抑圧されたモダニティ 清末小説新論 / 王 徳威(東方書店)中国特有のモダニティの多様なあり方を見出す|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

中国特有のモダニティの多様なあり方を見出す

抑圧されたモダニティ 清末小説新論
著 者:王 徳威
出版社:東方書店
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本書のもととなった英語版は、一九九七年にスタンフォード大学出版社から出版された。その後、二〇〇三年に台湾で、二〇〇五年に中国大陸で中国語版が出版されている。いずれの版も大きな反響を呼び、英語圏のみならず中国語圏でも、本書は経典とも言うべき重要な地位を占めている。

中国の近代文学は、時代としては一九一〇年代の五四時期以降、作家としては魯迅以降を指すことが多い。本書はそのような定説となっている文学史理解に対して、一九世紀後半の清末時期の文学創作に豊かな可能性があったことを示し、中国におけるモダニティを問い直す視点を提起した。著者の王徳威氏によると、清末の文学は、猥雑で曖昧なものであったものの、アヘン戦争以来グローバルな力関係に直面した中国作家が試みた文化の革新を体現していて、なによりもエネルギーに満ちていたという。それは中国の文学伝統に内在する創造的なエネルギーであり、グローバルな問題に切り結んで中国作家が発揮した創造性は、まさに中国のモダニティを表したという。

王徳威氏はさらに議論を進めて、豊かな可能性を胚胎していた清末の文学が、五四以降に近代文学が確立する過程において「抑圧された」と主張した。五四以降の近代文学、なかんずくリアリズム文学の潮流は、単一の未来に向けた直線的な進歩を信じ、西洋の近代を唯一のモデルとして信奉するものであったため、不真面目な清末の文学作品は否定されたという。本書は、直線的な進歩を問いただし、複数の近代を考える立場から、五四以降の近代文学によって「抑圧された」清末文学の姿をすくいあげ、中国特有のモダニティの多様なあり方を見出したと言える。王徳威氏は、それを「清末なくして五四はあろうか。五四なくして清末はあろうか」とまとめた。

王徳威氏の主張が話題を呼んだのは、五四の神話を脱構築するラディカルさのゆえであった。「清末なくして五四はあろうか」は、五四新文化を否定して清末の重要性を唱えるものと受け取られた。本書とほぼ同時期、中国近代史の問い直しの中で、革命を基軸とした歴史観が反省され、「革命」の思考を生み出した源泉として五四を批判する思潮が現れたことも、王徳威氏の著書をスキャンダラスにした要因であった。もちろん、王徳威氏が本書で五四以来のリアリズム文学をほとんど過度と言えるほど平板化して描き出したことは否定できず、五四否定の主張と読むことも可能である。しかし王徳威氏は同時に、「五四なくして清末はあろうか」とも言っている。すなわち彼が試みたのはあくまでも脱構築であり、清末から五四へという時間の流れを意図的に脱線させ、目的論的な論述を退けることによって、中国モダニティのオルタナティブな可能性を見出そうとしたと言うべきであろう。

むしろ注目すべきは、清末文学の豊かさを示すために王徳威氏がとりあげた文学ジャンルである。本書で彼は、妓女を描いた花柳小説、侠の世界や裁きを題材とした小説、グロテスクに悪を暴いた暴露小説、サイエンス・フィクションといったジャンルの具体的な作品を大量にとりあげた。いずれも真面目な文学史には入ることのない雑多な内容である。王徳威氏は、こうした低俗な創作に中国モダニティの活力源を見いだした。おそらくそこにこそ、原著の出版から二〇年過ぎた現在、日本で本書を出版する意義があると思われる。端的に言うならば、王徳威氏は、中国の文学に潜在していた、調和を求める文学史によっては飼い慣らされることのない怪物の力を解き放ったと言えないだろうか。中国の近代に潜んでいた、不気味でエネルギッシュな怪物を直視することは、世界構造が大きく変容し、中国に対する認識を再構成することが切迫した課題となっている現在の世界の読者にとって、もちろん日本の読者にとっても、避けて通れないことのはずである。(神谷まり子・上原かおり訳)

この記事の中でご紹介した本
抑圧されたモダニティ 清末小説新論 /東方書店
抑圧されたモダニティ 清末小説新論
著 者:王 徳威
出版社:東方書店
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2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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