奥野修司(『魂でもいいから、そばにいて』)*川奈まり子(『迷家奇譚』)対談 ひとが「怪」をかたるとき 彼岸/此岸 幽霊譚/霊体験 恐怖/邂逅……|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 特集
  3. 奥野修司(『魂でもいいから、そばにいて』)*川奈まり子(『迷家奇譚』)対談 ひとが「怪」をかたるとき 彼岸/此岸 幽霊譚/霊体験 恐怖/邂逅・・・
読書人紙面掲載 特集
2017年8月17日

奥野修司(『魂でもいいから、そばにいて』)*川奈まり子(『迷家奇譚』)対談
ひとが「怪」をかたるとき
彼岸/此岸 幽霊譚/霊体験 恐怖/邂逅……

このエントリーをはてなブックマークに追加
今年の二月に刊行された、『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(奥野修司著/新潮社)が、発売以来静かに反響を広げている(七月末現在、一〇刷四一〇〇〇部)。本書は震災後の被災地で不思議な霊体験をした人のもとへ通い、その語りを聞き取った異色のノンフィクションである。そこで語られるのは、喪った愛する家族との不思議な再会の物語――。ひとはなぜ「怪」をかたるのか。喪失、悲嘆、不条理な死を前に、人はどのように傷ついた魂を再生していくのか。本書の著者でノンフィクション作家の奥野修司氏と、人々の語る怪異から虚実の皮膜を透かし視る実話怪談集『迷家奇譚』(晶文社)を刊行した作家の川奈まり子氏に対談をお願いした。 (編集部)

死者と生者を結ぶ物語

川奈 まり子氏
川奈
 以前から『ナツコ 沖縄密貿易の女王』『心にナイフをしのばせて』(文藝春秋)といった奥野さんのご著書を愛読しておりましたが、今回の『魂でもいいから、そばにいて』(新潮社)を拝読して、やっぱりすごいなと思いました。事実を検証できない、再現不能な話を書くというところにハードルを感じていらっしゃったのかなと思ったのですが、聞いた話をただ毀さないように受けとめる、事実と向き合う誠実さを保つこととか、信じ難い話をその場で信じながら聞くことはとても難しいし、それを読める話にしていくことはなかなか簡単ではないと日頃から感じているので、こういうやり方もあるのかとすごく勉強させていただいたのと、やはりこの本は生きている人のための本だなと。死者と生者を結ぶその物語、生前の物語を語ることによって、死後の世界と生者の世界を結び合わせる境目のところに胸を打つ物語性を持った不思議な体験談があって、その部分に深い感動があります。刊行してからいろんな反響があったと思うのですが、読者の方からどんな感想が寄せられているのでしょうか?
奥野
 反響というか連絡をいただくのは、実は被災地の方からは殆どないんです。先日もアナウンサーをされている男性から連絡をいただきましたが、その方も娘さんを二〇代で亡くされていて、本を読んでいて涙が止まらなかったというお話がありました。最初に連絡をくださったのは、鹿児島大学の教授の奥様だったのですが、去年ご主人をガンで亡くされて、この本が出たときにお送りしたら、読んで助けられたというような話をしてくださいました。その方の場合はある程度覚悟はしていたのですがまだ五〇代でこれから活躍していく人だったんです。スポーツのメンタルトレーナーもされていて、二〇二〇年の東京オリンピックに出場する野球選手のトレーナーを務めることも約束されていました。突然亡くなるとこの世から無になってしまったという感覚が強くて寂しいですよね。そういうときに魂はそばにいるんだとわかった。そういう風に思ってよく見ていると結構不思議なことがあるといくつか挙げられていました。二歳になるお孫さんが、ご主人が亡くなった直後に上の方を見て喋っていたとか、それは嘘か本当かわからないけれど、魂はそばにいるんだから寂しくはないんだと、そういうような気持ちになったというメールをいただきました。

