「現代思想と政治」公開合評会(京都大学人文科学研究所)レポート いま、現代思想と政治を問い直す 市田良彦・王寺賢太・小泉義之・佐藤淳二・上田和彦・箱田徹・布施哲・長崎浩・沖公祐・佐藤隆・ 中村勝己・長原豊・佐藤嘉幸・松本潤一郎・上尾真道・立木康介・檜垣立哉・森川輝一・鵜飼哲|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年9月22日

「現代思想と政治」公開合評会(京都大学人文科学研究所)レポート
いま、現代思想と政治を問い直す
市田良彦・王寺賢太・小泉義之・佐藤淳二・上田和彦・箱田徹・布施哲・長崎浩・沖公祐・佐藤隆・ 中村勝己・長原豊・佐藤嘉幸・松本潤一郎・上尾真道・立木康介・檜垣立哉・森川輝一・鵜飼哲

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世界的に学生運動が高揚した「68年」から約半世紀。かつて「68年思想」と呼ばれ、日本では「現代思想」と総称された西欧の思想家たちの仕事は、いまやアカデミックな研究の方法論や対象として定着した感がある。この現代思想の諸潮流を政治との関係において問い直す、18篇からなる浩瀚な論集が刊行された。市田良彦氏を班長に迎え、2011年から京都大学人文科学研究所で行われてきた共同研究の成果、『現代思想と政治ー資本主義・精神分析・哲学』(平凡社)である。ここでは、5年間の共同研究班最後の研究会として、檜垣立哉・森川輝一・鵜飼哲の三氏を評者として開かれた同書の公開合評会(3月20日、於京大人文研)から、寄稿者たちの多様かつ濃密な議論を紹介する(中山昭彦・廣瀬純両寄稿者は欠席)。なお議論の中では、前日同研究所で開かれたフーコー/アルチュセールを巡る国際ワークショップも話題に上った。 

(編集部)※2016年4月22日号掲載内容です。

合評会冒頭、同書の共編者であり、司会を務める王寺賢太氏は、『現代思想と政治』全体の構想を副題の三つの言葉に即して語った。〈資本主義〉は、マルクス主義と現代思想の間の継承・批判関係、および政治経済的諸条件を指す。〈精神分析〉は、ラカン以降に顕著な主体の身分の問い直しや、政治的行為の担い手問題に関わる。そして、主体と客体の交点に置かれたこの「政治」との関係において、〈哲学〉は、現在支配的な政治哲学(政治的体制や手続きの規範を示す理論)とは異なる政治的思考を模索する。
檜垣立哉氏
 最初の評者である檜垣立哉氏は、誰がいかに「68年」の歴史を書くのか、と世代問題を提起するところから始めた。全共闘後の左翼運動の残照を幼少期の雰囲気としてしか知らず、80年代バブル期に現代思想と出会い、吉本隆明の『「反核」異論』に衝撃を受けた檜垣氏にとり、マルクス主義は現代思想によって一面において「始末された」ように見える。だが現在、ドゥルーズやフーコーの仕事を最もよく実現しているのはネオリベラリズムではないか。ソ連崩壊や9・11の後、グローバル化する世界で政治について考えるために、西欧思想を参照し続けることに意味はあるのか。但し、この挑発的な問題提起にもかかわらず、檜垣氏も市田氏の序論同様、既に過去のものになった現代思想が、今なおアクチュアルな考察を展開しているという認識を共有する。問題は、それを今日いかにとり出すかだ。檜垣氏はこの観点から、特に小泉義之氏と長原豊氏の論文をとりあげ、ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』の「原国家」と「idiot 白痴・?」を巡る議論に注目する両氏に、二つの問いを投げかけた。第一に、「普遍史」的展望で国家について語るドゥルーズ=ガタリにとって、国家は廃絶可能なものなのか。第二に、この国家への対抗の拠り所として「idiot」なる概念を強調する両氏の議論は、いかなる含意を持つのか。


