中山俊一『水銀飛行』(2016) 俺たちは違反速度で駆け抜けた。それが教習コースと知らずに|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2017年8月22日

俺たちは違反速度で駆け抜けた。それが教習コースと知らずに
中山俊一『水銀飛行』(2016)

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くだらない決まりごとなんて振り切って逃走する。美しい青春の暴走だ。そしてその暴走すらも、結局は大人たちがはじめから想定していた逸脱の範囲内でしかないことに気付いてしまったときから、青春は終わりを迎えるのだろう。教習コースの中の速度違反は、誰にも迷惑をかけることなく、ただ教官が軽く注意するだけで「大人への通過儀礼」として過ぎ去ってゆく。自分たちだけは世界を敵に回す凶悪犯罪者を気取っていても、客観的にはほんのいっときのケアレスミスなのだ。駆け抜けた「俺たち」の姿を捉えているカメラは、少し後ろから追うように写しているような描き方をしている。大人になった自分が、過去の「俺たち」を少し冷ややかに眺めているのだろうか。

作者は映画監督・脚本家としても活躍し、映画コンテストで入選したりもしている。そのせいだろうか、カメラアイを意識したような映像的な視点の歌が目立つ。世界観や言葉選びも実にスタイリッシュだ。

掲出歌の7ページ後にはこんな歌が入っている。〈犯人がインタビュアーに応えてた後ろで珊瑚樹の実が熟れて〉。思い込みだけの自分とは違い、本当の社会で本物の逸脱をかましてしまった「犯人」の後ろに熟れる真っ赤な実。この「犯人」の罪状はわからない。しかし、自分ではとても叶わない凄みのようなものが、鮮やかすぎる色彩のイメージとともに強烈に伝わってくる。象徴的なモチーフの切り取り方も、実に映像的である。

2017年8月18日 新聞掲載(第3203号)
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