この本を出してからたくさんお手紙をいただきますが、子どもさんを亡くされた方などは切々と書いてこられますね。
川奈
 今のお話を伺うとなるほどと腑に落ちるところもあります。私が最初に怪談を書き始めるきっかけになった出来事があるのですが、私はAV女優をやっていた時期が四年間あって、辞めたあとに大学生の自主制作の映画に出演したりしていました。ところが、その共演した女優さんたちがどんどん亡くなるんです。殺人事件の犠牲者になったり、自殺してしまったり、不審死に近いけれども検死したら急病で亡くなっていたとか、もう七人くらい亡くなっている。ピンク映画やAVに出演するポルノ女優さんは複雑な事情を抱えている場合が多くて、心を病む方も非常に多い。ですから納得はいかないまでも、みんな辛いんだなとどこか自分の中で辻褄をつけられていたのですが、最後にすごくショックを受けたのが、学生の自主制作映画に子役で出ていた高校生の女の子が亡くなったことでした。私もその子も助演で出演していて、ああいう自主制作の映画というのはすごくアットホームな雰囲気で何日もみんなでご飯を食べたり、練習からセリフ合わせから何度も顔を合わせるのですごく親しくなる。その子はもちろんAV女優さんではありませんから私にとって衝撃だったんです。そうしたら幽霊を見た。少なくとも私の認識の中では幽霊を見たと思っていて、それがきっかけで何か書かなくちゃいけないと思ったんです。二〇代とか、まだ一〇代の若さで死んでしまって彼女たちは無念だったろうなと、彼女たちの無念を何とかはらしたいと思って最初はホラー小説を書いて、そうしたら本を出さないかという話があって、少し頁数が足りないから書き足してくれませんかと言われたときに、はじめて実話怪談を書きました。それから官能小説を書いていたのですが、そのあとにまた怪談を書くようになって。実話怪談は自分や家族の体験談も書きますが、それだけだと足りないので取材して書くようになって、SNSで募集したり、いろんな方に紹介してもらってお話を伺っていると、ご家族、恋人や大切な恩師を亡くされた方、そういうお話がとても多い。いつも悩みながら取材しているので、『魂でもいいから、そばにいて』は今後私のバイブルになってくると思います。一人の取材対象の方に何度もお会いになるのは大変なことで、書かれていない部分でのとてつもないご苦労があったのではないかと思いました。
「怪」を聴くこと、書くこと

奥野 修司氏
奥野
 今回の僕の取材では、最初はこんな話を聞くんだからまずいよなと思っていましたが、話し始めたら止まらない人ばかりでしたね。中には一年以上かかった人もいますが、誰にも話せなかったと話し始めたら止まらなくて、むしろ向こうから次はいつ来ますかとメールが入るほどでした。
川奈
 この聞き取りは震災があった翌年から始まって三年半、一番時間が経っているお話で四年と、まだ死の記憶から遠くないということもあってあまり雑念を入れずに話しやすかったということもあるのかも知れませんね。
奥野
 ご遺族にとって区切りがすごく大事ですよね。二〇一二年の終りから二〇一三年の始め頃は三回忌が終わったからとよく言われました。ですから、最初の一年間は全然話していただけなかったのですが、最終的に話してくれる人が多くなってきたのは二〇一四年以降でした。幽霊が出たという話は、震災後すぐから被災地でもたくさんあって、僕がずっと取材していた仙台の二〇〇〇人以上を看取ったがん専門医・岡部健先生(二〇一二年九月没)の家の近くでも、美容院の人がこんな幽霊を見たという話をしてくれたり、あの時期はたぶん二、三人声をかけたら一人くらいは見たという人がいるくらいでした。そんな話ばかりでしたから、陸前高田の岩手県立高田病院の医師から、幽霊をよく見るというタクシーの運転手さんを紹介してもらって、実況中継をお願いしたんです。あの当時は陸前高田に各地方から医師がボランティアで来ていて、一ノ関でお客さんをタクシーに乗せるのですが、その途中のループ状の橋のところが毎日のように出るらしいというので実況中継してもらった。
川奈
 運転士さんが実況中継するんですか?
奥野
 本当にしてくれたんです。いま出ていると、今眼の前にいてどんどん近づいてくるから悪いけど俺もう逃げるとかね(笑)。でも僕は実際に四年くらい通いましたけど、一度も幽霊を見たりしたことはないんです。この本も僕は話を聞いて書いただけで実際には見ていない。
川奈
 私のいわゆる幽霊体験というのは、先程の女優さんが亡くなったあとに見たものがそうで、パソコンに向かっているときに音がして、後ろに人が立っているのが画面に映ったんです。吃驚して後ろを振り返ったら誰もいなくて椅子から転げ落ちたくらい驚きました。そのあとお風呂に入ってウトウトして、ふっと目が覚めたら洗い場に足が、女性の素足が見えたんです。でもそのときは非常に体調も悪かったし、あとから思うと幻覚や夢の類いかもしれないと思うのですが、タイミングがタイミングだったので怖くもあったし、何か私に訴えたいことがあるから出てきたのかなと考えてしまって。この本に出てくる方は大切なご家族を亡くされているご遺族の方ですから、もっと苦しくて大変だろうと思うのですが、何か不思議な事があるといろいろ考えて、解釈をつけますよね。これが第三者の例えば私が東北の方に行って、不思議なものを見たとする。そうするとこれはいわゆる実話怪談本に入るような話になってきて、端的に怖いものがあったという話になってくる。怪談というとそういうのがほとんどで、読み物としては面白く読ませるための工夫が必要です。最後にギャッとなるように書くのか、嫌な余韻を残すのか、私の今回の本のようにいろんな伝説などと組み合わせて多面的な読み方が出来る本を目指すのか、何か工夫しないとなかなか読み物として成立するものにならないと思うのですが、この本の場合は生きている方々の故人と共有していた物語のようなものがあって、それが語られていく中で怪現象や不思議なものがある。そこにご遺族の方が何か解釈をつけていることで、人間の悲しみや愛着、愛情が浮き彫りになって胸を打つのだと思います。
お迎え現象から、3・11後の霊体験へ

