オジいサン / 京極 夏彦(中央公論新社)京極 夏彦著『オジいサン』  中京大学 出口 彩|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年9月18日

京極 夏彦著『オジいサン』 
中京大学 出口 彩

オジいサン
著 者:京極 夏彦
出版社:中央公論新社
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オジいサン (京極 夏彦)中央公論新社
オジいサン
京極 夏彦
中央公論新社
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――オジいサン。

「い」は平仮名なんだ? と、ぼんやりと思った。就職活動真っ盛りで心身共に疲れ切った時期、逃げるようにして書店に駆け込んだ矢先の出会いだった。

その頃、私は自信を無くしていた。周囲の優秀な人々と見比べると、胸を張れるものが何一つ無いように感じ、気が気ではなかった。そのうち自分が空っぽだとしか思えなくなり、自己を見失い始めていた。そんな時この文庫本の前で足が止まった。乾き切った心身に、どこか懐かしい題名が沁みたのだと思う。

話の内容は至って簡単だ。七十二歳の独身男性、益子徳一の一週間である。彼は月曜日にある経緯で、オジいサンと呼び掛けられる。以後、この言葉に何故か惹かれ、一週間の内に何度も思い返す。そうして遠い過去を、数日前を、自分自身を振り返っていく中で、社会から孤立しているはずの自分がいつの間にか誰かと繋がっていて、益子徳一という自身をほんの少しだけ支えていることに気付く。つまり、見えない所で誰かが見ている。そうした優しい繋がりが、作品全体を通して描かれているのだ。……と書くとなんだか壮大に感じるが、もうひとつ作品に貫かれているものがある。それは、今も何処かで起きていそうな、彼の平々凡々とした日常だ。料理に失敗したり、噛み合わない会話に辟易したり。それに対して、自分の中で言い訳や理屈をこねくり回し、昔を思い出して思考に耽けつつ、ああそうだ最初に考えていたことはと現実に戻る。そうした、「ああ自分にもこんな所あるなぁ」が作品に満遍なくばらまかれている。それにひとつでも引っ掛かると、益子と共に歩みながら作品を楽しむことになる。彼と一緒になって眉を潜めて首を傾げて、時折彼ならではの物事の捉え方にはっとさせられる。こうして共感や関心を持つほどに益子徳一に没入、というより少し洗脳されていくので、京極夏彦恐るべしと生唾を呑み込む瞬間がある。それもまた楽しい瞬間だったりもするが。

益子徳一は作中にて『映画やらテレビドラマやら、小説やら、そうした作り物ではこうしたどうでもない日常は描かれることがない』と悟っている。しかし、私が読んでいる最中、彼の生活や彼自身は――確かに他の小説と比べると大変ゆるやかなで地味なものでこそあるが――輝いているように思えた。些細な日常に全てが詰め込まれていたのだ。誰だって生活の最中には、うだうだと考え、思い悩みながら行動に移す瞬間が何度もある。その瞬間が日常を彩り、他でもない自分自身や誰かとの繋がりを紡ぎだしている。そんな大切な人生の流れを丁寧に汲み取り、物語に昇華させたのがこの一冊なのだ。また、そうした日常の積み重ねこそが自分らしさを産み出しているのだから、決してひとりではないし空っぽなわけが無い。そんな当たり前で忘れがちな、過去と現在の優しい繋がりを私に思い出させてくれたのが、この物語なのだ。

この記事の中でご紹介した本
オジいサン /中央公論新社
オジいサン
著 者:京極 夏彦
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年9月22日 新聞掲載(第3207号)
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