王寺
 フーコーとネオリベラリズムについては昨日も議論になりましたが、68年後に生まれた僕らの世代にとって、現代思想は流行現象であると同時に、ここから出発して同時代への苛立ちを表明していけるんじゃないかと感じさせるものでもあった。この共同研究に、60年代以来日本の政治・思想の現場におられた長崎浩さんから、長原さん、小泉さん、市田さん、佐藤淳二さんら70年代を学生として経過した方々を経て、80年代以降に学生だった者たちまでが集まれた一つの理由もその辺にあったように思います。
市田良彦氏
市田
 檜垣さんにはある意味正確に読んでもらったと思います。ただ、気になるのは世代論です。たしかに僕の序論もそれに乗っかっているところがある。でも意図としては、世代論はくそくらえと思っています。これは理論的に大事なところで、最終的に、政治経験というのは絶対に伝承されないので。上の世代がやっていたことなんて知らん、と常に言われる。ところが歴史の方は忘れてくれない。どんどん記憶が蓄積されていくし、忘れたら怒られる領域です。これが政治と歴史の本質的な違いをなすのではないか。この違いをどう考えるかが思想的に重要になる、と思っています。現代思想を通して、世代論を突き抜けるところまで話を持っていきたかった。だから檜垣さんには、スピノザの「大人=子供論」を思い出していただきたい。政治の世界では、大人であっても常に子供であることを強いられる、とスピノザは言っていなかったか。昔語りをしようという本でないことは強く言っておきます。
反資本主義の拠り所 をどこに求めるか

小泉義之氏
小泉
 現代思想が現代政治に取り込まれているというのは、おっしゃる通りです。フーコーは生前、こちらの言い方が体制に回収されるのは、戦術的に効果があったということなんだから、喜べ、と言っていました。それは実にフーコーらしいけれど、でもそれだけじゃね、というのもフーコーだったわけです。

僕自身は、ドゥルーズ=ガタリだけが国家論を真面目に考えていたということを押し出したかった。現代思想は系統的に国家のことを奇妙に欠落させてきました。とりわけデモクラシー論がそうです。その一方で、アガンベンが、「剥き出しの権力」的な国家論オンリーになっている。しかし、両方とも政治的には使い物にならない。国家がせり出している今日、使えるとしたらドゥルーズ=ガタリの国家論しかないだろうと見込んだわけです。ところで、彼らが国家を廃絶できると展望してるわけじゃないだろうというのは、おっしゃる通りです。ただ、ドゥルーズ=ガタリからすれば、資本主義は絶対に国家という不生産部門を必要とする。資本主義は必ずどこかに現実化し領土化しなければいけない。その意味で、資本主義は相対的脱領土化にとどまる。だから、問題はむしろ資本主義の運命なんです。当時の現代思想家も当然、ソ連型の社会主義は国家資本主義だと思っていたんであって、そこも含め、反資本主義を押し立てるとしたら何をもってするかを考えている。

率直に言って、彼らはその展望は出せなかったと思う。ドゥルーズは89年で実は真剣に悩んでいたと思います。方向を失っていたと思います。『哲学とは何か』みたいないい加減な本を最後に書くのはその混迷の現れです。僕の論文では、そのことを多少冷静に辿っておきたかった。現在のグローバリズム、要するに資本主義ですが、何かが狂っていますね。なんとかしないといけない。じゃあ資本主義に対抗しようというとき、闘争の主体や抵抗の拠点をどこに見出すかに関して、ドゥルーズは狂人とか白痴に期待をかけるしかなかったという感じがあるんです。僕もそういう世代なのでその感じはよくわかる。やっぱり狂ってないと闘争なんかできないですよ。多少馬鹿じゃないと。だからトランプ支持者の馬鹿ぶりを見るにつけ、なかなか可愛いじゃないかと思っちゃうんですね。とはいえドゥルーズでは、白痴は状況を見るばかりで、見者にとどまります。行動に打って出られず、訳が分からなくなる。廣瀬純風に言うと、そうやって絶望することが大事であるというわけです。するとそのうち、古代ギリシア、アメリカ/ロシアに続く三度目の革命がいつか訪れるだろうという。これでは、ドゥルーズはもう終わってるとしか言いようがない。それを真面目にとってもしょうがないんです。