奥野
 『看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』(文藝春秋)にも書きましたが、もともと僕はがんで亡くなっていく人の取材をずっとしていて、その過程でお迎え現象について知りたいと思うようになって繋がっていったんです。今回の本もお迎えの延長で見ていたものですから、幻覚や幽霊とは違うと思います。実際に僕が一緒に車に乗っていると、道路で突然車が停止する。どうしたのと聞くと、いや人が前を通っているから止まったんだと。でも僕には全然見えなかった。最初の頃の霊体験は見た人がみんな怖がっていました。特に今まで信じたことのない人が見えると怖がる。
川奈
 見える見えないで思い出したことがあります。芸能プロからエキストラを何十人か集めてスタッフと大勢で廃病院で撮影をしたことがあるのですが、そのときに誰かが幽霊が見えると言い出した。どの階にもエキストラの人数以上にうじゃうじゃ人がいるとか、さっきエレベーターに乗ろうとしたら人がたくさん乗っていて乗れなかったけど他の階にそんなに人がいたわけがないとか話す人が出てきたんです。それで一人が見えると言い出したらみんな見始めて怖がっちゃって。その撮影は夫が監督をしていたのですが、夫は絶対見えないと言うんです。それを証明する為に俺は霊安室で寝ると言って本当に何も出なかったらしいのですが、他の人はずっと見続けて。私自身は幽霊は見なかったのですが、怖かったのは他の女優さんと撮影をする階のボタンを押して乗ったら、全然違う階で勝手に止まって扉がバッと開いた。でも誰も乗ってこないし真っ暗な廊下があるだけなんです。しかもそれっきりボタンを押しても閉まらなくて、怖くて二人で手を繋いで叫びながら廊下を走って、というようなことがありました。そういうとき大体簡単に霊感があるとかないとか言うのですが、暗示にかかりやすい人とかかりにくい人もいて、暗示に半分かかった上で少しでも不思議なことがあると幽霊の仕業の方に引き寄せて解釈する人がいる、そういう違いがあるのかなと思います。
奥野
 この本で阪神・淡路大震災と比較しているのですが、阪神・淡路大震災のときの幽霊譚はゼロに近い。僕はその当時聞いたわけではないけど、東北では聞けば幽霊体験だったら大体みんなあるわけです。じゃあ、見える人と見えない人がいるのだったら阪神は見えない人ばっかりなのかとか、そういうことになってしまいますが、単純ではないですよね。でも見えないより見えた方がラクです。阪神でも小さいお子さんが亡くなったという話はたくさんあるわけで、その悲嘆、悲しみは見えた方がラクになっていくはずです。
団塊世代の オカルトフォビア

