宮本隆司×巽孝之 対談載録 今、甦る魔窟 九龍城砦 宮本隆司写真集『九龍城砦』(彩流社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年8月24日

宮本隆司×巽孝之 対談載録
今、甦る魔窟 九龍城砦
宮本隆司写真集『九龍城砦』(彩流社)刊行を機に

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九龍城砦(宮本 隆司)彩流社
九龍城砦
宮本 隆司
彩流社
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香港の中国返還から20年目の今年、写真家・宮本隆司氏の手によって撮影され、平凡社から刊行された写真集『九龍城砦』が20年ぶりにデジタル・リマスター版として彩流社から刊行。7月17日にはジュンク堂書店池袋本店で宮本氏と慶應義塾大学教授の巽孝之氏による刊行記念トークイベントが行われた。

魔窟の異名を持つスラム建築としての価値を宮本氏が、SF作品のモチーフとしても用いられることの多い、想像物としての魅力を巽氏が、といった具合にお互いの立場から消滅してもなお人びとを魅了し続ける九龍城砦について語ったトークの模様を載録させていただいた。(編集部)

写真・宮本隆司

人類が建ちあげた前代未聞の 巨大スラム建築を撮影する

宮本
 私が撮影した九龍城砦の写真集は今作で3冊目になります。最初は1988年にペヨトル工房から刊行しました。2冊目は97年刊行の平凡社版です。2冊ともすでに絶版ですね。今回、デジタルリマスター版と銘打ち刊行に至ったのは、昨年5月に品川のキヤノンギャラリーSで『九龍城砦』の展覧会を開催し、会期中に今作の編集を務めてくれた彩流社の高梨治さんに出会ったことに端を発しています。私としても写真集が絶版になっているということで多くの方の目に触れる機会の損失になり、心残りでしたのでもう1度復活させたかった。奇遇ですが香港の中国返還20周年の今年、出版することが出来ました。
 早速私も今作を拝見しました。写真の解像度が飛躍的に向上しているので旧版では見えなかった細部までしっかり写っているのが印象的でした。
宮本
 今作はキヤノンギャラリーで展示した、デジタルスキャンによる最新技術を駆使したプリントアウト写真と同様のものです。ネガフィルムからスキャンし直し、データをきっちり取り出力するという方法で、細部まで鮮明に表現することが可能になりました。

もともと九龍城砦の写真は建築写真撮影用のアオリが効く大型のビューカメラで撮影したんです。三脚を据えて1つ1つの構図や風景、場面をきちんとフィルムに収める。写真はディテールにこだわりたかったので長時間露光も用いました。たまたまレンズに入り込んだ人物なんかはブレて写っていますね。それ程力を注いで撮った写真だったのですが、以前の写真集では今ひとつ上手く表現しきれませんでした。それが今回の版で、写真が本来持っていた力を引き出すことが出来たのかなと思っています。
 もう一点、旧版との違いを述べると写真の断ち切りという英断です。これにも驚かされました。縁を取り払ったことにより迫力が増しましたよね。このように比較すると旧版がイラストレーションのようにすら見えてきます。全く目の覚める思いでした。

それにしても、どうしてここまで手の込んだ写真を撮ろうとお考えになったのですか?
宮本
 当時、私は東京大学生産技術研究所の村松研究室に在籍する若手の研究者たちによる中国各地や東南アジアにある植民地建築の調査に同行して、各地の植民地建築を撮影していました。旅路の過程で香港に九龍城砦という奇妙な建築があることを知り、また87年1月に取り壊し決定の報道が流れたので、撤去される前に一度見ておこう、という話になりました。

