ムダのカイゼン、カイゼンのムダ / 伊原 亮司(こぶし書房)「豊かさの内省」の意味  優れたフィールドリサーチの登場|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月14日

「豊かさの内省」の意味 
優れたフィールドリサーチの登場

ムダのカイゼン、カイゼンのムダ
著 者:伊原 亮司
出版社:こぶし書房
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優れたフィールド・リサーチの登場である。世界に冠たる「トヨタ生産システム=TPS」の本質を、多様な文献やインタビューから明らかにしただけでなく、自ら期間従業員としてトヨタ本体や関連企業に働き、さらにはTPS導入を試みた非自動車関連企業や自治体にも参与観察している。まさに、フィールドワークの王道を行く労作である。

評者自身、頭の中では、TPSは日本の競争力を体現するものであることは理解していた。しかし、心の中では、「トヨタは凄いが、トヨタでは働きたくはないな」という不思議な思いを抱いていた。本書を読んで、その理由について納得することができた。TPSとは限定された前提の上では、きわめて人を大切にし、よく考えられたシステムなのだが、その前提が崩れれば大きな負担と負荷をもたらすシステムだったのである。

ただし、本書が従来型の反トヨタ的論調だけで構成されているかといえば、決してそうではない。「はじめに」で著者は、「このシステムに内在すればするほど、考え抜かれたシステムであると感じ入り、勤勉で実直な人たちがカイゼン活動に熱意をもって取り組む姿に感心させられた」と、自身の実体験をベースに賛辞を贈っているのである。その一方で、「と同時に、TPSの導入を試みた組織の多くは途中で断念しており、『宣伝文句』とは異なる厳しい現実を目の当たりにした。わたしたちのダイエットと同様、会社のムダとりもなかなかうまくはいかないようである」(13頁)、とウィット溢れる文章で分析をはじめるのである。
本書の構成


「はじめに」に続いて「序章:先行研究の整理と本研究の課題」において、TPSに関する啓蒙書や先行研究が詳述され、国内外の自動車産業のみならず他産業や自治体などへ普及したTPSが概観される。そこでの主張は、「TPSとはパッケージングされた管理手法ではないし、純技術的な管理システムでもな」く、むしろ「TPS化を社会的な現象として捉える視座」が重要ということである。すなわち、TPSとはきわめて社会的なコンテクストに織込められたシステムであって、容易に移転が可能となるようなものではないという指摘である。

第1章では、著者が従業員として実際に現場体験したカイゼン活動の実態が明らかにされ、「TPS化とは各場を取り巻く力関係の中で拡張していく活動」だと喝破される。そして、以後この「力関係」がTPSの本質として明らかにされていくのである。第2章では、トヨタ本体におけるTPSの開発過程が歴史的に詳述され、第3章では、TPSの第一次下請企業における定着過程が「強要と教育」という視点から丹念に分析される。「強要」という視点と並んで、表面的には「教育」という言葉が使われているが、ここで明らかにされているのは「トヨタからの圧力が企業同士の学習圧力に変換され、その圧力が現場にまで落とし込まれ、各場はカイゼンに駆り立てられて(139頁)」いく様子である。

さらに、TPSの本質を鋭く突いた、「トヨタからの要求は厳しいものの、現場をカイゼンしてそれらに応えていけば、トヨタとの取引は更新される。この管理方法を徹底していれば、市場動向を気にしたり新たな取引先を探したりする必要性を意識しなくてもすむ。下請け企業にとって、TPSの強化が目的化し、疑う余地のない『競争のルール』になった。そして、TPSを極める競争に入り込めば入り込むほど、トヨタとの依存関係が強化されていく(139頁)」という指摘がなされる。TPSは当事者の「思考停止」を伴う、麻薬的なムーブメントなのである。

第4章では、このアディクティブなTPSが二次下請企業に導入され定着していく過程が「格差と包摂」という視点から分析される。導入・定着のロジックは第3章で見たとおりなのだが、ここでの重要な指摘は、「トヨタの取引構造のそして社内階層の『下』に行くほどに、働く者の労働条件は悪くなる」という現実である。したがって、「下請企業のライン作業者は、単純な反復作業を専門に担うという点でいえば代替可能である。しかし、完全な『使い捨て要員』というわけではない。TPSに基づいて工場を運営するには、『末端』の人にもJITとTQCの原理に忠実になってもらわなければならない(168頁)」からである。厳しいコスト削減圧力は末端に行けば行くほど大きな格差を呼んでいくが、二次下請企業ではこの格差を前提にしながらも、単純作業者をTPSへ包摂しなければならない。これが二次下請以下の現場の矛盾である。

