ウラルの核惨事  ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集 第2巻 / ジョレス・メドヴェージェフ(現代思潮新社)「レベル七」の国で  なぜ人々はチェルノブイリの惨事に関心がないのか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

「レベル七」の国で 
なぜ人々はチェルノブイリの惨事に関心がないのか

ウラルの核惨事  ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集 第2巻
著 者:ジョレス・メドヴェージェフ
出版社:現代思潮新社
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ジョレス・メドヴェージェフは、ソ連の「異論派」歴史家の弟ロイとの数々の共著でも知られている。元々生物学をおさめ、スターリン体制と自然科学との結びつきを論じた『ルイセンコ学説の興亡』を一九六九年にソ連国外で出版し、後に英国滞在中にソ連国籍を剥奪されてしまった(その点ではソ連国内にとどまって国家保安委員会の監視下で活動をつづけたロイとは異なっている)。こうした経歴ゆえ、ジョレスは狭義の自然科学者と違って、常に政治と科学との関係を一貫して問い続けてきた「知識人」でもある。本書は、ジョレスの著書のうち一九七九年にニューヨークで初出版された『ウラルの核惨事』と関連する後の論考を収めたものである。なお『ウラルの核惨事』の英語版からの邦訳はすでにあるが、本書はロシア語版を底本としている。

福島原発事故に直面した日本の読者は、改めて本書を読んで慄然とせざるを得ないだろう。『ウラルの核惨事』は、一九五七年九月にチェリャビンスク州のクイシュトゥイム近くの秘密閉鎖都市(地図上に載っていない)で起きたプルトニウム製造後の液体放射性廃棄物の地下貯蔵庫の爆発事故を扱ったもので、その甚大な被害や環境汚染からして「地球上で最大の深刻な核惨事」だった(約二千万キュリーが周囲の環境に放出され、最も汚染の激しい約千平方キロメートルからは一万一千人の全住民が避難させられた)。ただしチェルノブイリの事故が起こる前までは、である。ソ連当局がクイシュトゥイム事故を公式的に認めたのは、チェルノブイリ事故の数年後の一九九〇年になってからである。それまで、この「ウラルの核惨事」は、情報源が限られていたため国際原子力機関の公式リストに登録されず、登録されてからは、チェルノブイリと福島がレベル七、クイシュトィムがレベル六、スリーマイル島がレベル五となった(東海村JCO臨界事故はレベル四)。

このように公式的に認知されるまでの間の限られた有力情報源が、ジョレスの『ウラルの核惨事』だった。しかも同書は、何か秘密情報を入手して書かれたのではなく、すでに公開されていた論文やデータにおける欠落や不自然さを補う形での「科学的推理」にもとづいて書かれた。例えばジョレスによれば、ソ連では動植物の放射線生態学についての多種多様な論文が公表されていたが、その中にはウラルの汚染ゾーンに関するものもある。そうした様々な研究の中で、発表されなかったのは何であったのか、欠落やおかしな点は何かということにも注意する必要があったという。

興味深いのは、ジョレスが一九七六年に初めてイギリスで「ウラルの核惨事」について報告した後、それが英米の原子力専門家によって「科学的ファンタジー」、「作り話」、「意図的なデマ」などとして退けられたことである。東西冷戦下で、ソ連で起きてはならないような事件、事故が起きたということになれば、それは西側による反共宣伝の恰好の材料となったはずである。ところが、こと原子力事故に関しては、そうではなかった。これについては、本書で「解題」を執筆している佐々木洋氏が、ソ連ほか米英(日)の「国際原子力村」という言い方をしているが、当時から「国際原子力村」は、ジョレスの「ウラルの核惨事」の報告を単に根拠薄弱と退けるのみならず、自国の反核運動が広がったり、放射能の影響に対する国民の不安が増大するのを恐れ、真相究明が進んではならないと考える点で利害が一致していたのである。

本書には、一九七〇年代に書かれた『ウラルの核惨事』のほか、一九九〇年代以降に書かれたいくつかの論考も収められており、ゴルバチョフのペレストロイカとグラスノスチがチェルノブイリ事故の直後に出現したことに改めて注意を喚起しており、チェルノブイリがなければ、ウクライナとベラルーシが性急に独立と連邦解体に突き進むことはなかったであろうとまで言っている。原子力事故が二〇世紀最大の国家をもメルトダウンさせた例であるが、このことは福島原発事故を経験した日本にとっても他人事ではない。ジョレスは一九八七年に来日した際、とある原子力関係の重鎮に「日本ではなぜチェルノブイリの惨事に関心がないのか」と質問をぶつけてみたという。返ってきたのは「私たちの国ではそのような事故が起こることはありません」という自信に満ちた答えだったという。しかし、「レベル七」でチェルノブイリと肩を並べるようになった私たちの国で、ソ連で時折発生した「ゾーン」(何か生態学的悲劇によって立ち入り禁止となった区域で、タルコフスキーの名作『ストーカー』を観たことのある人はピンとくるだろう)が生まれたことは、やはり今までのシステムの危機を抱え込んでいることを暗示せざるを得ないだろう。(名越陽子訳)
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2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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ウラルの核惨事  ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集 第2巻/現代思潮新社
ウラルの核惨事  ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集 第2巻
著 者:ジョレス・メドヴェージェフ
出版社:現代思潮新社
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