実際に目の当たりにした九龍城砦は全くの謎だらけで、まさに建築の概念を超えた建造物だと感じましたね。私がこれまで見てきたアジア各都市の様々なスラムの中でも九龍城砦はとりわけスケールが大きく、その上、人のエネルギーがむんむんと溢れている。コンクリートスラムだけれども高層集合住宅としても桁外れに巨大で面白い。この人類が建ちあげた前代未聞の建築物をしっかり記録しておきたいと思い撮影したのです。
 撮影もさることながら、よくあの場所から無事に帰って来られましたね。
宮本
 魔窟で、かつ迷宮のような場所だと事前に聞いていたので、最初は1人では入れませんでしたよ。撮影初日はいきなり中に入ることをせず、周囲の観察に徹しましたから。そもそも正面玄関なんてものが存在しないので、外観だけではどこが出入り口なのかわからないのです。びっちりくっついた建物の間にところどころ割れ目があって、住人たちはその隙間から出入りしている。そんな彼らの後をついていくようにして私もようやく内部に潜入することが出来たのです。
 城砦内の様子はいかがでしたか。
宮本
 中は暗いし、道はとにかく入り組んでいました。それにこの一帯が傾斜地に建っているので縦横だけではなく上下にも道がつながっているんですよ。案内図なんて親切なものはないので、入ったはいいけれど、今度は逆に出てこられないのではないかという不安も生じました。通路の上から汚水が落ちてくるので路面はあちこちがびちょびちょしていて、香港の亜熱帯気候も加わるから非常に蒸し暑い。当然臭いも酷いし地面にはネズミが走っている、というほどの不潔極まりない所でした。だから内部で撮影をする時は必ず帽子を被り、汚れてもいい服装で行いました。
 今おっしゃられた点が九龍城砦を東洋のカスバと呼ばれる所以の1つですね。言葉の由来の「アルジェのカスバ」はジャン・ギャバン主演の『望郷』(1937年)で広く知られますが、重なり合った建物の間を縫うようにして高低差を含めた複雑極まりない道が走っていて、一度入ったら抜け出せないといわれる場所ですから。
現代社会に取り残された中世都市

写真・宮本隆司
宮本
 九龍城砦には賭博場や売春宿、さらには阿片窟などが点在したり、犯罪者も逃げ込んで潜伏していたそうです。そして、当時香港を統治していたイギリス政府も、九龍城砦一帯の領有権を主張した中国政府もこの場所に蔓延する悪事を法で取り締まることができなかった。これらを生業とする連中が集まるから悪の巣窟や魔窟だと言われるようになったわけです。

ただ、九龍城砦は要塞を基盤にしたウォールド・シティとして成立した一帯ですので、他国の中世城砦都市と同様そういった設備を有する素地がもともとあって、だからこそ自然に不逞の輩が集まってきたんでしょう。九龍城砦には大寺院のような施設はありませんけれども、一般の生活者と無法者たちが綯い交ぜになって暮らしていた。この区画だけが現代社会に取り残された中世都市だった、とも言えます。

とはいえ城壁が取り払われて砦としての機能は消滅し、徐々にスラム化していく過程で、要塞機能を活かして、武器の製造や貯蔵をしたり、武装化して政府に抵抗することはありませんでした。テロリストたちが篭るアジトのような存在になっていたら、もっと早い段階で取り壊されていたかもしれません。そうではなく法の外の住人らが勝手に集まって無政府コミュニティを築き上げていった、そういう場所なんです。
 誰からの支配も認めない、真の意味での治外法権地帯。だからこそ逆説的にさまざまな自由を謳歌するユートピアが出来上がったわけですね。
宮本
 そういう意味でも九龍城砦というスラムは真の解放区と呼べるでしょう。そして、ここの住人たちはコンクリートを使った住居を次々と建て増していき、啓徳空港の目と鼻の先にある異様な高層建築が形づくられたわけです。一般的なスラム建築はたいてい都市の隙間や土手といった人目につきにくい場所に密かに木材やゴミを使って作られるものですが、コンクリート仕立ての高層アパートスラムなんて九龍城砦をおいて他にはありませんよ。