第5章では、TPSの「進化」の様子が、トヨタを頂点とした管理・協力体制の完成として描かれる。と同時に、社会全体の成長すなわち日本経済の成熟化とグローバル競争の激化に伴う需要の低迷が、TPSの本質的矛盾を覆い隠せなくなっている事態が明らかにされる。その結果、下請企業群の選別あるいは切り捨てが、「独り立ち」という名目で進んでいるのである。

第6章は、このTPSが「自分の力」で生き残ることを煽られている現代の風潮にあって、自動車産業以外の企業、自治体、NPOなどに広まっている実態を「新自由主義時代のカイゼン」として描いている。興味深いのは、カイゼン活動に取り組んだ地方自治体や日本郵政が当初華々しい成果を上げつつも、結局は腰砕けのうちに活動停止に追い込まれている事実である。ここでも耳を傾けるべき重要な指摘がある。それは、「TPSとは、より多くのものを売るために多くの『バリエーション』を作ることを容易にするシステムであり、大量生産に付随するムダを削ってより多くの利益を出そうとする点に特徴がある。TPSは規模の経済を追求したという点ではフォード生産システムと変わらないのだ(234頁)」という指摘である。すなわち、TPSは大量生産を前提とした多品種少量生産であり、本質的に多様な顧客や対象を相手に多様な商品やサービスを少量扱う公的機関や自治体などにすんなりと適合するものではないのである。

第7章で、著者は「TPSの限界を乗り越える」と題して、「地道なカイゼンから販路拡大やブランド構築」を進めた事例、「カイゼンからイノベーションへ」飛躍した事例、TPSを導入しながらも「働きやすい環境づくり」を追求している企業の事例を紹介する。その最後の事例が、トヨタが障害者雇用のために設立したトヨタループスという子会社である。そこでは、TPSを取り入れながらも「誰もが働けるトヨタの会社」が目指されているのである。TPSというムダを徹底排除する仕組みが、ややもすればムダと見做される障害者を前提に機能しているのである。終章で著者は、TPSの「高品質なモノやサービスを素早く低コストで提供するために、ムリなく、ムダなく、ムラなくつくる」という魅力を十分理解した上で、その副次的影響の甚大さを指摘する。過度なムリは現場を疲弊させ、過剰なムダ取りは組織に「ムダな人」を浮かび上がらせて自己解体をもたらす。そもそも人間自体がムラのある存在ではないのか、と。その上で、いまの日本に必要なのは「誰もが無理なく働ける職場」づくりであり、人のムラを受け入れ、ムダのもつ多様性を含みとして受け入れる社会を提案するのである。
本書から学ぶもの


確かに、日本を覆う閉塞感は、善意ある優秀な勤労者が成長を求めて努力しても、その成長の果実を獲得できずに疲弊している現状にある。また、かつての前提が崩れた状況では、昔ながらのやり方を繰り返してもうまくいかない。その最たるものが自動車産業で大成功を収めたトヨタ生産システム(TPS)の無防備な普及に伴う疲弊である。そのことに気づかずに、膨大なエネルギーをつぎ込んで表層的な模倣をしている現状を著者は、「ムダのカイゼン、カイゼンのムダ」と喝破したのである。前提を疑わずに、特異な自己完結的なシステムの普遍化を進めても誰も幸福にはならないだろう。著者が訴える「豊かさの内省」の意味は大きい。

優れた著作だが、著者が言う「誰もが無理なく働ける職場」や人のムダやムラを許容する社会の中に、この優れたTPSを今後どのように生かしていくのかについては、もう少し議論の余地があるように見える。

蛇足ながら、この種の労働社会学の著作に違和感を覚えるのは、トヨタや日本郵政などは固有名詞で語られるのに、他の企業や自治体はA社、B県、C市などと表記されることである。守秘義務があるならば仕方がないが、文脈から見て簡単に推測できる企業や自治体にもこうした表記がなされると、実名入りのケーススタディに慣れ親しんだ者としては違和感を覚える。なぜ実名が使えないのかについて、注釈が必要と感じた。また、注釈でいえば、素晴らしい実証分析にもかかわらず序章の註5にいきなり前掲されていない「大野、前掲書」(279頁)が出てくるのはいかにも残念なミスに感じる。また、些細なことだが、veicleではなくvehicleというスペルミスも惜しい。
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2017年8月11日 新聞掲載(第3202号)
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この記事の中でご紹介した本
ムダのカイゼン、カイゼンのムダ/こぶし書房
ムダのカイゼン、カイゼンのムダ
著 者:伊原 亮司
出版社:こぶし書房
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