我と肉 自我分析への序論 / ジャコブ・ロゴザンスキー(月曜社)あらたな思考の出発点をうちたてる  現象学的身体論の刷新へと波及する潜在性|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月11日

あらたな思考の出発点をうちたてる 
現象学的身体論の刷新へと波及する潜在性

我と肉 自我分析への序論
著 者:ジャコブ・ロゴザンスキー
出版社:月曜社
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私をとおして「ひと」が死ぬ。ニュートラルで非人称的な死が、私の生の一瞬をひそかにむしばみ、分割している……ハイデガー(死に臨む存在)とフロイト(死の欲動)以来、現代思想はこうした「私」と「死」の根源的結びつきに魅惑されてきた。ラカン、デリダ、ブランショ、ドゥルーズ、レヴィナス、ネグリなど、その例は枚挙にいとまがない。『我と肉』においてロゴザンスキーは、こうした「自我殺し」の系譜を一挙に清算し、あらたな思考の出発点をうちたてる。それが「自我分析」、すなわち、なにものにも還元できない、特異で自己触発的な「私」、みずからに呼びかけ、みずからを贈与しながら、みずからを見出したり見失ったりする自己の分析である。 

この視点からまず糾弾されるのが、ハイデガーとフロイト・ラカンの精神分析である。ハイデガーはたとえば「良心の呼び声」の分析において、みずからに自由に自己を与える能力を主題化したが、その「脱自」や「超越」の思想によって、自己を<存在>へと犠牲に供し、自我殺しを遂行したという。 

この自我殺しにおける「死」の支配は、とりわけラカンの精神分析において顕著である。ラカン的主体は「エゴなき主体」であり、象徴界においてすでに「死んでいる」主体であることを、ロゴザンスキーは鏡像段階論にまで遡りながら説得的に示す。真の出発点は、鏡像段階的な認知の手前にある「私」、情動的であったり皮膚的であったりする私なのである。 

ハイデガーとラカンが共通の標的とするのがデカルト的自我であることはよくしられている。それにたいしてロゴザンスキーは、師のひとりミシェル・アンリに依拠しながら、デカルト哲学の中心に「私の生誕」という根源的な出来事を見て取る。ここで注目すべきは、〈私が私を産む〉という内在性の原理を一種の「抵抗」の原理とみなしていることである。それは超越的な他者やイデオロギーに「従属化」している主体の遅ればせの抵抗ではなく、他者に先立ち、抵抗そのものであるような自己であり、この「私」というマルティチュードが「政治体」への自発的隷従を解体しうるとされる。

だから本書は、たんなる「深い自我」への自己愛的ないしは神秘主義的な沈潜ではない。この視点から重要なのは、第三部で本格的に展開する「残りもの」という概念である。「残りもの」とは、私自身が私に与える異他性のことであり、この内在的な自他の揺動がさまざまな仮象を生み出していく。この仮象を追跡することにおいて本書は真骨頂を発揮する。とりわけ憎悪(自己に取り憑く残りものから離脱しようとする原情動のこと。著者にはすでにカントの「根元悪」についての論考がある)の分析や、ハイデガー・ラカン的な死に代わる「根源的臨終」(私の肉体が生をみずからの壊死として生きること)の概念、そして神秘主義を慎重に排して展開する「肉の復活」の思想などは多くの現代的な問題と結び付けられるだろう。

このように本書は、デリダ的な「差延」や「散種」の否定的な側面をさらに脱構築し、それが「私の肉(体)」に内在していることを示し、現象学的身体論や他者論にあらたな洞察を切り開こうとしている。その際ポイントとなるのは、晩年のメルロ=ポンティの、触覚的な「キアスム(交差)」の交点にある「触れ得ないもの」(『見えるものと見えないもの』)を、私の肉体へと深く根付かせることである。そしてこの動的キアスムが、精神病理学的な「危機」と「レジリエンス」をあらかじめ内在させていることが指摘されるのである。

こうして「抵抗」そのものである「自我」の分析は、その政治的な含意はもとより、生命(と死)についての新たな知見に基づく臨床哲学、ヒューマニズムに陥りがちな現象学的身体論の刷新などへと波及する潜在性を秘めている。本書の問題をより具体的に論じたアルトー論(『生を療す』二〇一一年)の訳出も期待したい。(松葉祥一・村瀬鋼・本間義啓訳)

この記事の中でご紹介した本
我と肉   自我分析への序論/月曜社
我と肉 自我分析への序論
著 者:ジャコブ・ロゴザンスキー
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年9月8日 新聞掲載(第3206号)
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