小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析 / 菅原 克也(東京大学出版会)語り論の方法を概説するとともに作品に適用して敷衍|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月4日

語り論の方法を概説するとともに作品に適用して敷衍

小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析
著 者:菅原 克也
出版社:東京大学出版会
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本書は語り論(ナラトロジー)の方法を概説するとともに、日本近代文学の著名な作品に適用して敷衍した理論書である。ここしばらくの間に、文芸研究と言語学とを越境して、語り論や物語論に関わる概論や実践書が多数発表され、再評価の機運が高まっているが、本書も確実にその中に位置づけられるものである。

五部構成となっており、「第一章 テクストの相」は、ジュネットによる物語内容・物語言説・物語行為の三つの相の成り立ちを説明し、それを太宰治「浦島さん」に適用する。とはいえ、『日本書紀』から近代の国語教科書、さらに絵本における挿画との関わりなどをも参照しながら進められる論述は、のっけから語りの域をはみだすほどに精緻である。「第二章 語り手と語りの場」は、語り手が姿を現すか否か、作中人物となるか否かの観点から物語を分析し、芥川龍之介「芋粥」「歯車」、泉鏡花「高野聖」、永井荷風『あめりか物語』『墨東綺譚』などが例解される。「第三章 語りの視点」では、ジュネットによる焦点化ゼロ・内的焦点化・外的焦点化などの類別と、語り手と焦点化主体との区別に立ってそれを批判したバルの理論の紹介と問題点の整理が行われる。この章で目を引くのは、芥川の小説「藪の中」と、それを原作とした黒澤明監督の映画『羅生門』とが、語りの観点から対比的に解明される節である。

全編に亙ってたくさんの作品が引証され、それらを読む際の豊富なヒントも提供される。第二章で語り手・聞き手・作中人物・物語世界の、次第に複雑になっていく諸形態を、箱形と矢印を用いた図解で根気よく説明するところが分かりやすい。第三章ではミーケ・バルの未邦訳の『ナラトロジー』をジュネットとの対照において詳しく分析し、さらに注では同書のフランス語版と英語版の内容が異なることなど、貴重な情報が盛り込まれている。

「第四章 テクストの声」は、語り手の声と作中人物の声との関わりをジュネットを基に、叙述・言い換え・再現の三つに分類し、それを起点として、心内語・直接話法・間接話法・自由間接話法などを英語と日本語とを対比して論じる。漱石の『三四郎』、鴎外の「山椒大夫」などがその観点から分析される。「第五章 語りと時間」は、小説の時間をジュネットの順序・持続・頻度の分析から確認し、それを鴎外「じいさんばあさん」「舞姫」、太宰治『人間失格』、中河与一『天の夕顔』ほか多くの作品に即して敷衍する。従来の翻訳の「後説法」「先説法」という訳語を各々「後戻り」「先廻り」と訳すなど、難解で定着していなかった術語を平明に解釈して親切である。反面、後半はやや、作品に対する術語の適用整理に傾いた感がなくもない。

終章において、物語論的分析には、社会風俗・社会状況・世界観・時代思潮などのテクストを取り巻く情勢についての考察はなじまず、限界があることを認めながらも、なおかつ、表現の次元は重要であり、読者がそれこそを契機としてテクストを語り始めるのだと締めくくるところは心より共感できる。最近のプチ物語論ブームも、テクストを取り巻く情勢の方に傾きすぎた研究手法に食傷した結果の反応なのだろう。気になる点を挙げるならば、本書は語りによる表現や、読者による理解に対してやや信を置き過ぎているようである。「信頼できない語り手」や「叙述トリック」の存在、また読者による様々なテクストの変奏は、本書の基礎の上になお考量されなければなるまい。
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2017年9月1日 新聞掲載(第3205号)
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この記事の中でご紹介した本
小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析/東京大学出版会
小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析
著 者:菅原 克也
出版社:東京大学出版会
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