スパイ大事典 / ノーマン・ポルマー(論創社)今の国際情勢を読み解く際の背景的知識としても有効な書|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年8月7日

今の国際情勢を読み解く際の背景的知識としても有効な書

スパイ大事典
著 者:ノーマン・ポルマー、トーマス・B・アレン
出版社:論創社
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大変ユニークな事典が出版されたものである。スパイ小説の愛好者にとっても格好の情報源であるが、現今の国際情勢を読み解く際の背景的知識としても有効である。取り上げられている項目の数も申し分なく、付せられている解説も的確で要を得ている。「大事典」の名に相応しい出来栄えで、労作に敬意を表したい。とにかく読んで面白い事典なのである。

密かに相手に関する情報を入手して優位に立ちたいというのが人間の本性なら、そこから発生するのがスパイ活動で、人間の基本的な営みの一つと言ってもよいだろう。情報活動とかインテリジェンスと言い換えてみても、結局はスパイに行き着くことになる。

国に代表される組織の消長を左右するのが情報であることから、情報収集に多大なエネルギーが注がれるのも自然の成り行きである。本書で取り上げられている各国の情報機関の数々が、その事実を如実に物語っている。機密保持のためかCIAやFBIなどのように頭字語が使われるのが特徴である。

情報戦という言葉があるように、スパイの活躍場所は戦場であった。砲火の応酬こそないが、冷戦もスパイにとっては火花散る激烈な戦場であった。そこでは各国のスパイが暗躍して熾烈なドラマを展開したことから、次々と出版されるスパイ小説が多くの読者を魅了したのも自然の成り行きであった。

当然の成り行きとしてスパイがスパイ小説を書くということもあり得るわけで、本事典で取り上げられているイアン・フレミング(IanFleming)は、海軍の情報士官という経歴の持ち主であるが、有名な007ことジェームズ・ボンドの生みの親でもある。この小説は映画化されて有名になったのはよく知られている。

スパイになる動機はMICEの文字に大別されると言われるが、Mはmoney「金銭」でIはideology「主義主張」のことである。Cはcompromiseでスキャンダルなど痛いところを握られて、スパイ行為を強制されることである。Eはego「自我」のことで、何か事を起こして自尊心を満足させたいというのが動機である。

共産主義がある種の輝き持っていた時には、それに惹かれて、ソ連のために進んでスパイになった者もいたが、現在の動機のほとんどは金銭だというのもご時世である。これらの事実は本事典の解説を読むと、自然と明らかになってくる。

ちなみに、CIA内部に潜んで9年に及ぶスパイ活動を行ったもぐら(mole)にオルドリッチ・H・エイムズがいる。彼はソビエトから少なくとも270万ドルの報酬を得て、豪奢な生活をしていたのである。「CIA史上最も大きな国家安全上の被害をもたらした人物」であったので、彼の逮捕はCIAに深刻な動揺を引き起こした。しかし報酬として得たキャッシュが、実は偽札だったというスパイもいるから、この稼業も決して楽ではない。

また本書はスパイの人名辞典ともなっていて、第二次世界大戦中の日本軍の対敵放送に従事した「東京ローズ」が取り上げられているのも興味深い。

戦場としては従前の陸・海・空・宇宙に加えて、第5の戦場であるサイバー空間が現出した。そこでのせめぎ合いの一端は、先だって行われたアメリカの大統領選挙で露呈した。スパイの活躍舞台がさらに広がったのである。サイバー戦争などという表現もマスコミにしばしば登場する。

スパイ活動の基本的なところは、これまでとは変わらないものの、本書で活写されているような生身の人間の姿がかすんできたのは否めない。スパイにも転機が訪れたようである。これでは面白いスパイ小説を書くのも難しくなる。(熊木信太郎訳)
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2017年8月4日 新聞掲載(第3201号)
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