迷家奇譚(川奈 まり子)晶文社
迷家奇譚
川奈 まり子
晶文社
  • オンライン書店で買う
川奈
 私の従姉の一人が二四歳のときに亡くなって、その子の母親、私にとって叔母の精神状態が不安定になってしまって、まるで彼女がまだ生きているかのようにふるまっていたかと思えば一日中泣いていたり、それがどういうわけか三回忌で少し落ち着いてなんとか日常を取り戻したということがありました。そのときにその叔母の面倒を見ていた親戚が私のことをまったく似ていないにもかかわらず、死んだ従姉にそっくりだと急に言い出すんです。そうした行き場のない辛さというものをどうやって乗り越えていくのかと考えたときに、『迷家奇譚』の最初の方にも書きましたが、昔から集落にいたようなイタコ、オガミサマのような人に亡くなった人の声を届けてもらう、自分の声もあの世に届けてもらう、そういうある種のシステムみたいなものがあったときの社会の方が人々は日常を取り戻しやすかったし、癒されやすかったのかと思いました。昔の方が死は身近だったでしょうしね。
奥野
 僕ら団塊の世代は特殊で、たぶん戦前とも違うし戦後の今の人たちとも感覚が違うんです。例えば二〇年くらい前の調査ですが、あの世を信じるかという膨大なアンケート調査をすると、昭和二一年から二五年くらいの間に生まれた団塊の世代の数字は五%くらい。その前後の世代の人は信じているのですが、団塊の世代だけは信じない。僕もこの本を同級生に何冊か送って、いい本だねと言ってくれた人は一人もいなくて、こんな本を書いてるのかお前という反応だったんです。

僕はお迎え現象を調査していて、死んでいく人から話を聞いていたということがあったし、『ナツコ』を含めて、一九七九年からずっと沖縄で取材してきたというのも大きく影響していると思います。神の島と言われる久高島(くだかじま)にも三年くらいいて、あの島は本当に戦前の世界で島の中央にある道路から北側はあの世、後生(グソー)だから家を建てないとか。
『ナツコ』の取材のときに、三年、四年まったく成果が出なくて本当に困ってしまって、あと一年やってみて駄目だったら五年を区切りにやめようと思ったんです。そう思ったときに糸満にナツコの親戚でユタをやっている人がいると教えられて、そのユタの方に連れられてナツコの魂を降ろそうということになりました。ナツコの墓に正式に祭壇を置いて、沖縄の言葉で聞き取れなかったのですが、「この人はあなたのことを調べて書こうとしているからあなたの力を貸してあげてください」と頼んでもらって何週間後かにもう一回やったんです。そうしたら、その前の四年半くらいまったくとっかかりがなかったのが、まずナツコの腹違いの弟が見つかったり、いろんな証言者が見つかったりしてきた。やっぱり効き目があったのかなと思わざるを得ませんよね。思わないより信じた方がラクですから。そういう経験があったので、東北のオガミサマも割と僕は違和感なく受け入れられたんです。
川奈
 団塊世代のオカルトフォビア的なところを、そういう体験があって乗り越えられた。まずここに行く前にそういうことがあったわけですね。
奥野
 ですから僕は団塊の世代としては特殊だと思います。
川奈
 うちの母も団塊の世代で、絶対に信じないと言い続けてますね。ヘンなもの書くんじゃないとか言われるんですけど(笑)。その割に同居していた祖父が死んだときに、今日帰ってきたらおじいちゃんがそこに座っていたと言ってたんですよ。でもやっぱり霊の存在は信じないって(笑)。若い世代の方がより柔軟に受け入れている人が多いと思います。年齢も関係あるのかな。うちの子どもは今中学校一年生ですが、幼稚園や小学校低学年の頃はいろいろ面白い怪奇体験談をしてくれましたが最近はまったくしてくれないですね。
土地の記憶、都市伝説、怪談

