ハイデガー『存在と時間』を読む / サイモン・クリッチリー(法政大学出版局)哲学者と共に思索し対話する試み  未完の大著に挑むための真摯な姿勢を提示する|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

哲学者と共に思索し対話する試み 
未完の大著に挑むための真摯な姿勢を提示する

ハイデガー『存在と時間』を読む
著 者:サイモン・クリッチリー、ライナー・シュールマン
出版社:法政大学出版局
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哲学書を「読む」とはどういうことか。多かれ少なかれ困難な営みのように思われる。自らも問題意識を持ち、著者と共に思索しなければ内容に肉迫することはできないし、たいていの場合著者は故人であるため、解釈を提示したところでそれに応答してくれるわけではない。それでも不思議なことにテキストを読みながらそれと格闘していると、その本質的なものを他でもない自分こそが掴んだと思えるときが確実にある。そのときは哲学者と真の対話ができているような気分になるのであり、だからこそこの「読む」という営みはやみつきになる。

『ハイデガー『存在と時間』を読む』は、こうした哲学者と共に思索し対話する試みの実況中継であるといってよい。原典はサイモン・クリッチリーと故ライナー・シュールマンがニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチにて行なった講義録を基に編纂され、二〇〇八年に英語で刊行されたものである。三部構成で、第一部はクリッチリーの「初心者のためのハイデガー」、第二部はシュールマンの「ハイデガーの『存在と時間』」、第三部は再びクリッチリーの論稿「根源的な非本来性―ハイデガーの『存在と時間』について」である。こうしたシンプルなタイトルから、平易な入門書を想像してしまいがちであるが、その手の類のものではない。この本はむしろ先述のような「読む」ことの困難さとそれに対応する真摯な姿勢を我々につきつける。

クリッチリーの第一部の論稿においては『存在と時間』に先立つハイデガーの講義『時間概念の歴史への序説』の第五節から第七節の読解が展開されている。フッサール現象学における「志向性」、「カテゴリー的直観」、「現象学的アプリオリ」についての考え方を受容しつつもそれと対決することにより『存在と時間』における存在の問い、また基礎存在論としての現存在分析論がいわば必然的なものとなったということが丹念に示される。また彼は『存在と時間』における現存在の実践的な日常的なあり方についての考察を高く評価しており、それを科学主義ならびに蒙昧主義に対抗しうるもの、さらには前者のリスクをはらむ分析哲学と後者に行き着く可能性のある大陸哲学(これにはハイデガーの後期思想も含まれている)の考え方にも警鐘を鳴らす可能性をもつものとして位置づけている。日常的現存在の考察に関するこうした評価は、『存在と時間』を主題的に扱う第三部の彼の論稿にも色濃く反映されている。そこでは日常性を断ち切る仕方で己の死という可能性へと企投的に先駆するというあり方を現存在の本来性とみなすハイデガーの考え方が批判され、むしろ人間の実存は、企投によって統べることができないような事実性、被投性のうちで形成されるとされる。またこうした解釈のもと、日常的公共性、複数性といったハイデガーによっては十分に論じられていない事象をあらたな角度から思索する可能性が提示される。

他方、シュールマンの第二部における論稿は、『存在と時間』を冒頭からその要点を追っていくというスタイルをとる。この本につきまとう様々な誤読(実存主義的、人間学的etc.)を批判し、存在の問いこそが主題であるということを確認するために、とくに序論に関しては入念な検討がなされている。

解釈に関しては疑問を抱かされる箇所もある(クリッチリーによる本来性の解釈、シュールマンによる気遣いの解釈など)。とはいえそれは串田氏が「訳者あとがき」で書いているように、興味深い論点を見出すきっかけにもなるのかもしれない。氏いわく本書の刊行は図らずも『存在と時間』出版九十周年に重なったとのことであるが、本書はこの長きにわたって人々をやみつきにさせてきた未完の大著に挑むための真摯な姿勢を提示し、格闘の末にこそ何らかの対話に到ることができるという密かな喜びの可能性を暗示するものである。訳者の労に敬意を表したい。(串田純一訳)

この記事の中でご紹介した本
ハイデガー『存在と時間』を読む/法政大学出版局
ハイデガー『存在と時間』を読む
著 者:サイモン・クリッチリー、ライナー・シュールマン
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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