教養の揺らぎとフランス近代 知の教育をめぐる思想 / 綾井 桜子(勁草書房)「教養が失墜した時代」に「教養」を問う  その思想と実践を深めるために|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

「教養が失墜した時代」に「教養」を問う 
その思想と実践を深めるために

教養の揺らぎとフランス近代 知の教育をめぐる思想
著 者:綾井 桜子
出版社:勁草書房
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「無教養な俗物」は瞬時に見分けられるとしても、「では教養ある人物とはどのような人物か」「そもそも教養とは具体的にいかなるものか」と問われると、頭の中に浮かび上がってくるその答えらしきものはいつもはなはだ曖昧だ。

本書は、我々の生きる近現代を「教養が揺らいでいる時代」と、あるいはさらに「教養が失墜した時代」と捉え、この「教養」を問うた著作である。

とはいえ本書は、「教養とは何か」と大上段に振りかぶりこれを観念的に論ずるものではない。むしろ、「教養とは事実何であったか・何だと捉えられてきたか」を、歴史の中に追い、これを細部まで丁寧に描き出す。

フランスを対象に、古典古代以来の知のあり方としての「教養」なるものが、中世やルネサンス期に遡る歴史的な揺らぎの中で、近代における自由学芸(リベラル・アーツ)の(再)発見とともに学校教育(中等教育)を通じて国民国家の形成に作用した実情が描かれる。その際には、フマニタス概念や古典語の位置付け、弁証術(ディアレクティケー)の重要度や科学の教養化、さらに今日のバカロレアの出題様式、といった多様な観点から諸々の事実とその連関が掘り起こされる。

本書の特色の一つは、フランス社会学の創始者として広く知られるデュルケームを、「〈教養の揺らぎ〉を直視した近代人」(V頁)として捉え直した点にある。そしてその際、デュルケーム社会学研究の中では主要著作とはみなされてこなかった、したがって『社会分業論』『自殺論』といった著作に比べればそれとして顧みられることの圧倒的に少なかった『フランス教育思想史』を主たる検討対象としている点、しかもこれを(従来の教育学におけるごとく)基礎資料として扱うのではなく、そこで展開されているデュルケームの議論の内実を、教養の歴史の一つの大きな流れの中に置き直して探っている点は、そのような研究が少ないだけに特筆すべきであろう。

ただ本書は、あとがきに明示されているとおり、比較的多くの異なる媒体に発表された論考群を元に構成された著作である(書き下ろしの章もある)。そのためか、一冊の書物としての叙述の流れや主張のまとまりがやや不明瞭であり、「一つの明確な問いに導かれ一貫した論を展開した書物」であるよりもずっと、「教養なるものの具体的な姿とその変遷を、いくつかの時代と場所に即して描き出し、いくつかの可能な解釈を提起した書物」、要するに論文集に近いものであることも指摘しておくべきであろう。

例えば、最終章たる第五章は、それ以前の各章において多様な対象と多様な観点をもって描かれた諸論がまとめられ一つの結論に導かれるかと思いきや、リセの一科目としての哲学が新たな主対象として取り上げられ――この「哲学」科目に〈教養の揺らぎ〉の一つの歴史的な到達点を著者は見ようとするのではあるがしかし――著者が本書の全体を通じて何を明らかにしたかったのかは明確に展開・主張されることのないまま閉じられている。この点、やや肩すかしの感は否めまい。

だが、そのぶん諸事実の提示にはよく目が配られている。各章末尾に付された文献表と注は、多くの二次文献と補足説明を含む充実したものであり、著者に続く研究者・院生にとって大きな助けとなろう。また、本文中で引用されている一次文献や提示されている諸論点は一層深く検討・追究されうるものばかりだ。それらは、今後研究者あるいは教育者によって、さらには広く現代においてなお教養人たろうと志す者によって、教養の思想と実践が深められるための貴重な素材となるだろう。

以上の意味において本書は、著者が願うとおり、「知と教育をめぐる、私たちの眼差しを見つめ直すための一つのきっかけ」(はしがき)の役を十分に果たしてくれる書物である。

この記事の中でご紹介した本
教養の揺らぎとフランス近代  知の教育をめぐる思想/勁草書房
教養の揺らぎとフランス近代 知の教育をめぐる思想
著 者:綾井 桜子
出版社:勁草書房
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2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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