奥野
 僕は霊体験はないですけど、小さい頃はそういう話をよく聞きました。川奈さんの『迷家奇譚』に熊取七人(「熊取七人七日目七曲り」)の話が出てきますが、僕は生家が近かったんです。昭和二十年代までの田舎はどこもそうですが、熊取も要するに八つ墓村みたいなところですよね。今誰か人が死ぬとお医者さんが死亡診断書を書きますが、戦後に法律が出来る前までは自殺者や事故死した人をこっそり埋めてしまうということもあったようです。

溜池やタマネギ小屋で自殺する人が多かったのでしょうか、霊が出るという話はたくさんあって、そういうところは怖くて行けなかった。
川奈
 熊取の謎の連続変死事件のことを違う書き方をしているライターさんもいて、地元のヤクザと暴走族の人たちのトルエンをめぐる揉め事があって殺されたんじゃないかとか、警察もヤクザに買収されていたんじゃないかとか、そちらの方がもしかすると当たっているのかもしれませんが、私はそれを怪談としてひと繋がりの伝説風にして書きました。
奥野
 この本に出て来るような奇譚というのはどうやって探すんですか?
川奈
 「廃墟半島にて」は自分の体験談、「彼岸トンネル」は知り合いの知り合いくらいのライターさんの体験談を取材して書いて、「鍵付きの時代簞笥」は私の友人の話です。他にSNSやツイッターで怖い話、不思議な話を常時募集していて、私はAV女優時代からのファンもいるのでツイッターのフォロワーは一六〇〇〇人くらい、フェイスブックは五〇〇〇人くらいいるので結構DM(ダイレクト・メッセージ)が来るんです。怪奇体験のDMを貰うと、お会いするのが可能な距離にいる方にはお会いしてお話を伺って書かせてもらいます。「生霊返し」は、高知県出身の方に取材して書かせてもらったものです。
奥野
 この中に「人形心中」という話がありますが、昔僕のまわりでも同じような話があったんです。蒲団の中で人形と一緒に死んでいた、餓死していたという。詳しいことは知らないのですが、僕の同級生が言っていたことですが、彼の親戚のお兄ちゃんがベッドの中で人形と一緒にいてほとんどミイラみたいになっていたんだと。そんな話も思い出しました。
あの世との繋がり

