不時着する流星たち / 小川 洋子(KADOKAWA)『不時着する流星たち』小川洋子著  神戸松蔭女子学院大学 小林 くる美|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年9月4日

『不時着する流星たち』小川洋子著 
神戸松蔭女子学院大学 小林 くる美

不時着する流星たち
出版社:KADOKAWA
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この本は秘密を抱えている。

それはどんなに読み込んでも答えがでることのない、登場人物だけが抱える秘密だ。私たち読者に許されているのは、その秘密という霧に漠然と飲みこまれることだけだ。

書店で選びきれないほどに並ぶ本のなか、肌に吸い付くような滑らかさが一際触り心地のよい表紙だった。

著者の小川洋子氏は今回取り上げた作品以前に、およそ30作以上の小説を執筆しており、随筆やアンソロジーなども含めるとその数は70作近くにまで及ぶ。数多く執筆しているなかで最も有名な作品は、様々な賞を受賞し映画化までされた、『博士の愛した数式』であろう。発売してからわずか二ヶ月で百万部を突破したベストセラーである。八十分しか記憶の持たない博士。そんな彼に仕える家政婦とその息子の日々を温かな文章で描いている。

この作者の特徴はなによりも、物事を描写する表現力だ。私たちが普段何気なく目にする日常にそっと添えられたかのような物語へ、知らず知らずのうちに引き込まれていく。

今回取り上げた作品集は十編の短編を収録しており、いずれもその特徴が表れている。

主人公は様々に移り変わり、それぞれの話が同じひとつの世界線にあるのかもわからない。ある物語では、少女が誘拐に囚われた姉について話している。母の再婚で義理の姉ができるまでは身の回りにもありそうなごく普通の設定だ。しかし誘拐に囚われている姉の様子が、幼い少女視点ならではの空想に富んだ描写で描かれ、より一層の魅力を引き立てる。それはまるで目の前に十にも満たない少女の視界が現れているかのような精密さで、物語を身近なものにさせた。

文章に難しい言葉が使われているわけではない。全ての物語は「私」や「僕」といった一人称視点で進み、後は「お姉さん」などと敬称が並ぶばかりで名前はほとんど出てこない。しかしそれは単調な文章にしているのではなく、逆に洗練されきった文章が、彼等を紙の上で生き生きと動かしている。多くの人が見逃してしまう風景が細かく描きだされ、夏の暑い匂いから、吐息までをもはっきりと感じるほどに物語の世界へ引き込まれるのだ。

私は普段こういった類の小説を手にすることはない。サスペンスやミステリーなど明確に答えが提示される小説ばかりをつい買ってしまう。文章に隠された伏線を全て回収して、何の疑問も読者に残すことなく収束する話は読了後の爽快感をもたらす。

まさにこの本はその対極にあるといってもよい。

秘密が解き明かされるわけでも、世界観について丁寧な説明がついてくるわけでもない。それでも本棚にあるのをふと目にしたときに、表紙の触り心地のよさを楽しみながらあの夏の暑い匂いを追いかけてページをめくれば、また最後まで読んでしまう魅力がある。

これまで曖昧な世界観や、はっきり答えの見えない小説に腰の引けていた人にも手に取ってほしい。文章そのものの美しさを教えてくれる一冊だと身をもって感じている。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年9月1日 新聞掲載(第3205号)
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