ウォークス 歩くことの精神史 / レベッカ・ソルニット(左右社)読者を歩行の謎へと誘い出す  ソルニットに連れられての散歩は格別|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

読者を歩行の謎へと誘い出す 
ソルニットに連れられての散歩は格別

ウォークス 歩くことの精神史
著 者:レベッカ・ソルニット
出版社:左右社
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人類はこれまで歩行でなにをしてきたか。

この洞察に充ちた楽しい本で、レベッカ・ソルニットが探究している課題を一言でいえばこうなろうか。いや、なにをしたかもなにも、歩くといったら移動でしょう。と言いたくなったとしても無理はない。

歩行はありふれている。それだけに、なにかのきっかけでもなければ、わざわざ考察しようという気にならないかもしれない。実際、日々歩く際にも、私たちは多くの場合、手足をどう動かすかだなんていちいち意識しない。

だが、一歩近づいてみると、これほど捉えがたく興味の尽きない行動もない。人類はこれまでどう歩いてきたか。そう問うた途端、対象はヒトが二足歩行を始めた先史時代から現在までの人類の全史だと気づく。地上にヒトが登場してから今日まで、どれだけのヒトがどこをどう歩いたことか。

『ウォークス――歩くことの精神史』は、全一七章のどこから読んでも楽しめる。ただし最初は第一章をゆっくり味わうのをおすすめしたい。というのも、人が歩くときに起きていることを、これほど見事に捉えた文章にも滅多にお目にかかれないからだ。「岬をたどりながら」と題されたわずか一五ページほどで、著者は自分が歩く様子を描きながら、読者を歩行の謎へと誘い出す。

ソルニットは、ある春の日に想を練るため、散歩に出かける。本書にも登場するルソーやワーズワースにとってもそうだったように、歩くことは考えることだからだ。

歩行とはなによりもまず体の動きだ。両の足を交互に前へ出す。地面の状態にあわせながら半ば無意識に体全体のバランスを崩しては取り戻す。一歩一歩の繰り返しがリズムを生み、目や耳や肌や足裏に変化をもたらす。もう何度も歩いた岬への道をたどるあいだも、目にした風景から記憶がよみがえる。かつて先住民がいた土地に農家が入植し、さらには軍事基地にとってかわられる。世界情勢の変化に伴いその基地も閉鎖され、国立公園局の所有となった……。そんな土地と世界にまつわる記憶が、目に映る風景に重なる。彼女は道々の花にもよく目を留めて見分ける。歩くことで肉体は世界に触れ、耳目に入る風景や音が精神を刺激する。知覚が記憶を呼び、記憶は知覚に意味を与える。歩くということは、体とともに精神を働かせる方法でもあるのだ。

それにしてもソルニットはなぜ、ことさら歩行について考えるようになったのか。核兵器が機縁だという。一九八〇年代にネバダ核実験場でデモを行った際、立ち入り禁止区域での歩行は不法侵入とみなされた。ただ歩くことが政治的、法的な意味を帯びる。そう、歩行は移動手段にとどまらず、さまざまな意味や働きをもつのだ。

そういう目で歴史を眺めれば、そこかしこにさまざまな歩行のあり方が見えてくる。残る一六の章でソルニットは、欧米の歴史を中心に、人が歩行でなにをしてきたかを検討している。楽園、聖地、庭園、原野、街角へ。思索や詩作のために歩く者もあれば、巡礼や自然保護運動や政治的主張のために歩く者もいる。オースティンの小説に描かれたように、社交の輪を抜けて自由な会話をする手段にもなれば、遊歩が娯楽だった時代もある。ヨーロッパで女性たちが公明な目的を持たなければ、自由に外を歩けなかったのはそう遠い昔のことではない。

これだけ多様な歩行を一冊の書物で見比べられるのも、ひとえに驚異的な資料の博捜あってのこと。加えてソルニット自身、よく歩く人であり、その姿は本書全体でも見かけられる。厖大な知を存分に活用しながら、時に歴史的、時に哲学的に歩行やその条件を眺め味わう。かといって頭でっかちにならず、紀行文を読むのにも似た喜びがある。ソルニットに連れられての散歩は格別である。

いやはや、それにしても歩くことに、こんなにも多様な側面があるなんて! 本書を一読すれば、ありふれて見えた歩行の一つ一つが、その環境が、俄然興味あるものに変わること請け合いである。(東辻賢治郎訳)
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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著 者:レベッカ・ソルニット
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