五月の雪 / クセニヤ・メルニク(新潮社)繊細な観察にもとづいて 魅力的に語られる越境文学|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年8月7日

繊細な観察にもとづいて 魅力的に語られる越境文学

五月の雪
著 者:クセニヤ・メルニク
出版社:新潮社
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五月の雪(クセニヤ・メルニク)新潮社
五月の雪
クセニヤ・メルニク
新潮社
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「越境」という言葉はすでに使い古されてしまった感があるが、クセニヤ・メルニクは、いわゆる「越境作家」である。一五歳のときロシアの極北マガダンからアラスカに家族と移住し、その後、ニューヨークの大学・大学院を出て英語で執筆するようになった。『五月の雪』(二〇一四)は彼女のデビュー短編集で、英語圏ではかなり話題になっている。少女や少年のみずみずしい感性、大人たちがたどった複雑な人生、諦めや野心などが、繊細な観察にもとづいて魅力的に語られており、著者のたしかな才能を感じさせる。

収められた九編は、ゆるやかにつながっている連作である。最初のうちは、時代も舞台も視点人物もまちまちの独立した短編が並んでいるように見えるが、後半になると、登場人物同士の関係が明らかになってくる。

何度か登場するソーニャは――主役のこともあれば、端役のこともある――メルニクと同じ一九八三年生れという設定で、著者自身の姿が色濃く反映されているようだ。「夏の医学」という作品では、医者志望の一〇歳のおませなソーニャが、母方の祖母オーリャの勤める病院に仮病を使って入院して、医学の知識をひけらかしている。「イチゴ色の口紅」では、オーリャおばあちゃんのけっして幸福とは言えなかった最初の短い結婚生活が語られる。「上階の住人」では、一四歳のソーニャが、父方の祖父ミーシャに話してもらうテノール歌手の波瀾万丈の生きざまに感動しつつ、別居中の両親のデリケートな関係に心を痛めている。

こうして、ソーニャの家族や彼女の友人たちの物語が、ところどころスポットライトを浴びるように浮かび上がってくる。「五月の雪」というタイトルを持つ短編はなく、数カ所で横断的に雪の降る五月の光景が現れるというのも心憎い演出だ。「ディマは駆けだした。五月に雪だ! 荒れ狂ったように、うれしくてたまらないように、熱に浮かされてディマは走った。雪に匂いがある。その匂いは、切ったばかりのキュウリにも、おじいちゃんの家ですごす夏にも似ていた」。あるインタビューで、メルニクは「私にとって五月の雪というのは神秘、魔法、浄化、刷新への希望を表すシンボルで、私のテーマにぴったりだと思う」と述べている。

本書に独特の雰囲気を与えているのは、マガダンという呪われた町の歴史である。この町は「かつてスターリン時代に網の目のように張りめぐらされた収容所の群れの中で最も過酷な地域の入り口」だったからである。この「過酷な地域」とはコルィマのことだが(ちなみに、作家ワルラム・シャラーモフが囚人としての体験を綴った『コルィマ物語』はソ連収容所文学の傑作である)、マガダン、コルィマの惹起する絶望的な過去のイメージが、逆に清廉な「五月の雪」を必要としたということかもしれない。

本書が越境文学として興味深いのは、英語のテクストのあちこちにロシア語の単語やフレーズが挿入されていることだ。原書の最後にはそれらの意味を記した「用語集」が添えられているが、「ヌトロ(内臓)」や「クルチーナ(哀しみ)」のように、何の説明もなく使われている語もある。メルニクは、英語に置き換えられないような独特のニュアンスを持っていても、読者が直感で理解できる語には意味を付さなかったと語っている。

日本語訳は、若干、名前の表記の誤りが気になったものの、読みやすく、ソ連・ロシアの現実をよく伝えている。ユーモアとペーソスを併せ持ったメルニクの作品が日本にいち早く紹介されたことを喜びたい。(小川高義訳)
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月4日 新聞掲載(第3201号)
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