よくコンクリート建築の高層アパートという点で九龍城砦は日本の軍艦島と比較されることがあります。確かに見かけ上、軍艦島もスラムのように見えるかもしれませんね。しかし、長崎沖に浮かぶ端島に建てられた集合住宅は海底炭鉱で、石炭を採掘する労働者が暮らすための明治時代に出来上がった日本初の鉄筋コンクリートアパートです。石炭採掘は当時の国家事業でしたので、建物自体は三菱財閥系の企業が非常に合理的に作った、資本主義社会における当時の最先端技術が詰まった建築物なのです。一方の九龍城砦は国家や企業の手は介在しておらず、流入してきた人びとが自力で居住スペースを作り、徐々に増殖していく。まさにスラム的な建築物だと言えるのです。だから見かけは似ていても建築思想は全然違うのです。

そんな世界に類を見ない高層スラム建築も97年7月1日に決定していた香港の中国返還に向けて撤去されてしまいました。
 九龍城砦解体は報道が出てから着工に至るまでに数年要しましたよね。
宮本
 解体に着手したのが93年ですから最初の報道から6年かかったことになります。なぜそこまで時間がかかったかというと、住民たちの移転にあたって必要な保証や保証金を巡る問題がありました。そもそも住民の基礎データがありませんから、保証金目当てで住民を名乗った外部の人も出現するほどでした。なおかつ内部の実態も全くつかめていなかったので、調査は混乱を極め、余計に長引いたのでしょうね。近隣の公園には移転反対運動のために作られた小屋に住んでいる人なども大勢いましたよ。いざ解体が始まって全て撤去されるまでにさらに1年以上かかったんじゃないかな。解体風景の様子も撮影しましたので、今回の写真集に載せています。

20世紀全体を包括するための「エクストラテリトリアル」な存在

写真・宮本隆司

 私の中にある九龍城砦像はもともとSF作家ウィリアム・ギブスンが90年代に描いた廃墟的な世界観と密接に重なり合っていました。しかし、私が責任編集を務めた2000年6月刊行の『週刊朝日百科 世界の文学 第48号』においてSFやサイバーパンクをも含む現代文学の新潮流を総括した際に、根幹をなすビジョンとして浮かび上がってきたのが宮本さんの撮影した九龍城砦の写真だった。そしてこの編纂作業を通じてギブスン的な九龍城砦像から離れた、新しいイメージを構築するに至りました。

そのイメージとは九龍城砦を語る上で欠かせないフレーズであり、宮本さんのご発言にも関連する「エクストラテリトリアル」つまり先ほどもふれた「治外法権」です。この言葉は亡命批評家のジョージ・スタイナーが用い、また邦訳を担当した英文学者の由良君美先生は「脱領域」と訳されておられる。

エクストラテリトリアルは、例えばナチス・ドイツのアウシュビッツにおける法の及ばない冷酷な犯罪行為にも適用されますから、ある種20世紀の悲劇を象徴する場合もある。しかし宮本さんのお話にもあったとおり九龍城砦も国家や法の領域から外れた存在です。イギリス統治下の香港において中国が権利を所有している極めて特殊な一帯であり、時間の経過に伴い両国の手に負えない存在となり、政治的に放置され、文字通りどこにも帰属しない場所として特殊な自由を謳歌するようになる。まさに治外法権であり脱領域の最たる例でしょう。
宮本
 九龍城砦は治外法権だからこそ、人間のあらゆる欲望が全て解き放たれてしまったところである、と私の目には見えました。それでいて全てが無秩序ではない、そこにもまた面白さがありました。無法な彼らを規制するもの、それは腕力と経済力、地球の引力です。前の2つは言わずもがな、引力という自然の力に逆らうと周囲を含めて倒壊してしまうので、ここは最低限守らなければならないわけです。なのでここはバベルの塔と言えるかもしれませんね。

