永田和宏作品集1 / 永田 和宏(青磁社)歌人の域を超えて活動する多力者永田和宏の歌業を味わう一巻|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

歌人の域を超えて活動する多力者永田和宏の歌業を味わう一巻

永田和宏作品集1
著 者:永田 和宏
出版社:青磁社
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永田和宏作品集1 (永田 和宏)青磁社
永田和宏作品集1
永田 和宏
青磁社
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今や歌人の域を超えて、知識人として広範囲に活動する永田和宏の現在までの歌集を集成した一巻。収録されているのは次の十一冊。

『メビウスの地平』、『黄金分割』、『無限軌道』、『やぐるま』、『華氏』、『饗庭』、『荒神』、『風位』、『百万遍界隈』、『後の日々』、『日和』。これだけの歌集の数になると、印象の濃淡が生じるものだが、私個人の感覚として、どの一巻にしても、個別の読後感がわいてくる。

一九七〇年代の前半に、現代短歌の世界に初めて触れた私にとって、永田和宏という歌人は陰翳ふかく心の襞を詠いあげる青春歌の歌人だった。
・脱出したし われとともに吹かれていたるポスター〈ゴダールの秋〉
・紅葉一葉はさみて返し来しからにひえびえと夕闇のなかの図書館

一首目が『メビウスの地平』、二首目が『黄金分割』の作品だが、あの頃の愛唱歌として、せつなく脳裏によみがえってくる。

これらの歌を口ずさみつつ、早稲田界隈を彷徨していた学生時代を思い出して、つい感傷的な気持になってしまう。

現在の永田和宏は歌人であるほかに、科学者であり、短歌の啓蒙家であり、きわめて理性的な発言をする知識人であり、日常的に東奔西走して多彩な仕事をこなしている多力者である。こういう存在が、かつては前述のような清冽な抒情歌をつくる歌人だったことを、この一巻で知る人が増えることはうれしい。

馬場あき子、高野公彦、小池光、三枝昂之、大辻隆弘の五人が栞文を執筆しているが、小池光の「同時代者として」という文章が、友情にみちた筆致で、胸にしみる。

一節を引用してみる。

「同じ年に生まれて、同じ理系で、妻も同じ病気で同じ年に喪い、短歌を作り出してこのかた競争相手のように人もいい、またじぶんもそう思わぬでなかったけれど、第四コーナーを回ったあたりでスパートされて、あれよあれよと言う間に離され、遠いところに後姿が見えるばかりになった。」

他愛ない感慨に思えるかもしれないが、二十代の頃から自他ともにこの二人がライバル視されていることは事実であり、しかし、それを当事者の小池光の文章で読むと、読者としての私にもしみじみとした思いがわく。

もちろん、感慨だけではなく、この一節の後に小池は何首かの短歌を引いて、簡潔な感想を記す。そして、
・人の死に集りてすぐに帰りゆくわれら互いの多忙を許し
・晩年を会うことのなくて死にたればさびしくはあれ悲しまざりき

『後の日々』からこの二首を採り、次のように文を結ぶ。

「点々とこういうふうに死の歌があることに五十代なかばの現実がある。後の歌は小中英之の訃報に接してのもの。下句のさびしいけれど悲しまないという屈折に、それこそ悲しい実感があるというべきである。さて、永田和宏はこれからどこに行くのだろう。どこに行くのだろう、俺たちは。」

十一冊の歌集を集成するこの大著の紹介としては、もう少し歌を引いておきたい。
・やさしさはやさしさゆえに滅ぶべし 夕ぐれの野を漕げる野あざみ 『無限軌道』
・酔はさめつつ月下の大路帰りゆく京極あたり定家に遭わず 『やぐるま』
・壮年と呼ばるる季のいくばくか残りて昼の月浮かびおり 『華氏』
・ねむいねむい廊下がねむい風がねむい ねむいねむいと肺がつぶやく 『饗庭』

どれも歌集刊行時に読み、良い歌だなあと記憶に残っている歌々。

二首目の「定家に遭わず」の一首は、その年の秀歌として塚本邦雄が絶賛していた。四首目の「ねむいねむい」の歌も、超人的な多忙さを諧謔的にあらわした一首として、評判になった記憶がある。
・弟がひとり居たなら呼び寄せておまえならどうすると訊くだろうきっと 『日和』

歌集『日和』の巻尾の一首。永田和宏には実際には弟はいない。ここには身内である弟がもしあったならば、日常の些事から大事まで相談するかもしれないという、ある年齢に達した兄弟の信頼関係が、理想として詠われている。共感できる心のありようだ。

永田和宏には、この著作集におさめられた十一冊の次の歌集として、『夏・二〇一〇』がある。この歌集には、妻の河野裕子の死が詠われた作品が収められている。これは散文作品とともに作品集の第二巻に収録されることになるのだろう。

多力者永田和宏のまずは歌業を味わう上で、この一巻は役に立つ。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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永田和宏作品集1 /青磁社
永田和宏作品集1
著 者:永田 和宏
出版社:青磁社
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