飯場へ ―― 暮らしと仕事を記録する / 渡辺 拓也(洛北出版)豊かな体験と精緻な観察  あたたかい感性に満ちたモノグラフ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月21日

豊かな体験と精緻な観察 
あたたかい感性に満ちたモノグラフ

飯場へ ―― 暮らしと仕事を記録する
著 者:渡辺 拓也
出版社:洛北出版
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五〇六頁という分厚さ。一人の労働者として飯場に入る著者の豊かな体験と精緻な観察、現場のリアルから常に立ち上がり、そこから遊離することなく現実を分析しようとする怜悧な分析的理性や柔軟であたたかい感性に満ちたモノグラフだ。「自由とは何かを考えるなら、自分が不自由だと感じるところへ行ってみてはどうか」という助言を指針としてフィールド探しにでかけた著者。大阪に来て「当たり前のように存在する野宿者のテント小屋」に衝撃を受ける。そこから寄せ場やホームレスの問題へ誘われ、ある人から「飯場に入ってみないと、わしらがホームレスをしている理由はわからん」と言われ、飯場研究することを勧められる。冒頭に置かれた人夫出し飯場のエスノグラフィーである「飯場日記」は、研究者自身がある世界に入り込みそこのメンバーに「なろうとする」質的研究の傑作である鵜飼正樹『大衆演劇への旅』(未來社)を彷彿させる。初めて建設をめぐる下層労働に携わり戸惑い驚きながらも、他の先輩労働者たちと繋がりを作り、飯場のリアルと丁寧に向き合う著者が語る「私エスノグラフィー」の面白さに私たちは魅了されるだろう。

ただ本書は飯場体験をめぐる私語りでは終わらない。従来の野宿者研究、寄せ場研究では、底辺労働者、下層労働者への差別排除という視角から、当事者の現実を批判的に分析し、そこから支配的社会や文化への対抗や解放の契機を取り出し、その意義を論じてきた。こうした研究の意義を認めたうえで著者は差別や排除という視角を継承しつつ、自らの研究の独自性を主張する。「飯場の労働文化が需給間のせめぎあいを生み出しているからといって、そこに対抗文化を見出せるほど、ことは単純ではない。集団の文化を扱う上で重要なのは、対抗文化を見出すことではなく、人間の主体的行為が集団の中では良くも悪くも自分たち自身を縛るように作用するものであることを認識し、そのメカニズムを明らかにしていくことではないだろうか」。たとえば著者はこう述べ、現場のリアルを見つめ、そこで生きられている日常的実践や具体的な処方知を冷静に読み取る作業に専念する。飯場に入るにはどうするのか。飯場の労働条件や生活環境、飯場の経営者や従業員の姿、飯場での暮しぶりや飯場労働者の人間関係など飯場の毎日を描き出す。寄せ場から飯場へ、求人広告から飯場へと二通りの労働へ至る道があるが、それぞれがどのように異なっているのか。飯場労働者はどのように自らを分類し、序列づけ、関係をつくっており、それが彼らの行動様式や労働文化とどう関連しているのか、等々。著者自身の体験をもとにして、飯場の「日常」、飯場労働者の「生活世界」が丁寧に描き出されていく。飯場労働の中で常に語られる「勤勉」と「怠け」という問題。それは飯場労働をこなしていくうえで、当事者にとって重要なものだ。しかし「勤勉」も「怠け」も下層労働という世界を支障なく動かしていく「つくられた問題」であり、それは当事者たちをこの世界へと「排除」する「檻」として確実に機能しているのだ。著者は、後半この問題を論じ、飯場労働の世界に息づいている「排除の構造」「不可視の暴力」のありようを明快にしていくのだ。

本書は何か特別な思想や理念を前提として、いわば「上から」飯場労働者の世界を分析し批判するのではない。そうではなく研究者自らが探求したいと考える世界に入り込み、自らの理性や感性、想像力や情緒をフルに駆動し「暮らしと仕事を記録する」丁寧な作業を通して、「現場から」分析を立ち上げていく、若いエネルギーが充満し溢れだす優れた成果だ。現場の「今、ここ」だけでなく、労働者の人間関係、彼らが生きてきた歴史、飯場世界を取り巻くより大きな構造との関連を深く読み解く、さらなる研究成果を期待したい。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月18日 新聞掲載(第3203号)
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飯場へ ―― 暮らしと仕事を記録する /洛北出版
飯場へ ―― 暮らしと仕事を記録する
著 者:渡辺 拓也
出版社:洛北出版
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