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2017年8月22日

手描きジャワ更紗Reisia代表・藤井礼子さん(上)

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“ジャワ更紗”という、インドネシアの伝統的な手仕事によって作られる布。この布に注目し、更紗の文様染の手法で、和服に欠かせない“帯”を製作している女性がいる。インドネシアの職人たちに、非常に細かいいくつもの手仕事の工程や、着物や帯について理解してもらうには、どれほどの時間と工夫が必要だったのか。

今から二〇年前に訪れたインドネシア・ジャカルタの地。「布の宝庫」といわれる国は、藤井礼子さんを惹きつけて止まなかった。


藤井礼子さん
藤井礼子さんと初めて会ったのは、今から十年近く前のこと。以前この連載で取材させていただいた「きもの田中屋」の田中博史さんの企画展に、藤井さんが足を運んでくれたのがきっかけだった。

「ジャワ更紗の帯を作っているんですよ。東京で企画展をすることも将来あるはずですから、その時はぜひいらしてください」。そんなやり取りをしたのを、おぼろげながら覚えている。きっとご縁があったのだろう。それから何年かして、藤井さんと再会した。

Reisia(レイシア=藤井さんが手がけるジャワ更紗の帯)は、取り扱う店も限られていて、いつでも見られるものではない。たまたま新宿の呉服屋に数本置かれているというので、見に行った。繊細に手で描かれた植物の文様の連続。色は抑えられていて、どんな着物にも合わせやすいものが多く、着物好きにはたまらない。聞けば、ジャワ島に藤井さん自らが工房を持ち、現地の人を雇って、更紗を製作しているという。穏やかで笑顔の絶えない藤井さんのどこに、そんなエネルギーが隠れているのか――。

    *
出来上がったばかりのジャワ更紗の帯地


藤井礼子さんは、福岡県宗像市で生まれ育つ。父親の仕事の関係で転勤が多く、いろいろな場所に移り住んだが、どこに行ってもそこで楽しむ術を見つけるのが得意だった。

宗像高校を卒業後、短大に入学。大手石油会社に就職するが、社内結婚を機に退職。「当時は結婚したら女性は退職するというのが当たり前だった」「でも私、母のことが大好きで。だから母のようなお母さんになりたいというのが夢でもあったんです」。ところがなかなか子供に恵まれず、そのうち夫に海外赴任の話が舞い込んでくる。

「最初はアラブ首長国連邦のアブダビでした。一年ちょっと住んで、次はサウジアラビア。ここに四年暮らしましたが、イスラム教の戒律の厳しさは、かなりのものでした。もちろん女性は肌を見せてはいけないし、一人で出かけてもいけない。外国人も同様で、お酒もダメ。ちょうどこの時に湾岸戦争も経験しました」

お母さんになりたいという夢は、どんどん遠のいていった。「その時、母がこんなことを言ったんです。あなたはずっとお母さんになりたいと言っていたけど、あなたにはほかの使命があるのかもしれない。子供を育てるのではなく、別なことが。それを見つける努力をしてみたらいいんじゃない?」

駐在員の妻としての暮らしにも慣れたころ、次の赴任地が決まる。今度はインドネシアだった。アジア圏だし、ほとんど何の準備もせずに移り住んだが、困ったことに言葉が全く通じない。ほかの国では英語で生活できたのに、ジャカルタでは無理なことを思い知らされる。「移り住んだ翌日から語学学校に通いましたが、すぐに会話が出来るようにはなりません。それで、話せなくても楽しめるギャラリーや博物館巡りをするようになりました」

そうして少しずつ生活に慣れてきたころ、インドネシアの布と出合う。

「布の宝庫」と呼びならわされるインドネシアには、バティックという染布、イカットという絣織りの布など、さまざまな種類の伝統の布があり、生き物、植物などモチーフとなる模様は島ごとに異なり、それぞれに意味がある。偶然見つけた布のショップのオーナーが英語を話せたこともあり、藤井さんはこの店に毎日のように通い詰める。

「本当に朝から夕方まで。パンとお水を持って、ここで布の見方を徹底して学びました」

島によって柄が違い、宗教によっても違った。同じころ、あるギャラリーで出会った老婦人の着ていたバティックのあまりの美しさに、息をのんだことを、目を輝かせて話す藤井さん。「バティックが好きですか」と藤井さんに尋ねた老婦人は、この布がどこで作られたものか、どれくらい貴重なものか丁寧に教えてくれた。「それまではどちらかと言うと、泥臭いイメージが強いバティックは好きではありませんでした。それが、その布を見たとたんに、もうひとめぼれしました。この布が生まれるところをどうしても見たくなって」

ジャワ更紗の工房は、ジャカルタから遠いが、藤井さんはさまざまな村を訪ね歩いたという。なんとも、前向きでたくましい。(次号につづく)
2017年8月18日 新聞掲載(第3203号)
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