影裏 / 沼田 真佑(文藝春秋)カテゴライズする世間の言葉を一切さしはさまない語りに感服|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月11日

カテゴライズする世間の言葉を一切さしはさまない語りに感服

影裏
著 者:沼田 真佑
出版社:文藝春秋
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影裏(沼田 真佑)文藝春秋
影裏
沼田 真佑
文藝春秋
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夏の川辺の情景描写、つづいて、釣りをしにやってきた語り手が、地元の人間ではなく、ここ岩手の人間ではなく、移住者であることがさりげなく明かされる。自然描写と主人公紹介。なんとも手慣れた、安心感を与えるはじまりかただ。しかし、このまま続くだけならば果たして身辺雑記と揶揄された往年の私小説の再来になるのではと思わせておきながら、その期待は良い意味で裏切られた。

この作品の優れているところは二つ、非常に雑な言い方をすれば、情報開示のタイミングの上手さと、主人公の人物造型とである。

まず、読者にどの情報をどの順番、どのタイミングで提供するか、ということに対する配慮が行き届いている。これはミステリーではないので、先に与えられた謎を少しずつ解いていくというものではないが、前に出てきた情報が、後になって重要な意味をもっていたことにしばしば驚かされる。

たとえば、友人の日浅という男に関して、「それがどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた」という抽象的な一文が、実は作品全体を読み解く一つの鍵にさえなっていたことに最後で気づかされる。

これ以上はいわゆるネタバレになる。二つめの長所である主人公の人物造型のうまさについても、一つめの情報開示のタイミングと切り離して説明することはできない。よって、ミステリー的に新たな情報に驚きつつ先を読み進めたいという人は、ここから先は読まない方がよいかもしれないが、ただ、わかって読んだとしても、作者の巧みさに感動できないわけではないだろう。

親会社から異動して来て、現地で知り合った日浅と釣りにばかり興じる様子はのどかというかのんきというか羨ましいかぎりにも映るのだが、そこに僅かに差す影の原因が、かつての恋人との別れであったことが次第に明らかになる。

妹の結婚の知らせを聞き、自分もまたかつての恋人とのありえた将来を想像するが、二人の思いはどうあれ、制度的には難しかった。自分も相手もともに男性だったからだ。真剣だった二人だが、別れ、自分は岩手に異動し、しばらくぶりに連絡を取り合った相手は性別適合手術を受けていた。

岩手に来て、日浅という新しい友人を得、あるいは彼としか親しい関係を築けずにいたところに、日浅の人間像を揺るがすさまざまな出来事が起こる。

一人称でありながら、主人公の思い、とりわけ恋情のようなものはほとんど直接には描かれることがない。これがこの小説のなによりうまいところだ。われわれはこのような人物を、自分が同性愛者であることを悩み、一度恋愛に失敗し、ヘテロである妹を祝福しつつも嫉妬し、一方自分は新しい恋に臆病になっているのだろうと、ステレオタイプ化しがちだ。しかし主人公自身は何も言わない。それは隠しているのではなく、ほんとうにそんなことを考えていないからだ。ただ、前に恋した相手が同性だっただけであり、その彼がいつの間にか彼女になっていただけであり、新たな土地で出会った心地の良い人間がまたしも同性ではあったが、この気持ちが恋と呼ぶべきものかどうかは自分でも決めかねている。それだけなのだ。カテゴライズする世間の言葉を一切さしはさまないこの主人公の語りに感服した。

ただ唯一惜しむらくは、このいわばおとなしい主人公に対して、友人の父親の個性が強く、終盤に現れて機械仕掛けの神よろしく話をかっさらってしまうことだ。カテゴライズを許さない主人公と比べると、この父親はどうにもキャラめいて陰影を欠く。主人公の淡い持ち味の余韻をもう少し楽しみたかった。

この記事の中でご紹介した本
影裏/文藝春秋
影裏
著 者:沼田 真佑
出版社:文藝春秋
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2017年9月8日 新聞掲載(第3206号)
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