この閉鎖空間だけに通用する独自のルールに則りながら、人類が物を作るにあたってのあらゆる欲望が曝け出されたのです。
 宮本さんのお話も含めて、そのようなエクストラテリトリアルな存在だからこそ、私にとっても20世紀全体を包括的にみるための格好のイメージになったわけです。建物なき今も、後世にわたって20世紀精神を代表する建築物の1つとして君臨し続ける、そんな存在感を放ち続けています。
ウィリアム・ギブスンの究極の廃墟像

宮本隆司氏
 脱領域という点で言えば、ウィリアム・ギブスンもベトナム戦争の徴兵忌避によって祖国を離れざるをえなくなった脱領域的人物であり、こういった事実も九龍城砦に思いを寄せるきっかけになったのかもしれません。そんなギブスンと九龍城砦を結びつけたのは1988年に初来日した際、映画監督の石井聰互(現・石井岳龍)さんが宮本さんの撮影した九龍城砦の写真を題材に映画の共作を持ちかけた、その時でしょう。その場に私も同席していて、そこで初めて宮本さんのお名前を耳にしました。
結局2人の共作は実現しませんでしたが、ギブスンは九龍城砦のイメージを膨らまし続け、90年代の〈橋〉3部作『ヴァーチャル・ライト』(1993年)『あいどる』(96年)『フューチャーマチック』(99年)の作品世界で反映させました。この初来日が契機になって彼の90年代の作品世界を構築したわけです。

ちなみに、ギブスンの代表作『ニューロマンサー』が刊行された1984年時点で、作中に日本をモチーフにしたブラックマーケットひしめく悪徳都市を描いています。ということはギブスンはもともとアジア的な廃墟イメージを宮本さんの写真を見る以前から求めていたのではないか。だから九龍城砦の写真を見て以降、一気にその独自の廃墟像を具現化させた。

ギブスンは90年に『スキナーの部屋』という短編を発表しています。大地震で倒壊し廃墟となったサンフランシスコ・ベイブリッジをホームレスが占拠してしまう設定で『ヴァーチャル・ライト』の先駆作品という側面もありますね。作中ベイブリッジ上部にコンテナを吊るして住居にする描写が非常に九龍城砦的です。一言も九龍城砦のことに触れていませんが、ギブスンの脳内にサンフランシスコ・ベイブリッジ上に九龍城砦のイメージを被せていることが見受けられる場面です。このイメージは彼の原作をもとにした1995年に公開の映画『JM』にも応用されます。げんに「ローテク」と呼ばれるアウトローテクノロジストの一団が占拠した橋のアジト「ヘブン」は、まさに九龍城砦と瓜二つでした。

続く『あいどる』でギブスンは電脳空間内に存在する「黒暗(ハク・ナーム)」と呼ばれる無法都市を描くことにより詳細に九龍城砦を再現します。「大井街(タイ・チン・ストリート)」や「老人後巷(ロー・ヤン・バックストリート)」といった実際の通りの名称も用い、作中でもこのサイバースペースは九龍城砦をモチーフに作られたと述べている。そしてエンディングではナノテクノロジーによって電脳空間上の「黒暗」つまり九龍城砦を東京湾岸に復元する、というすさまじい作品です。巻末でギブスンは宮本さんと石井さんへ謝辞を寄せていて、ここでようやく88年初来日時における九龍城砦との出会いが結実するわけです。

ギブスンの作品世界において廃墟像は不可欠であり、彼の場合そのイメージの究極が九龍城砦でした。『ヴァーチャル・ライト』が刊行された時点で九龍城砦は取り壊されていましたので、ギブスンはすでに存在しない廃墟を再現することにより読者を彼の世界観に引き込むわけです。実は同じように廃墟を物語中に再現し、読者の想像力を喚起した作品があります。それはギブスンがデビュー当時からライバル視しているマジック・リアリズム作家スティーヴ・エリクソンが今年1月に刊行したばかりの最新作『Shadowbahn』(日本語未訳)で、物語は9・11同時多発テロから20年後、サウスダコタ州バッドランズ国立公園内の荒野に突如として崩壊する以前の世界貿易センタービル、通称ツインタワービルが現れるところから始まる。ツインタワー内ではエルヴィス・プレスリーやビートルズが存在せず、ケネディも大統領になっていないもうひとつの60年代以降のアメリカ史が紡がれている歴史改変小説です。エリクソンはツインタワービルを廃墟に見立て、ギブスンが九龍城砦を使って表現したのに優るとも劣らない物語を紡ぎ出してみせました。

