忘れられた皇軍兵士たち / 樋口 健二(こぶし書房)近未来の私たち自身ではないか  心身に深い傷を負った元兵士たちの記録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 忘れられた皇軍兵士たち / 樋口 健二(こぶし書房)近未来の私たち自身ではないか  心身に深い傷を負った元兵士たちの記録・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

近未来の私たち自身ではないか 
心身に深い傷を負った元兵士たちの記録

忘れられた皇軍兵士たち
著 者:樋口 健二
出版社:こぶし書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
最近あまり眠れない。いわゆる“男の更年期”のせいでしかないのだろうが、何かとストレスの溜まる世の中だしなあ、とも考える。

それで、ふと思った。戦争が始まったらどうなるか。年齢的に直ちに兵役、とはならないにせよ、銃後で絶えず怯えて暮らす日常は、不眠などという次元では済まない。たぶん狂う。

本書を手に取ったのはそんな時だ。だからページを繰りながら感じた。これは近未来の私たち自身を念写したものではないのか?

もちろん違う。先の戦争で心身に深い傷を負った元兵士たちの、主に1970年から72年にかけてを切り取った記録だ。

全150ページのほとんどが傷痍軍人と、彼らが入所を余儀なくされた病院や施設のモノクロ写真で埋め尽くされている。険しい顔に抱えられた勲章と勲記、足の痛みに耐える苦悶の表情、病院の庭に集まり談笑する車椅子の面々…。

抑制的なコントラスト処理に誠実さが宿る。

尿道カテーテルを用いなくては排尿もできなくなった浅木加寿義さんは、こう語ったそうである。1947年に陸軍病院で手術を受けることになった際、
「看護婦さんが『浅木さんやめたほうがいい』と言うのです。なぜかと聞くと、『今まで成功した例がないんです。死んでしまうか、一生歩けなくなるかどちらかだ』という」。手術は中止された。

国立療養所箱根病院西病棟(現、国立病院機構箱根病院)での取材だ。評者にはあの明るいリゾート地に傷痍軍人たちの暮らす一角が存在していること自体が初耳だった。自分の無知が恥ずかしい。

私の少年時代、自宅があった東京・池袋の駅前では、いつも傷痍軍人たちがアコーデオンを奏でていた。小学校の同級生は「あいつらみんなインチキだ。空き缶にお金なんか入れるなよ」と笑った。シベリア帰りの父と、夫の帰還を待ち続けた母は何も言わなかったし、その息子である私もそうあろうと心がけたが、だからって、「そんな人ばかりじゃないよ」と反論するでもなかった自分を今、激しく悔いている。
1971年2月撮影 本書よりン
樋口健二氏は戦争や公害、原発の犠牲者らを撮り続けてきた報道写真家だ。1937(昭和12)年に長野県の寒村で生まれ、6歳の頃に母親を腸チフスで亡くした。太平洋戦争における日本の敗色が濃厚になり始めていた時期で、医薬品も乏しく、気付いた時には手遅れだった。

やがて姉以外の家族全員が同じ病魔に冒された。揃って九死に一生を得たものの、その時にお世話になった親戚も、戦場で帰らぬ人となった。樋口氏の仕事の、この体験が原点になった(「あとがき」より)。

そんな写真家が、現政権をどう見ているのかは自明だろう。自分自身は何の苦労もしていない私も、権力への憤怒は共有できる、つもりだ。本書を近未来の写真集かと勘違いした所以である。
「心を病んだ兵士たち」の章に、刑務所と見まがうような療養所の個室で、半紙に墨で「天皇誕生日だ」と書きつけている患者の写真が収められている。やはりこの章にある、樋口氏に直立不動で敬礼して寄こした元兵士の姿は、表紙にもなった。

この記事の中でご紹介した本
忘れられた皇軍兵士たち/こぶし書房
忘れられた皇軍兵士たち
著 者:樋口 健二
出版社:こぶし書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
斎藤 貴男 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 日本史 > 昭和史関連記事
昭和史の関連記事をもっと見る >