を描こうとする女性作家が増えているように思われます。
馬場
 たしかに、姉妹や同級生といった典型から外れているという意味でも微妙な距離の関係ですね。
福島
 潜在的な競争相手になりかねない同年代同士よりも、年の差のある女同士カップルが理想として選ばれるのかもしれません。さもなくば綿矢りさ「岩盤浴にて」(小説トリッパー)に出てくるいびつな主従関係に堕していくか…。
馬場
 そういえば、男同士は年の差カップルはでてこなかったですね。
福島
 そもそも近頃の男同士はあまり取り合っている雰囲気がありません。たとえば、水原涼「クイーンズ・ロード・フィールド」(群像)やミヤギフトシ「暗闇を見る」(文藝)の男たちです。もしかしたら、男たちも女たちも性差に基づく恋愛への疲れがあるのかもしれません。
馬場
 競争に疲れ、恋愛に疲れ…。たとえば大学生に話を聞くと、いわゆる恋愛小説が苦手だという意見が多いような気がします。
福島
 小谷野敦「東十条の女」(文學界)は婚活に追い立てられて、三十過ぎまで童貞だった主人公が今流行りのポリアモリーの日々を過ごす話です。婚活という舞台設定は「非共有」と同じですが、その乱れぶりは「fishy」に近い。結婚にこだわる明確な理由は書いてありませんが、この主人公は貫多的なシングル男の単性的世界に未練はなさそうです。とはいえ、出会いを繰り返す日々が楽しそうにも見えませんが…。
馬場
 もう紙面が尽きてしまいますが、畠山丑雄「死者たち」(文藝)、道尾秀介「無常風」(小説トリッパー)も、大変読み応えのある作品でした。
福島
 前者は『三四郎』風の出だしからのマジック・リアリズム、後者はリアリズムで、意志を超えた災厄の訪れを静かに描き切っていました。
2017年8月4日 新聞掲載(第3201号)
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