文学社会学とはなにか / ジゼル・サピロ(世界思想社)ブルデュー「以後」の展開 理論や方法論の指南書としても示唆に富む|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 文学社会学とはなにか / ジゼル・サピロ(世界思想社)ブルデュー「以後」の展開 理論や方法論の指南書としても示唆に富む・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

ブルデュー「以後」の展開
理論や方法論の指南書としても示唆に富む

文学社会学とはなにか
著 者:ジゼル・サピロ
出版社:世界思想社
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書はわが国初の文学社会学の網羅的な概説書である。著者のジゼル・サピロは一九六五年生まれの気鋭のブルデュー派文化社会学者だ。社会学研究としての本書の意義は「訳者解説」に的確に整理されているので、以下では別の視点から著者の立ち位置や本書の構成と射程、評者の関心の所在を記してみたい。

文学社会学とは文学作品を社会的文脈との関係から読み解く学問で、フランス語圏で一つの潮流をなし発展を遂げてきた。その前史まで含めると二世紀以上の伝統があるが、理論的洗練を見たのは一九七〇年代以降だ。それ以前の文学社会学の参照項では、マルクス主義批評の反映理論にせよ、サルトルの伝記的アプローチにせよ、文学の固有性を問う視座が欠けていた。つまり作品の内容や形式に関する考察が抜け落ちていたのだ。

これを補うべく、ブルデューは『芸術の規則』(一九九二年)で「文化作品の科学」の旗印のもと、作品とその生産の社会的諸条件を「媒介」するものに注目した。彼がそのコンテクスト(社会的文脈)に設定したのは、特殊空間としての文芸の空間である。「相対的に自律する界」という表現で示される、作家同士が形成するこの可変的で動的な可能性の空間は、ハビトゥスや象徴資本の概念と関連づけられ、従来の文学社会学の外在分析と構造主義の内在分析を橋渡しするものとして捉えられている。

だが界概念はその理論構成上、作品や消費の極に対して、生産の極を特権視する傾向がある。なるほどブルデューは、「作者」でなく「行為者」、「作品創造」に代えて「位置取り」なる用語を導入したが、「作者の死」を前提とする構造主義批評に比べると、テクストへのアプローチは素朴な段階に留まっているし、読書行為の創造性も十分に考慮されているとは言い難い。

こうした批判は内外の研究者から投げかけられていたが、おそらくサピロはそれに意識的である。「作者」の機能ではなく「作品生産の社会的条件」を問い、「作品」と「受容」の社会学と銘打った章をそれぞれ独立して設けているのは、ブルデュー「以後」の文学社会学の展開や使用法に焦点を当てるためだろう。じっさい彼女は、界の構造的理解に寄与する「多重対応分析」の方法を紹介したり、昨年邦訳されて反響を呼んだ芸術社会学(ベッカー『アート・ワールド』)やネットワーク分析(モレッティ『遠読』)等、ブルデュー社会学に接続可能な議論の解説にページを割き、隣接分野との連携可能性を探っている。

本書の魅力は、現在あるいはこれからの文学社会学ではどういった事象や枠組みや媒介に注目すべきかを明示し、分析のアイデアと具体例も豊富に提供している点にある。また、二項対立を用いて作品の形式化や受容のモデルを図式化して提示する(一〇七頁や一五〇頁の図)など、専門外の読者への配慮が随所に見て取れる。

このように理論や方法論の指南書としても示唆に富む本書だが、一つ気になったのは、紹介されるアプローチが社会学者によるものにほとんど特化されている点である。たとえば、特定の社会状況下での発話行為に注目して、界概念を言説分析に応用するドミニク・マングノーの一連の著作に対する言及は見られない。あるいは文学を文化的システムと捉えることで文学史と社会学を再接続し、定期刊行物の発明が文学コミュニケーションにもたらした変容を探るアラン・ヴァイヤンの仕事には沈黙が守られている。ブルデューとは異なる仕方で言語と社会の問いを切り結ぶこれらの文学研究が、著者にどう見えているのか、非常に興味がある。

最後に訳業に触れておこう。訳文は正確かつこなれていて読みやすく、社会学や文芸批評史に不慣れな読者にも議論が追えるよう、豊富な訳注が施されている。巻末の射程の広い解説と一昨年に刊行された加藤晴久の労作『ブルデュー 闘う知識人』を併読すれば、ブルデュー理論に不慣れな読者の理解も格段に高まるはずだ。(鈴木智之・松下優一訳)
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事の中でご紹介した本
文学社会学とはなにか/世界思想社
文学社会学とはなにか
著 者:ジゼル・サピロ
出版社:世界思想社
以下のオンライン書店でご購入できます
学問・人文 > 評論・文学研究と同じカテゴリの 記事