津島佑子の世界 / 井上 隆史(水声社)津島文学を原点から捉え直し未来の読者へ受け渡す|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年9月18日

津島文学を原点から捉え直し未来の読者へ受け渡す

津島佑子の世界
著 者:井上 隆史
出版社:水声社
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津島佑子の世界(井上 隆史)水声社
津島佑子の世界
井上 隆史
水声社
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津島佑子が亡くなって一年半が経つ。この間、彼女が遺した文学の意味を改めて問う試みが続いている。遺作の刊行や各誌の追悼特集に続き、選集『津島佑子コレクション』が刊行中であり、津島文学の軌跡をたどる初の展覧会の開催が山梨県立文学館で予定されている。

本書もこの流れを汲む。第一部は昨年末に母校・白百合女子大学で開かれた追悼シンポジウムの記録であり、第二部は学生時代の懸賞論文や恩師・原川恭一の追悼文など、津島と白百合学園をテーマに集められた各種の文章であり、母校との関わりを重視した構成である。

企画の意図は、編者・井上隆史の、「津島さんが訴えたことを受け止め、今を生き、これから生まれて来る人たちへと手渡してゆくこと」という言葉に凝縮されている。作家の原点をどこに置くかについてはいろいろ見方があるだろうが、津島の場合、創作を始めた学生時代を一つの原点と見ることができる。したがって、編者の言葉は、津島文学を原点から捉え直し、現在、そして未来の読者へ受け渡すのが本書の趣旨であることを意味している。

この点において、同大出身作家の鹿島田真希の基調講演はシンポジウムのみならず、本書の方向性をも示すものと言える。本が存在する意味を津島の小説を通じて学んだという鹿島田は、津島の学生時代の言説を手掛かりに、小説が与える夢こそ人間が現実を生きるために必要不可欠と考え、その信念に基づき書き続けた作家像を提示する。

この講演を受けて、国内外の作家、研究者、批評家が、夢と現実、記憶と意識、過去と現在、死者と生者が複雑に交錯しながら壮大な物語世界が展開する津島文学の真髄に各々の視点から迫る。すなわち、植民地期の日本台湾比較文学研究の呉佩珍は『あまりに野蛮な』、『葦舟、飛んだ』、『ヤマネコ・ドーム』を「帝国残影の三部作」と括り、それらが国籍と血統の境界線上や「帝国」の周縁にいる者に対する抑圧の構造を暴き出す力をもつと論じ、女性文学研究の与那覇恵子は、人間存在や社会通念をマイノリティの視点から問い直し続けた津島文学から、絶望的な状況下で国家や血統に依拠しない新たな関係を築こうとする希望の声や社会の周縁に追いやられた者への共感の声を聞き取る。東日本大震災を描く文学の可能性について問題提起してきた木村朗子は、遺作の一つ『ジャッカ・ドフニ―海の記憶の物語』を、死者たちと共に生きながら現在を再考する「震災後文学」の系譜と見る。

遺作の論議にも焦点が当てられているのが特徴である。『ジャッカ・ドフニ』ともう一つの遺作『狩りの時代』に関して、文芸評論家の菅野昭正は津島文学の生涯の主題である家族・家系の問題と差別の問題が融合したのがこの二作だとし、親交のあった作家の中沢けいは、『狩りの時代』の「母はおびえて身構えた」という表現に「子供を産む性としての女性」の根源的あり方が示されており、それは津島文学全体にわたる主題であると説く。

さらにラウンド・テーブルの席には、文芸評論家の川村湊、作家の中上紀、翻訳家のジャック・レヴィ、日本文学研究者のマイケル・ボーダッシュが着き、「津島佑子と二十一世紀の世界文学」をテーマに意見を交わす。翻訳の問題など国際的な見地から興味深い討議が展開するが、ゲーム理論からオースティンを読み解くマイケル・チウェや、世界的な文学空間における作家達の闘争をゲームと捉えるパスカル・カザノヴァの研究を視野に入れることで津島文学のどういう特質が浮び上るかについては、より具体的に知りたいところだった。

本書は、こうした持続的な関心を喚起する点も含め、津島作品を読むための多彩な観点を提示してくれる。本書を手に、津島の豊饒な文学世界へ飛び込んでいこう。彼女の作品を未来へつなぐ確実な一歩として。
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2017年9月22日 新聞掲載(第3207号)
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