われわれの本の第一部の「政治/哲学」は、現在の反資本主義とか反社会とか脱社会の契機をどこに見出すかという問題意識に貫かれていると読めます。布施哲さんの論文は、現在アクチュアルな対抗軸になっている伝統や宗教性を真面目に考えないといけないと示唆しています。それはむちゃくちゃ反動的なものですが、しかし、だからこそ、そこに何かあるかもしれない。それから箱田徹さんのフーコーの内戦論では、「従属知」と呼ばれる稗史やエセ歴史が契機になります。ブーランヴィリエがやったみたいに、民族とか系譜とか血族とかのお話でもって現体制に叛逆する。南朝正統論ですね。そういうものは馬鹿な従属知であって、およそアカデミズムの知にはなりえませんが、だからこそ、そこに込められているものを拾い出さなきゃならない。それから王寺賢太さんの論文は、「紋切型」を契機にしています。紋切型の政治的悪の機能を強調している。やっぱり政治家はワルじゃないといけない、トランプぐらいで満足してはいけないんだと。トランプに対しては、不動産屋としてちゃんと国境に壁を作ってみろと言ってやる必要がある。万里の長城は、内部の人間を閉じ込めるものだったとする現代思想的な知恵を言い添えてあげてもいいですね。要するに、現代思想の基本線は政治的には終わってますから、現代思想からは別のものをとりあげ直さなければいけないということです。
国家・資本主義・イディオ

長原豊氏
長原
 たしかに、68年以後マルクス主義は始末されていると僕は思っています。68年と言われている出来事そのものがマルクス駄目じゃんと言ったのです。マルクス主義は何も説明できなかったわけです。でも、小泉さんは多少馬鹿だと言っていたけど、僕は相当馬鹿なので、70年代、いわゆる現代思想は絶対に書店では買わずに古本屋で買うという対処をしました。83年に浅田彰さんの本が出た時も、相当抵抗した末にようやく読んで、極めていいんじゃない、と嫌な気持ちを抱きつつ、でもまたすぐにマルクスの本を読み始めた。

現在ネオリベが完璧にドゥルーズ=ガタリを取り込んでいるというのも、その通りだと思います。ネグリ・ハートの『帝国』が一番売れたのは、ウォール・ストリートだった。でも、さっきのフーコーの話ではないけど、彼らの本が現実をきっちりと模写しているからこそ説得力を持つのだとも言える。宇野弘蔵が経済原論を作る時に「方法的に模写する」と言っています。現実の分析対象が、歴史的に、一定の傾向性で「純化」していく、それをきちんと模写しなければならない。特に80年代から今日のグローバリズムまで、現代思想はそんな模写を様々な視点からやってきたんじゃないか。だとしたら、僕がそれを勉強しないわけにはいかない。

僕が、ドゥルーズ=ガタリの読み方としては反動的だとは思ったけれども、あえて「普遍史」という言葉を使い、「原国家」を強調したのは、彼らが力強い物語としての普遍史を再び作り出していることを確認すべきだと考えたからです。それは、現代思想が粉砕したはずの大きな物語が書かれざるを得ないのはなぜかを、模写することでもある。僕の考えでは、資本は、利潤があがるところにはどこにでも自由に動く絶対的脱領土化として自分自身を欲望している。しかしそれはことごとく相対的脱領土化に終わらざるを得ない。利潤の取得には常に所有権が前提になるからです。そこに国家が出てくる必然性がある。絶対的脱領土化を求めて相対的脱領土化に帰着する、この運動を無限に反復するのが資本主義なら、それを描くには国家を入れるしかない。このことをマルクス経済学者、特に原論学者は放置してきた。そこに嘘があったことを、ドゥルーズ=ガタリの普遍史を読み返して示すのも手ではないか――これが僕の文章の一つの動機です。

