ヒロインの妊娠 イーディス・ウォートンとセオドア・ドライサーの小説における「娘」像とその選択 / 吉野 成美(音羽書房鶴見書店)生殖と制度の狭間で  「娘」たちの処世術|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月14日

生殖と制度の狭間で 
「娘」たちの処世術

ヒロインの妊娠 イーディス・ウォートンとセオドア・ドライサーの小説における「娘」像とその選択
著 者:吉野 成美
出版社:音羽書房鶴見書店
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本書を読みながら、ルイス=アーネスト・バリアス作の彫刻「『科学』の前にヴェールをとりさる『自然』」(オルセー美術館、一八九九年)を思い出した。上半身を露わにする擬人化された「自然」(女性)が身体を覆うヴェールを取り、その裸体を「科学」(男性)の前に曝そうとする寓意像である。顕になった大理石の乳房の白さは際立ち、生命の神秘=女性=乳房に科学の関心が向けられたことを語っている。ショウォールターが『性のアナーキー』でこの像に言及して述べるように、女性の身体メカニズムの解明は、結婚、労働、家族といった社会制度における女性のありようの再構築も促した。イーディス・ウォートン(1862-1937)とセオドア・ドライサー(1871-1945)を取り上げた本書は、それぞれ上流階級、労働者階級と関心を異にするとみなされた作家を、世紀末転換期の生物学的「性」をめぐる言説を共有する同時代作家として論じている。

著者によれば、一九世紀前半の家父長制における「娘」と「結婚」をめぐる感傷小説は、世紀末には「生物学的」存在としての女性をめぐるリアリズム小説へと変容したという。そしてサンドラ・ギルバートの「娘(daughter)」の語源に「乳をしぼる」という意味の“dhugh”が内包されるという指摘に注目し、「娘」が家父長制結婚市場に売り出される純粋無垢な「娘」ではなく、「母」のミニチュア版として、父権的社会構造とは別の枠組みで再定義されることを作品の丁寧な読みを通して詳らかにする。

キーワードは「妊娠」。ウォートンの三作品とドライサーの二作品が論じられる。ウォートンの『無垢の時代』では、フェミニスト批評によって切り捨てられてきた清純な女性登場人物の「妊娠」にこそ、家父長的社会にあって隠蔽されながらも連綿と続く母系ネットワークの系譜を明らかにする鍵があると解く。『国の風習』と『夏』ではそれぞれ離婚結婚を繰り返す女性と非嫡出子を生む女性が登場し最後に父的男性と結婚するが、それは「母=娘」である彼女らにとって資本主義的アメリカ社会で生きる為に「武器となるのは恋人でなく父親」を処世訓とする必要があるからという。ドライサーの作品では、「性と制度との狭間」に揺れる女性たちの現実問題が炙り出される。『ジェニー・ゲアハート』に登場する母や弟を支えるために賃金労働として疑似結婚するシングル・マザーは、娼婦ではなく、自身の「環境を最大限に活かし」「柔軟性と適応力」を備え、生き抜く処世術を身につけた女性であり、既存の道徳観を超える新しい生き方を模索し続ける個人である。そして『アメリカの悲劇』では、従来見過ごされてきた弱者、孕まされ捨てられ中絶もできずに死ぬ労働者階級の女性に着目し、彼女の「妊娠」が中絶をめぐる社会的・法的問題に光を当てることになると指摘する。終章では各章を連携させ、両作家がそれぞれに「制度と生殖の狭間にある問題」に迫ろうとしていたことが跡づけられる。

本書は、二〇〇二年に大阪大学に提出した博士論文(英文)を修正加筆したものであり、著者は家父長制における社会的構築物としてのジェンダーに偏ったフェミニスト批評を修正すべく、「妊娠」「出産」をめぐる「生物的」視点から女性像の再構築を試みた。ウォートンとドライサーが共有する性をめぐる問題はさらに問い続けられるであろう。表紙のベルト・モリゾの「ゆりかご」、裏側のムンクの「マドンナ」は、本書の意図を伝えて魅力的。

この記事の中でご紹介した本
ヒロインの妊娠 イーディス・ウォートンとセオドア・ドライサーの小説における「娘」像とその選択/音羽書房鶴見書店
ヒロインの妊娠 イーディス・ウォートンとセオドア・ドライサーの小説における「娘」像とその選択
著 者:吉野 成美
出版社:音羽書房鶴見書店
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2017年8月11日 新聞掲載(第3202号)
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