漫画のすごい思想 / 四方田 犬彦(潮出版社)一九六八年、漫画に何が起こっていたのか  体制の根本を漫画はおびやかしたのだ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月18日

一九六八年、漫画に何が起こっていたのか 
体制の根本を漫画はおびやかしたのだ

漫画のすごい思想
著 者:四方田 犬彦
出版社:潮出版社
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漫画論、漫画史論の分野でも、本書の著者四方田犬彦はいつのまにか第一人者だ。その仕事には、体験と知、漫画への愛に裏打ちされた情熱と視野がある。これは、列伝的に漫画家たちを語る本として『日本の漫画への感謝』(二〇一三)の続編。あとがきに「一九六八年に十五歳を迎えたときから現在までに読みふけった日本の漫画について記した」とあるが、登場するのは佐々木マキから岡崎京子までの二十九人。実に読みでがある。

まず、「一九六八年にはじまる」と題された前書きがある。このところ話題にされることの多い一九六八年が、ここでも「記憶すべき年」「日本の漫画が急速に発展した時期」とされる。この著者だからこその周到な書き方によって、世界と日本の、そのころの動きをつらぬく太い筋が浮かびあがる。確かに「革命」と呼ぶべき変化が起こっていたのであり、漫画はそれを敏感に体現する新しいメディアとなった。「一九七〇年の安保闘争を前に政治的ラディカリズムに走る学生たちと、主題的にも文体的にも従来の児童漫画の枠を越えて未知の実験的領域へと向かおうとする漫画家たちとは、奇しくも軌を一にしていた」と明快に断言される。

そこまでは質のいい教科書的情報だとしても、それにつづく「漫画は新しい思想を表象していたのではない。漫画そのものが、すごい思想だったのだ」が、よくぞ言ってくれたというものだ。一見無造作そうな本書のタイトルもここからであるが、わかりにくいと感じる人もいるだろう。どういうことか。漫画でなければ表現できないものがあり、漫画とその読者はそれを見出したのだということに加え、それ以上の意味として、旧来の思想が権威あるものとしてふるまってきた体制の根本を漫画はおびやかしたのだという熱い主張がこめられている。

池上遼一を論じたパートの最後に著者はこう書く。「もっともわたしを魅惑してやまないのは、つねにその起源のあり方である」。だれに対してもこの意識がはたらいて、個々の漫画家に向かう彼の態度を誠意にみちたものにしている。ほんとうに、二十九人それぞれの表現がどこから来たのかを、いいところ、おもしろいところを逃さずに語っている。

佐々木マキ、林静一、タイガー立石の実験性の背後にある杉浦茂の影響をはじめとして、表現の芯にヒットすると感じられる指摘がつづく。また、『日本の漫画への感謝』にも登場した手塚治虫と楠勝平への新たなアプローチなども興味深いが、この本のもっとも大いなる功は、岡田史子、つりたくにこ、樋口太郎、小山春夫など、一般的にはあまり知られていなかったり、正当に評価されなかったり、あるいは寿命が長いとは言えなかったりする漫画家たちについての記述にあると思う。

日本の漫画には早熟な才能が次から次に現れ、その一部は不運とのたたかいをよぎなくされたのである。それが痛切に伝わってくるだけでなく、そのことも含めて、漫画がいわばこの文化の地下や圏外との交通をもつ思想となっていたことが見えてくる。

著者の洞察力、作品の再現力、批評としての切れ味は、折り紙付きだ。付録的エッセイ「漫画と文学」における思考の柔軟性にも感心したが、とくに際立っていると感じたのはゴシップ的話題の挿入の楽しさである。その生き方、その好奇心が、この半世紀、つねにスリルある出会いを呼び込んできたのだ。
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2017年9月22日 新聞掲載(第3207号)
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