ドゥルーズは哲学者の役割を?であると言っていますが、経済学者は?になることを極端に嫌ってきた。今度の本でも、佐藤隆さんと沖公祐さんが対照的に、一方は分析論としてコンパクトになる方向で、他方は経済学の中に国家も歴史も理論的に入れ込む方向で、マルクス経済学を立て直そうとしています。僕自身には、マルクス経済学はダダ漏れにして、歴史も地政も入れ込んで、もはや経済学としては成り立たないようなかたちで書き換えた時に、ぎりぎり生き残れるんじゃないかという思いがある。?の話と直接絡むんだけれども、労働力商品は領有されると資本の有機的一部に生成する定めにある単純商品です。だから最近よくあるように、一つの身体において、あたかも生きた労働が良くて、可変資本は資本のカテゴリーだから駄目であるかのように分別するのは、ほぼ無意味である。生きた労働なんだから自分が可変資本であることを乗り越えなさいと言われるのは、実にウザいことなのです。だから僕らはこの引き裂かれを?になって凌いでいくしかない。これが僕の?論の含意ですが、そこには同時に、経済学者が?になれるのかという自問もありました。 

森川輝一氏
 第二の評者、森川輝一氏は、本書が示す現代政治哲学への批判に賛同しつつ、問題は政治哲学が68年的な「すべては政治である」に対抗して「政治」の限定を試みてきたことにではなく、当の限定に失敗してきたことにあるのではないか、と問題提起した。ロールズやハーバーマスを軸に展開してきた現代規範理論は、公共空間と公的主体の属性に関心を集中させた結果、ギリシア以来、ポリス的空間そのものの構成的契機とされてきた集団の安全保障、ないし「ゲヴァルト」の問題を捨象してきた。ただし、このポリス的空間の始原に回帰しようとする欲望は、既にシュミット・ハイデガーらにおいてナチズムへの帰依をもたらしている。だからこそ、彼らの後で、アーレントは革命の「狂気」を肯定しつつ、それをあくまで「理性」的対話の空間の保持に結びつけようとしたのだった。

森川氏はこのアーレント的立場から、本書第一部「政治/哲学」の各論文を好意的に評価しつつ、「政治哲学者の呟き」と称して一連の問いを提出した。上田氏は、ブランショに焦点を当てて、68年5月に出現した「一切のことを言う自由」と「無責任の主体」を肯定するが、この68年の祝祭はファシズムの祝祭とどれほど異なるのか。王寺氏は、ネグリのマキァヴェッリ論に関して、構成的権力の構成された権力からの不断の「分離」を評価するが、その「不可能な試み」が野放図な暴力行使とならない保障はあるか。また布施氏は、フーコーのイラン革命論とシュトラウスの政治哲学をあざやかに交錯させるが、聖俗の厳格な峻別に立脚するシュトラウスの政治哲学を、宗教的原理主義に最後の政治のチャンスを見出すものとみなしうるか。さらに、フーコーの内戦論に注目する箱田氏と、ルソー『不平等起源論』の自然状態論に対象化の零度を見出す佐藤淳二氏は、契約論的=疎外論的構図を退ける点において一致するが、その含意は何か。そして最後に、小泉氏に対しては、ドゥルーズにおける「哲学の政治化」とバートルビー論の関係、および氏自身の立ち位置が問われた。
「政治」をいかに限定するか

