大庭みな子 響き合う言葉 / 与那覇 恵子(めるくまーる)作家の人間及び文学形成の全貌が浮かび上がってくる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年8月7日

作家の人間及び文学形成の全貌が浮かび上がってくる

大庭みな子 響き合う言葉
著 者:与那覇 恵子
出版社:めるくまーる
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現代女性文学の出発は、鮮烈なデビューを果たした倉橋由美子や大庭みな子をはじめとして、高橋たか子、三枝和子など戦中には女学生だった世代で、一九六〇年以降に作家活動を始めた作家たちからだと私は考えている。石牟礼道子や林京子もこの世代だが、ジェンダー社会に反逆心を抱き、戦争の記憶を深層に溜め込んでいる女たちの創造行為であった。なかでも大庭みな子の自在な魂は、本書でも説かれているように「越境」「混交」する文学世界を紡ぎ出し、今日にあらためて甦ってくる。

没後一〇年を記念して刊行された本書は、与那覇恵子を中心とする大庭みな子研究会の努力が結実したものである。論文やエッセイばかりでなく、娘の回想や夫の日記、藤枝静男との往復書簡、文学修業時代の師・野間宏宛や女学校時代の親友宛書簡、結婚するにあたって妻に宛てた夫の誓約書、みな子の夫宛て遺書、そして詳細な総年譜と著書一覧が収録され、大庭みな子の人間及び文学形成の全貌が浮かび上がってくる、必読文献だ。

収録中、なんと言っても面白いのは家族でしか知り得ない作家の秘密を語った娘と夫の記録である。ユニークなのは谷優の「みな子は何者?」で、母親業よりも作家業に専念する母親の負い目をも見抜くなど、娘の母に対するなかなかに辛辣な目。同様に父親への「父は最初から最後まで母の魔法にかかりっぱなしで、常に目が眩んでいた」という視線。そして最も鋭い指摘は「母は接する相手によって自分の気持ちまで大きく変わる人だった」である。それは弱点を突いているようでいて大庭みな子の多様性を語り、文学世界の広さ豊かさまで暗示させる。

「大庭俊雄日記抄」はさらに群を抜いている。祖父以来の放浪性とアラスカを中心とする諸外国への移動、古今東西の文化との出会いは、まさに近代文学の概念を超える語りの世界へと歩み出させたが、夫のサポートあっての産物であったことを、この日記は確認させてくれる。サポートする男性こそ、今日の男性の理想像だ。日記中、窪川泰子の記述が散見されるが、彼女は佐多稲子の長男の嫁であり、津田塾以来のみな子の親友であった。嫁のプレゼントを息子や娘からのものと人に伝える姑を泰子が親友に訴えた内緒話もあり、稲子の一側面を語っている。又、フーコーの「性の歴史―快楽の活用」を読んで刺激された妻の性欲に応える夫の記述からは、田村俊子の「女作者」を想起させ、俊雄の寛容さはマゾヒズムを内包するものかと一瞬思わせる。

だが違う。結婚前には大失恋したみな子を支え、その後は「私が萬一他の女と寝た場合には殺されても一切文句を言いません」と誓約書を書かされ、妻となっても情事を重ねるみな子を、創作の材料だからと許容する俊雄。この夫婦のあり方は、これまでの男女関係を転倒させたばかりでなく、新しい時空に飛翔する結合関係、妻の夢に同伴して「大庭みな子文学」を共に織りなす同志なのである。

本書には斬新な視点からの論考が八本も収録され、変幻自在ともいえる想像力が解き明かされている。制度内に生きる里の女に対して、男を喰う山姥への変身物語と読む「ろうそく魚」論、異質なもの同士が溶解するような世界や人間が動植物へと変容していく感覚を指摘する「霧の旅」論。人間の欲望の象徴としての原爆表象「浦島草」論から、生きものの記憶を求めた「すぐりの島」論への展開など。近代的価値観への鋭い批評精神を看破する与那覇の見解も含めて、本書から見えてくるものは、曼荼羅への関心や自然・大地への眼差しを合わせ考えると確かにアジア的発想からのあらたな地平への示唆ともいえ、東洋と西洋を越境する現代の動向を先取りしていたといえそうだ。

一九九二年に日本社会文学会秋季大会のシンポジウム「母性をめぐる光と影/母親殺しと母親探しのフォークロア」で、大庭みな子がパネリストとして参加したことは記されていないが、総年譜は現段階では最も詳細で、大庭みな子研究にとっての功績であろう。
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2017年8月4日 新聞掲載(第3201号)
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