ことばと暴力―政治的なものとは何か / 中村 研一(北海道大学出版会)「〈共存の努力〉という政治」に向けて  多くの読者にすすめたい第一級の著作|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月4日

「〈共存の努力〉という政治」に向けて 
多くの読者にすすめたい第一級の著作

ことばと暴力―政治的なものとは何か
著 者:中村 研一
出版社:北海道大学出版会
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本書のジャケットにはカラヴァッジョ・ミケランジェロの画『ゴリアテの首をもつダヴィデ』が配されている。旧約聖書に登場する少年ダヴィデが巨人ゴリアテを倒し、その切り落とした首を持つ場面で、実は両者とも画家の自画像と言われる。人を殺し、その結果を悔恨する――その両義性が人間の本質であると見る著者は「人間は暴力からどのような社会を構想することができるのか」と問う。

本書は「一生に一度マジメに政治を考えてみよう」と思う人に向けて書かれたテキストで、テーマは「ことばと暴力」に絞られている。この絞り込みには、著者の状況への判断と人間への判断とがある。

本書は、大学で二〇〇一年度から七年間行った講義のノートを土台としている。講義初年度の九月十一日、アメリカ同時多発テロ事件(九・一一事件)が起きた。「二十一世紀の運命を定めた事件」と著者は捉える。本書のテーマが「ことばと暴力」に絞り込まれた著者の状況への判断である。

「ことばがヒトを人間にした」つまり「人間は〈ことばを使う動物〉である」。そして、ことばと暴力にはさまれてある人間文化の否定性の応答として「〈共存の努力〉という政治」が呼び出される。本書のテーマが「ことばと暴力」に絞り込まれた著者の人間への判断である。

本書は全四部全十六章で構成されている。「第一部 人間文化の問題性」、「第二部 ことばと暴力の臨界域」、「第三部 暴力の劇場」、「第四部 統治の言語的構成」である。圧巻は九・一一事件を検討した第三部である。

この第三部は次のような構成である。「第九章 九・一一事件」はハイジャックされた航空機がどのようにしてツインタワーに突入したのか、その結果が関係者にどのような衝撃を与えたのか、「第十章 ツインタワーの表象」はなぜツインタワーが標的に選ばれたのか、「第十一章 攻撃手法」はどのようにして航空機を武器とする作戦が構想されたのか、そして「第十二章 標的の選択」は攻撃集団がどのようにして標的を選択し、実行集団を組織したのか、考察する。息詰まる叙述が次々に展開される。

目を覆うような惨状を引起したこのテロリズムは、攻撃集団と実行集団によって、異なる目的を交錯させつつ、冷静な判断に基づいて構想され、沈着な行動によって実行された。つまり、いかに邪悪の極みに見えようとも、これは人間が構想し人間が行ったものである。まさに、ディストピアの世界。

しかし、著者はディストピアの記述で本書を覆うものではない。この第三部に続けて「第四部 統治の言語的構成」を配置し、ことばが国家的統治を成り立たせていることを検討する。そこにあてられているのは「第十三章 制度」、「第十四章 儀礼」、「第十五章 主権」、そして「第十六章 ユートピア」である。最終章にユートピアを配置したことに注目する。

「ユートピア」は「どこにもない場所」を意味する。古代からユートピアが描かれてきた。「ここにある秩序」を離れて、秩序の外側に、理想的な秩序を描くことで、価値を自由に表明することを人間は続けてきた。著者は、ユートピア的思考の中核をなすのは、想像力を発揮して「現実を根底的に修正したより善い全体像を描く」(S・ウォーリン) ことであるとする。

本書は、悪夢のごとき九・一一事件とそれ以降のディストピアの現実を直視しつつ、同時にこの「現実を根底的に修正したより善い全体像を描く」ことをいっときも忘れてはいない。つまり、現実がユートピア構想を禁じるように見える現代において、現代政治学者が政治的なるものへの果敢な問いを発し、「〈共存の努力〉という政治」に向けて果敢に挑戦したのが本書であると言えよう。人間の両義性を踏まえたその悪戦苦闘の軌跡に共感する。多くの読者にすすめたい第一級の著作である。

この記事の中でご紹介した本
ことばと暴力―政治的なものとは何か/北海道大学出版会
ことばと暴力―政治的なものとは何か
著 者:中村 研一
出版社:北海道大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年9月1日 新聞掲載(第3205号)
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