王寺賢太氏
王寺
 政治哲学者としての率直な御意見に感謝します。まず、自分の論文について返答しておきます。僕はネグリがマキァヴェッリから受け継ぐ「共和主義」を、主権国家批判として読みたい。そしてネグリの「分離」を、アルチュセールがマキァヴェッリに見出した「移行」不可能性、そのプログラム不可能性につなげて読みたい。それなしでは、「労働の存在論」に依拠するとはいえ、ネグリの構成的権力論もルフォール流のリベラル・デモクラシー擁護論、市民社会擁護論と大差なくなるのではないか、という疑いがあるからです。暴力に関しては、ウェーバーを俟つまでもなく、革命的状況に限らずある種の政治に常に伏在する契機なので、単にネグって済ますわけにはいかない――ここではそう言うにとどめます。ところで、「すべては政治である」の後で政治をいかに限定するかは、市田さんが『革命論』以下で繰り返し議論してきたことでもあります。その点から始めて、寄稿者の方々に順に森川さんに回答していただけますか。
市田
 これまでも様々なかたちで政治の限定が試みられてきたと思います。68年には「すべては政治である」と言われましたが、森川さんのように空間で限定するやり方もあれば、ヘーゲルのように歴史化して国民国家に回収するやり方もある。ルソー・タイプの社会契約論もあるでしょう。それらを凝縮して争点としたのが現代思想ではないか、というのが僕の問題提起だったわけです。では僕自身はどうやって政治を限定するのか。よく分からないというのが正直なところですが、あえて答えれば、手続きによってです。「革命」というのは、すべてをチャラにする手続きでしょう。もちろん実際の現場では、常に何かを空間的に限定・構成することが問われる。教室や街頭を占拠する時も、そこを外の空間から分離することからはじめて、日常的な人のやりとりや「制度」をどう作っていくのかという問題に直面する。それができたら、今度は時間の中で持続させなければいけない。「歴史」に足を踏み込まなければいけない。共通の経験を物語化し、それを共有する人たちの範囲で語り継ぐ。そこからまた新しい物語が生まれていく。まさに物語から歴史の方に踏み込んでいく。その空間と歴史の両方が丁度交わるところに、「革命」や「構 成」は位置づくんじゃないか。一瞬に終わるスクラップ・アンド・ビルドとしてではなく、そこから取り出せる手続きを問いたい。そうすることで、政治を限定できるのではないか。付言しておけば、政治と歴史は交代するのではなく、ずっと併存すると考えています。
政治の拒否、拒否の政治 

上田
 森川さんに対して僕が呟くとすれば、ファシズムもまた民主主義の危機に対する回答の一つだったということですね。ファシズムを擁護するつもりはありませんが、ファシズムを生んだ民主主義の危機の方を僕は考えたいんですよ。68年にブランショは「民衆の爆発的なコミュニケーション」を称揚した。ビラとか壁の落書きとかいった、そこで言われたことに対して責任を持たないような書かれたものの重要性について語ったわけです。それには前史があって、58年に第四共和制がアルジェリア戦争の混乱を収拾できずに危機に陥り、ド・ゴールが80%もの支持を得て大統領になって、憲法が改正され、非常事態宣言を発動する。その時にブランショが文章を書いています。国民の主権が空虚になって、宗教的な至高性を帯びた人物に主権を委譲しようとしている。ド・ゴール自身、主権を任されながら、具体的には何もできない。その結果、誰も何も言えない状況になっている。これは非常に危険である、と指摘しているわけです。言論の自由は認められているけれど、その効果はまったくない状況がそこで始まり、68年までずっと続いている。そんな状況だからこそ、ブランショは無責任な書き物の有効性を言ったわけです。僕もそこに特化して、無責任の主体の重要性を述べました。しかし翻って見るなら、国民の主権が空虚である状況は、当時のフランスに限ったことではない。そのような状況はいつもある。その状況が起ってくる限りは、僕はあえて無責任な主体が必要だと言いたいわけです。
布施
 アメリカでは、シュトラウスはネオコンたちの教祖にされていますが、私は、どこが?と思っています。「政治的霊性」について語るフーコーに対し、シュトラウスは「政治的」という形容詞を聖なる領域に付すのを絶対に拒否した人です。しかし、その絶対的な拒否において、シュトラウスは政治に拘り続けた。たとえば68年のスローガンについて言えば、「すべては政治である」ということをどこから言うのか、という問題があります。何か超越的な外部を想定するのか、何かと何かの間なのか。シュトラウスもフーコーもそんな場所はもうないと思っていたはずです。その時、彼らが辛うじて可能性を見出したのが、宗教原理主義だったんじゃないか。今も安易に宗教原理主義を持ち上げる人がいますが、シュトラウス的な見方からすれば俗物原理主義です。シュトラウスはとにかく政治的なことに怨恨を持っている。政治的なコメント、政治哲学に対して、容易に「うん」と言わない人です。その点、市田さんによく似ている。だからこそ、彼は方便として「分離」ということを言ったんじゃないか。晩年、ユダヤ原理主義を持ち出したのもそのせいじゃないか。あの人は亡命中、イギリス、フランス、そしてアメリカに行って、自分の祖国に一回も帰らなかった。国家を渡り歩いて、嫌な思いをさんざんして、多分殺されそうにもなった。その中で、国家や、もちろん民主主義も含めたあらゆる政治的なタームに徹底的に絶望した人だと思います。一方フーコーの方は、すべてを否定して、すべてをちゃぶ台返しする叛乱の神的暴力に、希望のかけらを見ていたかもしれない。
戦争と自然―政治の基底/無底

