満洲文化物語 ユートピアを目指した日本人 / 喜多 由浩(集広舎)満洲を人間中心に実証  栄光と悲惨の両面から重層的に描く|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月14日

満洲を人間中心に実証 
栄光と悲惨の両面から重層的に描く

満洲文化物語 ユートピアを目指した日本人
著 者:喜多 由浩
出版社:集広舎
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数年前、中国のハルピン、長春、瀋陽、大連などの都市を列車で巡る旅をした。充実した旅であったが、途中でいくつかの幻滅を味わった。例えば、かつて社会主義化したソ連から逃れた白系ロシア人やユダヤ人などが独特の国際都市を形成したハルピンの土産物店で買ったチョコレートは粗悪品だった。満鉄自慢の超特急あじあのイメージを求めて乗った特急列車では予約した座席が中国人に占拠されており、ガイドが怒声を発していた。瀋陽の春誼賓館(旧奉天ヤマトホテル)は、かつて首都の迎賓館と呼ばれた面影を広壮なロビーに残すものの、楽しみにしていたバーは、ほぼ休業状態でビール一本頼むのがやっとだった。なぜこんな幻滅が生じたのか。それは私たちは満洲で一時期を過ごした人たちからその体験を聞かされ、満洲の都市は芸術から娯楽、食文化まで日本ではできない体験ができるワンダーランドであったというイメージを形成していたからだろう。

本書はそれが幻ではなかったことを丹念に実証してくれる。しかも現象面だけを捉えるのではなく、当時、日本があらゆる面において世界の最先端、最高、最新を求める「実験」を建設途上の新天地で行おうした理想までを描く。それもすべて人を通しての実証だから、一編ずつが優れたノンフィクションとして身に迫る。

これまで満洲文化の語り部としてよく登場したのは東海林太郎(歌手になる前は満鉄社員)、山口淑子(国策によって中国人少女・李香蘭として奉天放送局からデビュー)、森繁久彌(新京放送局アナウンサー)などの人たちだったが、これに加えて、例えば次のような人たちの人生を知らされた。超特急あじあのパシナ型機関車を設計し、キング・オブ・ロコモ(機関車王)と呼ばれた吉野信太郎、収集の鬼と言われたライブラリアン柿沼介(満鉄奉天図書館長)、先進的な実験教育で多くの人材を育成した宮武城吉(満洲教育専門学校附属小の教師)など。また人々のつながりを「満洲人脈」というネットワークで見ると、今日まで続く地下水脈が見えてくる。漫画の一時代を築いた赤塚不二夫、ちばてつや、森田拳次、北見けんいちらは同世代で満洲からの引揚者。映画の東映王国を築いた主力は新京にたった八年間だけ存在した満映にいた人たちだった。日・満・漢・鮮・蒙の五族協和をモットーに創設された満洲国陸軍軍官学校からは後に韓国軍の主要メンバーを輩出。満鉄総裁の後藤新平が唱えた「文装的武備」を具現化した哈爾濱学院からは、「命のビザ」で名を残す杉原千畝をはじめとする外交官やインテリジェンス(諜報)の専門家が育った。

著書は満洲国の崩壊にともなって起こった悲劇、例えば葛根廟事件なども取り上げることを忘れない。これによって本書は満洲を栄光と悲惨の両面から重層的に描くことに成功した。いま歴史教科書のごくわずかな記述で「満洲」を素通りしてしまった若い人たちに著書が二十年を費やして取り組んだ人間中心のこの労作をぜひ読んでほしい。
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2017年8月11日 新聞掲載(第3202号)
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この記事の中でご紹介した本
満洲文化物語 ユートピアを目指した日本人/集広舎
満洲文化物語 ユートピアを目指した日本人
著 者:喜多 由浩
出版社:集広舎
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