川奈
 幽霊を見たとか怪奇現象が起こるというところを調べてみると、過去に何かいわくがある場合が非常に多いですね。「堀田坂今昔」に書いた堀田坂もそうなのですが、もともと堀田様の化け猫騒動があって、そこに日本赤十字病院(日赤)が出来て、近所の小学生から<赤レンガ>と呼ばれ幽霊が出ると怖がられている標本室があったり。今、東京・表参道の山の手大空襲のことを調べていて、表参道界隈は被害が大きかったのですが、その遺族は案外幽霊を見ているんです。そういう風に見ていくと町の歴史が積み重なって重層的に見えてくる。最初は自分の話を書いていたのですが、人々を取材をしたり土地の話を調べたりするうちに、自分の中で奇譚や怪談の捉え方が少しずつ変わってきたと思います。怪談がある場所を調べているうちに、ここを掘ったら骨がたくさん出てくるだろうなと推測できるところがわかったことがあって、例えば山の手大空襲でたくさんの犠牲者が出て、その亡骸を取りあえず掘って埋めた場所。後で掘り起こして埋葬し直そうとしたらどこに埋めたかわからなくなってしまって結局土だけ持って帰ったというようなことがたくさんあるらしい。他にも江戸時代までは共同埋葬地だったとか、そういう土地も東京は特に多いので怪談もたくさん生まれるのではないかと思います。
奥野
 ここを掘ったら人が埋まっているなと、霊感でわかる人がいるようです。僕が沖縄に住んでいたときにもアパートを探してあげると、要するに人が埋まっていないところがいいと探してくれるんですが、ここは駄目そこも駄目と見つからないんです。那覇の新都心でおもろまちという今すごく開発されている土地がありますが、すぐそばから今でもたくさん骨が出てくるそうです。沖縄戦で亡くなった人たちですね。おそらく沖縄全土で埋まっていないところはないんじゃないですか。
川奈
 私は沖縄の八重山諸島が好きで、特に西表島と波照間島が好きで毎年行っていますが、向こうは信じてる信じていないというより、あの世の世界がすごく近い、異界が身近にあるような感覚で、あそこは龍神様の通り道になっているから建物を建てちゃいけないとか、新城島(あらぐすくじま)という普段無人島になっている祭祀を行う島では、ロープを張った結界の向こうには絶対に住民以外は入ってはいけない、入ると大変なことが起こるとか言われました。老若男女そういうものだとコンセンサスが取れている社会でそれは面白い体験でした。
奥野
 数年前、沖縄に大きなリゾートホテルが建ったのですが、建てるまでが大変で三年以上かかったそうです。つまり広い敷地を全部掘り返して、出てきた骨を全部供養して改葬した。それが一番大変だったようです。骨に対するこだわりというのは強くて、今回の津波でも流されたまま帰ってこない行方不明の方がまだたくさんいて、毎年浚渫(しゅんせつ)作業をしていたのですが、その費用が市町村の財政を圧迫しているという批判があって終了することになったようですが、骨の一片でも見つかれば納得できるんだという遺族がまだたくさんいらっしゃる。この本は供養とか身近な人の死をどうやって受け入れていくか、そういうことのテクストになると、そんなメールをくれた方もいらっしゃいました。
川奈
 本書には春の旅、夏の旅、秋の旅とあって、まだ書かれていない冬の旅があります。
奥野
 今回、話してくれなかった人たちもいるわけです。この本を出したらその方たちも話していただけるのではないかと思ったのですが、そう簡単にはいきませんでした。それは、一つにはこの本で紹介した人たちは家族の誰かは助かっているんです。子どもが二人いたら一人は助かっているとか。でも話してくれない人は家族をすべて亡くしている。子ども二人と旦那さんと両親と全部亡くしてたった一人残された女性は、最初に書いた亀井さんの体験(『待っている』『どこにも行かないよ』)のようにぼんやりとではなくリアルに出てきて、こちらからは触れないんだけど、触られた感触とか全部わかると。それくらいしか聞けなくて、なぜ話せないかというと、支えるものが何もないところに全部話してしまったら、自分が本当に崩れてしまうのではないかという不安感があるというようなことを言われました。そうかもしれないと思ったのは、気仙沼の僕がよく泊まりに行く家の裏の仮設住宅にいる方も家族を全部亡くされて、話してくれると言いながら直前になるとやっぱり話せないということが続いて、この本を読んでいただけば何とかなるかと思いましたが、やはり突破できないですね。家族を全員亡くした方はここに書いた家族の方とやはり違うものがあるのかと思います。
川奈
 触られた感触までわかるというのは、殆ど死者と一緒に生活しているということですよね。その状況を語っちゃうとその人はどうなるんでしょう。それでもその人は生きていかなくちゃいけないから、どこかでその人は区切りをつけているんでしょうか。ここから先は死者を立ち入らせない、ここの部分だけで生きていこうと。人に話してしまうとダムが決壊して、すべての日常が死者の領域に飲み込まれてしまう、その怖さみたいなものはあるのかもしれない。受け入れられる、受け入れられないというレベルではない。いつかは語れるようになるものでしょうか……。
奥野
 ここに書いた人たちは霊体験を話すことによって、あの世との繋がりを感じてそばにいるみたいだと思っている、という人たちが多いのですが、話せない人たちはまた違う感覚かもしれないですね。出来たらその人たちの冬の旅を完結させたいと思ったのですが、想像もつかない悲しみがそこにあるのかと思います。
人間は合理的な 存在ではない