箱田
 70年代には、既にマルクス主義は終わっているというのが、フーコーに限らず現代思想家たちの基本認識だったと思います。だから、反マルクス主義かつ革命的なオルタナティヴを求めて「政治的霊性」に期待をかけるようなことも出てくる。ただ、最近のフーコー業界では、福祉国家批判や人的資本論評価をとりあげて、フーコーのネオリベラリズムを云々するといった議論が盛んです。通史的理解では、70年代後半にはフーコーは戦争モデルをやめて統治性論に移り、最終的に生の美学に至って個人主義的になり、ネオリベと親和的になると言われる。その点、僕ははっきり別の見方を提示したかったんです。だから戦争論、内戦論に注目して、他者の導きの技術(統治性)も、自己の導きの技術も、「従属知」も、真理ゲームも、基本的に戦争、内戦の地平から出発して議論され続けていることを示した。その観点からすると、フーコーにおける政治的なものの限定は、集団性の契機をいかに確保するかという点に現れると思います。実際、イラン革命を巡る議論のなかでも、いかに集団として政治的主体性を獲得するのかが問われていたわけです。
佐藤淳二
 対象化の零度としてのルソーの自然状態では、自然人は環境と合体して人間環境、環境人間とでも言えるような概念人物になっている――この理解が、ルソーの解釈全体を決定的に導くだろうと考えています。ルソーは最初に自伝を書いた政治哲学者と言っていいだろうし、自伝作家であるにもかかわらず法哲学を書いたと言ってもいい。法においては、自伝で扱われるような主体性あるいは自己が抜け落ちてゼロになります。しかし自伝においても、同じように主体性や自己が抜け落ちてゼロになる契機がある。デカルトからの系譜を辿ったのはそのせいです。ルソーにおいてはさらに、社会理論にせよ、自伝にせよ、このゼロが抜け落ちる契機があらゆる場面にある。それが最後に到達するのが、同じゼロの論理を駆使して、そもそも無いもの、あるいはもはや無くなってしまったものをわざわざ抑圧することで、その他のものをすべて生かしていくという、デリダにはるかに先駆する初期マルクスの天才的な着想だったと考えています。それは当然ヘーゲルから受け継がれた着想ということになりますが、その着想はマルクスの貨幣論において、それ自体としてはまったくのゼロであり、それだけは国家によって代理されないものが、ほかのすべてを代理していくという構造を示すことになる。この構造を、ルソーの中に妄想的に読み込めるのではないか。今回の論文はほんのエスキースなので、再論を期しているところです。
小泉
 ドゥルーズは結局、哲学の第三の領土化を誰が担うかについて、バートルビーみたいな人たちだって言いたいんだけどそうも言えないよな、というところで終っていると思います。それから、ファシズムも街路で始まるというのは、その通りです。それが歴史というものであると言って逃げるか、そこにこそ傾向性があると言ってしまうか。少なくとも僕はそこで詰まっていますが、その類の限界があると思います。哲学が政治化するということには。

鵜飼哲氏
 最後に講評した鵜飼哲氏はまず、全巻通読後に市田氏の序文を再読して、「私たち」という言葉が内に孕んだ緊張に圧倒され、「私たち」の統一をパフォーマティヴに立ち上げるこの序文の強い政治的な力を浴びた、と語った。その政治性は、「現代思想」という「ノスタルジックな呼称」を選択し、あくまで「政治」との関係を問おうとする立場にも、「すべては政治である」を巡る現代思想家たちの論争を明らかにする一節にも、「主体の廃位」(ラカン)後にあえて主体が「『原因』になる力」に政治の根幹を求め、〈マルクス主義〉と〈哲学〉を結ぶ第三の環として〈精神分析〉を位置づける議論にも見てとれる。本書で「私たち」が内包する緊張の一端としては、(1)ドゥルーズ=ガタリについて小泉・長原・佐藤嘉幸各氏が下す肯定的評価と、バディウの矛盾論に依拠してドゥルーズの差異概念を批判する松本氏の相違、(2)ネグリについて王寺・中村・廣瀬各氏が下す肯定的評価と、「大衆前衛」概念に対して疑義を呈する長崎氏の相違、(3)レイシズムの問題から出発してフーコーを論ずる箱田氏と、フーコーから出発して宗教的原理主義を論ずる布施氏の方向性の相違も紹介された。