ギブスンにとっての20世紀精神の象徴が〈橋〉3部作の世界でフル活用した九龍城砦という廃墟であったいっぽう、エリクソンにとって60年代以降21世紀現在にまで引き続くアメリカ精神の象徴が世界貿易センタービルのツインタワーだった。ライバル関係にある2人の作家が廃墟像の候補として今はなき九龍城砦とツインタワービルをそれぞれのやり方で復活してみせたという、この事実は大変興味深いですね。
建物なき今も脈々と伝播するイメージ

写真・宮本隆司
 九龍城砦という存在、あるいは宮本さんが撮影した写真から浮かび上がるイマジネーションを享受したアーティストたちが作品を創造し、その作品すらも九龍城砦を語るモチーフとなって次の世代が新しい想像力を駆使して作品が創造される。九龍城砦という廃墟風景そのものが連綿と受け継がれ膨張して行くのが面白い。

日本でも赤瀬川原平さんを中心とした路上観察学会が提唱する「超芸術トマソン」においても九龍城砦のイメージが散見されますね。超芸術トマソンは街で見かけるよくわからないものに面白さを見出すアートのことで、会に所属する著述家・イラストレーターでマンホールの蓋観察家としても活躍される林丈二さんが撮影した『ニワトリの九龍城』という写真が代表的です。先程の宮本さんのお話に出てきた東大生産技術研究所の村松研究室にいらっしゃった藤森照信さんも路上観察学会メンバーですので、彼らの頭の中には九龍城砦的イメージがある程度所与のものとしてあったと言えますし、宮本さんの写真からも多いに啓発されたでしょう。

このトマソン的なイメージはギブスンも使っていて、『ヴァーチャル・ライト』では地震で倒壊してしまったサンフランシスコ・ベイブリッジそのものを無数のホームレスが新たな住居空間に仕立てあげていったあげくの光景が、かの超芸術にたとえられている。受け手が次々と九龍城砦に触発されていき、建物なき今も脈々とイメージが伝播していくところがこの建築の最大の魅力なのではないでしょうか。

そういえば、東京の国立科学博物館付属自然教育園そばにある白金トンネル脇には、かつて映画『エイリアン』のデザイナーH・R・ギーガーの世界観をコンセプトにした「ギーガー バー」という風変わりなお店が存在しました。88年オープンでバブル時代の産物としても面白い、それ自体が異星の廃墟めいた空間でしたが、すでに建物自体が取り壊されてしまいました。このバーもちょうど写真集『九龍城砦』が出版された時期に隆盛を極め、九龍城砦同様に頽廃的な雰囲気が同時代の作家やクリエイターたちにイマジネーションを与え、取り壊されてからもイメージを提供し続ける場所になったのです。
テレビゲーム『クーロンズ・ゲート』における圧倒的な再現性の高さ

写真・宮本隆司

巽孝之氏
 これまで紹介してきたように文学や映像、芸術作品など様々なものに影響を与えてきた九龍城砦ですが、再現度という点で言えばテレビゲーム『クーロンズ・ゲート』(ソニー・ミュージックエンタテインメント/1997年発売)が筆頭に上がるかもしれません。このゲームもまた、異界から突如九龍城砦が姿を現すという設定です。ゲーム制作に当って宮本さんの写真が大いに参考にされていますよね。
宮本
 『クーロンズ・ゲート』というゲームをご存知ない方は、映像の一部がYouTubeに公開されているので興味のある方は是非ご覧ください。

