ウルリッヒ・ベックの社会理論 リスク社会を生きるということ / 伊藤 美登里(勁草書房)「連帯と承認」に向けた試み  ベックの仕事をどのように引き継ぎ発展させるか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. ウルリッヒ・ベックの社会理論 リスク社会を生きるということ / 伊藤 美登里(勁草書房)「連帯と承認」に向けた試み  ベックの仕事をどのよ・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年9月18日

「連帯と承認」に向けた試み 
ベックの仕事をどのように引き継ぎ発展させるか

ウルリッヒ・ベックの社会理論 リスク社会を生きるということ
著 者:伊藤 美登里
出版社:勁草書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
ウルリッヒ・ベックは、リスクをキーワードに多様な社会分析を展開するとともに、「近代」という時代の状況を診断し、その変容の行方を探ろうとした社会学者であるが、日本においても3・11直後の新聞での特集記事などで覚えている方々も多いだろう。本書は、そのベックの主著『リスク社会(危険社会)』の翻訳で有名な伊藤美登里氏による、ベック理論紹介の書である。

終章を含む全8章からなり、再帰的近代化論、個人化、コスモポリタン化など、ベック理論の主要概念を丁寧に解りやすく解説している。伊藤氏のアプローチの魅力は、常に一歩一歩確実に論を進める点、そして、ベックの理論を広く社会学理論全般のなかに位置づけつつその独自性を浮かび上がらせる点にあると思うが、このアプローチがとりわけ功を奏しているのが、第3章である。ベックの「リスク」と「危険」という語の用法については、従来「混乱」が指摘されていた。しかし、「リスク」はベックの仕事のなかでのキーワードでもあり、本当に、「混乱」しているだけなのかについては、多くの人が納得しきれずにいたのではないだろうか。この点について、伊藤氏は、まず、年代や書籍ごとにどのようにそれぞれの用語が使われているのかを丁寧に洗い出し、それにベックの思想上の中心関心やベックの議論の目的などを重ね合わせることにより、一見「混乱」とみえる用法についてひとつの整合的な解釈を与えている。このような地道ともいえる努力は、用法に関する「整理」といったことにつきない深い理解をベック理論全体にもたらしている。

「解説書」と銘打ってはいるものの、第5章では、「市民労働」に、そして、第7章では、それに加えて「宗教」といったことを中心に、自身の最新の研究を織り交ぜながら、リスク社会論の今後の進展に資する重要な議論を展開している。

「市民労働」とは、個人化が急速に進む社会において、「連帯と承認を作り出すための方策の一つとして」(98頁)ベックによって1990年代後半に提唱された政策理念である。この政策提言は、実際にドイツ国内において、モデル事業として採用されるに至っているが、どのような社会的な仕組みのもとに実践に移され、その実践が翻ってどのような変化を社会にもたらしているか、を伊藤氏は調査している。調整役の行政のもと、企業が資金と人員を提供し、非営利団体が具体的な市民参加活動プログラムを提供するといったかたちの連携が機能しているミュンヘン市の様子などをみると、近い将来、日本においても、こういった形のセクターを超えた連携が広がることが予想される。

また、第7章においては、さらにこの「市民労働」に関する調査に際に浮かび上がってきた、ドイツ地域社会におけるセーフティネット形成と宗教との関連を論じている。伊藤氏のこのような研究は、ベックの仕事を、今後どのように引き継ぎ発展させることができるのか、という点において、貴重な模範例となるだろう。

リスク社会における個人化とコスモポリタン化の不可逆性と強制性、そしてそのアンビバレントな影響のなかで、人々はますます直接的にグローバルなものと関連しあうようになっている。このような緊迫した時代であるからこそ、ぜひ、この本を多くの方に読んでもらいたいと思う。苛烈化する生態系リスクや格差社会の進行、そして平和を脅かす動きのなかで、「宇宙船地球号」の一員としての「共生の技法」を1人1人が早急に求めなければならないときにきているのであるから。伊藤氏は、「現代の社会状況を鋭く分析し、そしてたとえ時には絶望的といってもよいような診断を下しつつも」(199頁)、「リスク社会を生きるということ」がどのようなことであるかと考え続け、人々の力を信じ、希望をもつことの可能性を探り続けた、とベックを評している。そのベックの訃報が世界を駆けめぐったのは、2015年が始まったその日のことだった。それから、2年半が過ぎた今、ベックが残した「連帯と承認」に向けた試みは静かに、しかし着実に始まっている。
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年9月22日 新聞掲載(第3207号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事の中でご紹介した本
ウルリッヒ・ベックの社会理論  リスク社会を生きるということ/勁草書房
ウルリッヒ・ベックの社会理論 リスク社会を生きるということ
著 者:伊藤 美登里
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
社会・政治 > 社会学関連記事
社会学の関連記事をもっと見る >