続いて寄稿者たちには以下の一連の問いが投げかけられた。まず、68年前後のラカン精神分析運動に関する犀利な論考を寄せた立木氏と上尾氏には、ジジェクやミルネール(後者はラカンの「すべて」の論理を駆使して親イスラエル的な政治分析を行う)のような精神分析理論の政治分析への応用をどう考えるべきか。次いでマルクス主義に関して、市場交換の根底に非対称的な債務債権関係を見出す佐藤隆氏には、それが佐藤氏自身の批判する負債論の全面化とどう異なるのか。他方、70年代以降の「マルクス主義の再生産論的転回」を批判的にとりあげた沖氏には、アルチュセールを巡る市田氏との議論も求められた。また、ド・ゴール時代のブランショの政治活動を論じた上田氏には、「文学と死の権利」以来のテロル論との関連と、現代思想において政治家論は課題となり得るかが、そして佐藤淳二氏のルソー論に対しては、そこで「カテゴリー」とも「メタファー」とも呼ばれる「意志」がルソーにおいて持つ役割と、論文末尾の「別の声」が示唆するものが問われた。

鵜飼氏は最後に、「倫理」や「社会」ではなく、あくまで「政治」との関係において「現代思想」を問うという本書の選択に立ち戻り、長崎氏がかつて『超国家主義の政治倫理』でルソーを引用した一節を引いて締めくくった。すなわち「政治学と倫理学を別々に取り扱おうとする人々は、そのどちらにおいてもなにひとつ理解しないことになる」(『エミール』)。

王寺
 鵜飼さんからは、「私たち」の内包する緊張に即して、非常に多様な論点を出していただきました。この共同研究班は長原さんをマルクス主義部門、立木さんを精神分析部門、小泉さんを政治哲学部門の責任者として進んできた経緯もあり、まず精神分析の問題、次いでマルクス主義の問題から議論したいと思います。
精神分析と政治

立木
 今まで僕の出番がなかったことが、この研究会における精神分析のポジションをよく現している気がします。どこか異物なのです。しかし精神分析家というのは、これまでも社会の中で異物であることを求められてきたし、今もそうです。それでいいのです。この本では、僕は精神分析の百年少々の歴史のなかにある政治的なものに光を当てないと、一般的な意味での「政治」と精神分析がどう関わってきたかという問いに進めない気がしました。それで「パス」をめぐる闘争に焦点を合わせた。まさに「パス」闘争がラカンにとっての68年5月だったというのが僕のテーゼです。

市田さんの序論に関して言うと、たしかにラカンは、構造によって規定される存在欠如というかたちで主体を考えました。それはとても重要な点ですが、それが政治的なことに結びついていくときにどんなロジックになるか。大文字の他者(社会、制度、集団と言ってもよい)が、主体の根拠を保証してくれないことが明らかになる契機がある。大文字の他者自身が自らの存在根拠を請け負うことができないからです。そうなったとき、実はその責任がまさに主体自身に降り懸かってくるというのがラカンの逆説的なテーゼです。そこで主体的な態度が決定される。そのときに主体が、自らの存在欠如の部分で、大文字の他者の欠如に応えられるかどうか。それに応えられないのが神経症者で、それが去勢不安です。ラカンにとって精神分析とは、そこで主体的な決定を行えない人たちがそれを行えるよう手助けをしてやるものだと思います。