このゲームは九龍城砦をダンジョンに見立てて探索しながら、ところどころでミニゲームをこなして行き、内部を少しずつ進みながら、九龍城砦内の迷宮を彷徨い楽しむゲームです。
 このゲームはギブスンが『あいどる』を執筆している頃に制作されているので、同時期に違う形で廃墟と化した九龍城砦を再現した面白さもあります。宮本さんがこのゲームをご覧になった際の印象はいかがですか?
宮本
 よく出来ていますよ。画質の面で言えば最新のゲームと比べるとかなり粗っぽくて雑な作りにみえますが、実際の九龍城砦内は汚れが酷く埃だらけの場所なので、不思議と画質の悪さは気にならないな。
 一昔前の粗いグラフィックが逆にリアルに映るんですね(笑)。
宮本
 そしてこのゲームは登場するキャラクターたちが実に魅力的です。ゲーム監督を務めた木村央志さんの手によるものですが、よくこんな奇妙奇天烈なキャラクターを考えついたなと思います。
 ストーリーは陰界の九龍城砦が陽界に出現し超級風水師が世界の均衡の乱れを解決するという設定で、出てくるキャラクターも怪しげなデザインのものばかりです。そもそも風水を用いた点がいかにも九龍城砦らしいですよね。
宮本
 現実の九龍城砦も扉を開いた先に何があるのか、どういった人が住んでいるのか誰もわからないから、こういった奇っ怪なイメージで構成されても全く不思議じゃないんですよ。悪漢なのか善人なのかよくわからない人物たちが次々と目の前に現れます。現実の九龍城砦にだったら居てもおかしくないと思えるキャラクターたちです。
 魅力的なキャラクターもさることながら、このゲームは細部の作り込みにものすごいこだわりを感じます。例えば普通のゲームだったらあまり登場しないであろう歯科医院が背景を彩る。実際、九龍城砦内にも歯科医院は多かったんですよね。
宮本
 各所で営業していましたよ。本来、香港内で開業するにはイギリス政府の正式なライセンスが必須でしたが、ここはそれこそ治外法権なのでライセンスはいりません。ですから難民の腕のいい歯医者が集まってきます。無許可だから税金もかからず安い。その上親切で広東語でのコミュニケーションが取れるのでどこも繁盛していました。他にも漢方医が多く集まっていましたね。

それから食品の製造工場もたくさんありましたよ。一時、香港のレストランやホテルで提供される飲茶の大半が九龍城砦で作られていたそうです。ただ城砦内はとんでもなく不潔なところです。
『クーロンズ・ゲート』の画質は悪いがディテールへのこだわりが存分に詰まっているので、プレイヤーは仮想の九龍城砦を十分楽しめる。このゲームは名作だと思います。
 そういった治外法権ならではの「小さな自由」がゲーム中でも随所に散らばっています。クリエイターたちの感性が触発される媒介が城砦内に無数に点在していたということがこのゲームからもよく見えてきますよ。
宮本
 九龍城砦エリアというのは外観だけだと正直香港の景観に紛れ込んでいて、それこそ見た目だけで言えば重慶大厦(チョンキンマンション)とあまり変わらないんじゃないかな。でもよく目を凝らして、そして中に入ってみると見えてくる決定的な違いが治外法権なんです。それこそ内部では児童労働を平気で行っていたし、工場なんかは24時間営業。不衛生であっても保健所の査察は入らないからやりたい放題、まさに欲望の坩堝だった、ということです。

九龍城砦は、人間の善悪を超越した存在だったのではないかと思います。そういうところでごく普通の人々が暮らしているのが剥き出しのままハッキリ見える。写真を通してそれを感じ取った多くのジャンルの表現者たちが面白がり、いまだに九龍城砦をベースにした作品を創り続けている。それだけ九龍城砦という存在には人間を惹きつける根源的で圧倒的な力があった、ということだと思います。 (おわり)
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月18日 新聞掲載(第3203号)
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この記事の中でご紹介した本
九龍城砦/彩流社
九龍城砦
著 者:宮本 隆司
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
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