川奈
 今、怪談や広い意味での奇譚の人気が出てきて、私は書かせてもらえる機会が増えてありがたいのですが、何故そういうものが受け入れられるのかというと、この世界が永遠に続く訳ではない、いつか壊れる、明日終わるのかもしれないという行き場のない不安感が広く共有されているのではないかと思います。不安をどのようにストレスを感じずに乗り越えていこうかといったときに、合理的ではない世界を見せてもらった方が自分の不安を肯定できる、無意識なのかもしれないけれど癒えるということもあるのかなと。
奥野
 ヨーロッパのマルクス・ガブリエルという哲学者の本では(マルクス・ガブリエル、スラヴォイ・ジジェク著『神話・狂気・哄笑 ドイツ観念論における主体性』堀之内出版刊)、これまでの観念論ではなくて、心の動きや感情や空想など、あらゆるものが存在するとしています。神話も存在するのですから霊も存在するのでしょう。そういうものが売れるというのは不安の時代なのかなと。

本(『看取り先生の遺言』)の冒頭で岡部さんと幽霊がなぜ出るかという話をしていますが、今まで極めて合理的な社会にいて、例えば仙台から石巻まで六〇分で着くという計算ができる社会が僕らの社会だったのが、震災で全部インフラが壊れてしまった。そこに住んでいる人は不安でしょうがない。その不安が幽霊を見させるんだと。彼は脳科学者から脳が幽霊を創るという話を聞いて、そうであればインフラが整備されて電気が通って町が元に戻ればたぶん幽霊は消えるということを言っていた。それで、やっぱり二〇一四年になったら幽霊の話が出なくなった。不安がどんどん強くなってくると、そういうものを人間は創り出すのかもしれない。
川奈
 私は自分の趣味でもあるのですが古地図を集めていて。私は東京生まれの東京育ちで、江戸から東京へと町の歴史が重層的に層を成していることに惹かれて、最初は暗渠の上は怪談が多いというので東京の暗渠の上の道を歩いたり調べたりしていました。以前は古地図などなかなか手に入りづらかった。ところが今はたくさん売っているので、みんながそういうものに興味を持ち始めているのかなと気づきました。だから怪談みたいなものも人気が出てくるし、死者の魂と生者が出会うという状況も受け入れられていくのかもしれない。地獄の釜の蓋が開いたじゃないですけど、みんなが見えないことにして、安心安全で平和なつもりで生きていた世界が壊れて、あの世が漏れ出してきている。不安の種が蒔かれたのは、三・一一なのかも知れないし、アメリカの九・一一なのかも知れない。
奥野
 不安の結果かどうかにしても、あの世を信じられることは、僕は良いことだと思っています。実際に人が亡くなっているところを見ているとあの世を信じない人の苦しみというのは本当に可哀想でしょうがない。生きることに執着していて、死ぬことがものすごく恐怖なんです。あの世を信じないということはこういうことなのかと。死ぬはずがないと思っている年代の人が死を受け入れていくのは大変なんです。小学生の子どもが二人いて、三九歳でガンになった女性は、なんで死ななきゃならないんだって口惜しい思いをされていました。でも最後は子どもたちに自分の死を見せるんだと納得されて受け入れたけれども、それまで一年くらいかかりました。死を受け入れる年代じゃないのに死を宣告されるのは辛い。この本に出てくる子どもたちのように、小学生や中学生で死んでしまうというのはなかなか受け入れられない。
川奈
 死者の思い出と一緒に生きるということを、世間は全力で否定してかかるわけです。みんな腫れ物に触るような感じで、自分から話すこともできないし、普通に生活もしなければいけない。苦しくてその後を生きるのが困難になってしまう。でも本に出てくる人たちの、その困難さの中で生きる姿にみんな勇気づけられるのではないかと思います。人が生きていく物語なのだと思いました。

(おわり)

この記事の中でご紹介した本
迷家奇譚/晶文社
迷家奇譚
著 者:川奈 まり子
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く/新潮社
魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く
著 者:奥野 修司
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝/文藝春秋
看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝
著 者:奥野 修司
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月11日 新聞掲載(第3202号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
川奈 まり子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文化・サブカル > 文化論関連記事
文化論の関連記事をもっと見る >