路地の子 / 上原 善広(新潮社)突破者・上原龍造の人生を渾身の筆力で描く|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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読書人紙面掲載 書評
2017年8月14日

突破者・上原龍造の人生を渾身の筆力で描く

路地の子
著 者:上原 善広
出版社:新潮社
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路地の子(上原 善広)新潮社
路地の子
上原 善広
新潮社
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一気に読んだ。傑作であり、力作である。読み終えた後も、さまざまな思いが湧いてくる。近来、まれにみる問題作と言えよう。

本書は、編集部によって、「自伝的ノンフィクション」と銘打たれている。しかし、本書がノンフィクション作家・上原善広の「自伝」であることは、最後に置かれた「おわりに」で、ようやく明らかになる。本書は、あくまでも、昭和二四年丑年(一九四九)に生まれた突破者・上原龍造の人生を描いた作品である。著者は、父たる龍造に取材しながら、そして、父と自分との関係を振りかえりながら、この作品をまとめあげたのである。    

冒頭は、大阪・松原市更池にある「とば」の描写。一頭の牛が殺され解体され「肉塊」に変わるまでの過程が、詳細に描写される。続いて、とばで働く二人の少年が命がけのケンカする場面。二人うち年少の方が、本書の主人公・上原龍造である。さらに著者は、同じく更池にあるにある「路地」を描写する。本書の主要なテーマは、ここまでで、すでに出つくしている。すなわち、食肉、暴力、差別である。

もちろん、本書のテーマは、これだけではない。読み進めてゆくと、共同体・家族・性・富・野望・勤勉・信頼・裏切り・党派性などのテーマが、次々とあらわれる。一方、ほとんど、本書にあらわれないテーマがある。そのひとつは、「信仰」である(ただし、主人公の宿敵が、修行のため禅寺に赴く話はある)。

食肉業界の利権とそれにからんだ諸事件に対する関心から、この本を手にする読者もあるだろう。読み手によっては、ポランニー派の経済人類学でいう「インフォーマル・エコノミー」の例を、日本の食肉業界に見出すかもしれない。評者が、この本に見出したテーマの第一は、主人公・上原龍造を「勤勉」に駆りたてた原動力は何だったのか。私見では、この「原動力」(スピノザのいうコナトゥス、M・ウェーバーのいうエートス)は、おそらく、差別への反発、富への執着といったものだけでは、説明しきれない。第二には、「暴力と正義」という重いテーマ(メルヴィル『ビリー・バッド』を連想した)。
「真実を妥協なく伝えようとすると、語りはいつもごつごつした部分ができてしまう」(メルヴィル)。本書の語りには、「ごつごつした部分」がある。記述に「精粗」があるところ、人名・団体名の一部が仮名であるところなどである。これは、著者が、真実を妥協なく伝えようとした結果、生じたものであり、本書に限らず、ノンフィクションの宿命と言うべきだろう。

そこで考える。著者がもし、これらの素材を「物語」(フィクション)として描いたとしたら、どんな感じになったのだろうかと。フィクションを標榜しながら、妥協なく「真実」を語り、思う存分、テーマを展開してゆくという手もあったのか。
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2017年8月11日 新聞掲載(第3202号)
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