深読みジェイン・オースティン / 廣野 由美子 (NHK出版)オースティンのヒロインたちに新たな光を当てる好著|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

オースティンのヒロインたちに新たな光を当てる好著

深読みジェイン・オースティン
著 者:廣野 由美子
出版社:NHK出版
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おそらく、ジェイン・オースティンの作品ほど性格批評を誘う小説はないだろう。オースティンの6作品を読んでいると、その登場人物たちについて、まるで自分の友人であるかのようにああだこうだと言いたくなる、という読書経験は誰しも持っているのではないか。それは、作者自らが「2インチの象牙」と表した中に描かれた人間がいかに精緻に活写されているかの証左だろう。本書はその生き生きとしたオースティンのヒロインたちを「深読み」することで、彼女たちに新たな光を当てる好著である。

「深読み」をするにあたって廣野氏は〈スキーマ〉と〈認知の歪み〉という「認知療法」の理論を援用する。個々人が持つ「物事の根本的な捉え方、固定的な考え方の癖」のもととなる「中核的な認知構造」〈スキーマ〉が、ヒロインたちにどのような〈認知の歪み〉を与え、彼女たちの恋愛成就に至るまでの道のりに影響を与えているのかを読み解き、6作品のヒロインたちを〈スキーマ〉に基づいてタイプに分類していく。「平凡な女の冒険――『ノーサンガー・アビー』」、「耐える女の報酬――『分別と多感』」、「賢い女の野望――『高慢と偏見』」、「おとなしい女の正体――『マンスフィールド・パーク』」、「わがままな女の錯誤――『エマ』」、「あきらめられない女の夢想――『説得』」、キャッチ・フレーズ的な各章の表題が好奇心をそそる。

〈スキーマ〉そして〈認知の歪み〉という枠組みは、欠点らしい欠点がない『分別と多感』のエリナや、作者自身をもって「活字として現れた中で最も魅力的な人物」と言わしめた『高慢と偏見』のエリザベスの分析においてとりわけ力を発揮する。本書の認知療法的エリザベス分析は、このヒロインがベッキー・シャープ(W・サッカレー著『虚栄の市』の主人公)ばりの並々ならぬ上昇志向の持ち主であることを露わにする。『高慢と偏見』をエリザベスとダーシーの愛と成長の物語として無批判に享受することに重要な一石を投じている。本書が指摘するようにエリザベスが非常な野心家であるにもかかわらず(そしてそのことがきちんと書きこまれているにもかかわらず)私たちがそれに気づかずに、あるいはそれを無視して『高慢と偏見』を享受しているのだとしたら、私たちはどのようなオースティンの戦略に嵌ってしまっているのだろうか。廣野氏の指摘を出発点に私たち一人一人がさらに考察を深めていくように誘われている。

このようにヒロインたちを「深読み」していくことにはそれなりのリスクもある。本書の試みは、ヒロインたちを一人一人カウンセリング室に呼び入れ、それぞれの人としての偏りを指摘していくことだ、と喩えることもでき、ここに性格批評が持ちうる診断的な視線が浮き彫りにもなるからだ。廣野氏がプロローグで言及する「私たちは、すべての女主人公の中に『自分の一部が宿っている』と感じずにはいられない」という感覚を持ちながら「深読み」していく必要があるということだろう。その意味で、あえて〈スキーマ〉という言葉を使用せずに『説得』のアン・エリオットにとっての時の流れの意味を読み解いた最終章は優しい。オースティン自身の生涯と〈スキーマ〉を考察した第1章から出発する本書は、最終章において、アンだけでなく、読者、そして作者オースティンをも癒してくれているのかもしれない。
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2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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