僕はあまりジジェクを読みませんし、ミルネールの本は読んだ当時きちんと問題意識が共有できなかった。ただ鵜飼さんのお話から、昨日の小泉さんのご発表を思い出しました。フーコーが関心を持ったのは狂人そのものではなく、狂人を対象化し、狂人についての知を持つ人たちだった。彼らは往々にして男であり、異性愛者であり、家庭を持っている。どれほどリベラルな言説を吐こうと、実はそういう男こそが支配者層なのだというお話でした。そういう男子の論理が、ラカンの「すべて」の論理ではないかという気がします。ラカンの性別の論理式では左側が男で右側が女になっていますが、ある種の社会的規範に従って一端左側に自分自身を書き込んだ上で、さらに享楽という観点から「すべて」の論理に乗るかどうかというところで、男の享楽と女の享楽が変わってくるというのが、ラカンの理論です。支配者になる男子が「すべて」の側にいる男子だとすると、そこから性別の論理式の右側がいかに読めるかというのは、おもしろい問いではないかと思います。
上尾
 僕が書いたのは、精神医療方面で68年頃からメジャーになっていったリベラルな統治性に対して、ラカンは精神分析の実践の特異性で対抗しようとしていた、という話です。その辺は、『主体の解釈学』でフーコーがラカンを評価するときに「霊性」という言葉を用いているという経緯もあって、実はフーコーの「政治的霊性」の話とも繋がっている。その意味では、ラカンの精神分析も、この本の議論の一つの核心に位置づくのかな、と思います。立木さんの話に出た性別の論理式の男性の側は、非常に共和主義的かつ国民国家的なモデルで、たとえば同時期のアルチュセールのイデオロギー装置論と関連づけて考えることもできる。もう少し一般的に、ラカン理論の政治的分析への応用について言うと、理論の応用以前に、社会的知覚を鍛えておかなくてはいけないということを、常々自分自身への戒めとしてきました。そもそもラカン理論を読む際のバイアスも考えられるわけですから。
市田
 「精神分析と政治」と言えば、名前が浮かぶのはジジェクであり、ミルネールでしょう。でも、社会批評で精神分析が力をもっても、それは本筋じゃない。僕の頭にあったのはむしろ、アルチュセール派の若い人たちがみんなラカン派のカルテルを作っていたことです。実践も含め、どっぷり精神分析に浸かっている。フーコーの70年代の仕事でも、精神分析がすごく重みを持っている。精神医療の現場での精神分析との絡みが問われるので。その本筋から、精神分析が持っていた地位を考え直したかった。

ちょっと脱線しますが、鵜飼さんが二回読んだら僕の序文の印象が変わったと言われましたよね。寄稿者ごとにスタイルが違い、ほとんど言語が違う。本当言うと最後、長原さんに「単なるバインディング本にはするな」と言われて、カーッとなって書いていました。最初は手探りに年表を作るところから始めたこの研究会も、段々かたちになってきた。でもいざ論文が出揃うと、これをどうまとめるべきか、必死の思いでした。そこを鵜飼さんに感じとってもらって個人的には感激しております。
マルクス主義の転回?

長原
 市田さんは「ふざけんな」と言うかもしれないけど、いまになって思えば、僕は市田さんとやった複数回の喧嘩の最後で、ああ言って良かったと思っています。そして、それにいわば同志的に応じてくださった市田さんに感謝すると同時に、マルクス主義部門がこのプロジェクトでどのように貢献できたかについては、すごく考えなければいけないと思っています。宇野派を始めマルクス経済学が、68年以降の敗北過程と、その反動で起きた暴力的な過程で、一方で論理という特権の下でみずからを閉じ自分を守っていった。他方ではマルクス主義そのものが始末をつけられてしまった。その過程で、僕らはマルクス経済学との対質においてどれだけ貢献できたのか。

おそらく鵜飼さんからは、沖さんの「自己原因」論と僕の「準原因」論の対比が要請されている。これはスラッファの『商品による商品の生産』を通じて、沖さんがアルチュセールをどう読んだか、いったい再生産のサイクルが閉じる時があるのかに関わる。佐藤隆さんに対しては、不等価交換にはすぐに暴力的なものがイメージできるのに対して、根源的な非対称性という言葉で債権債務関係を設定すると、その非対称性に基づいて交換が成立するということまで含めて、等価交換と言われてしまう可能性があるのではないか。交換とは異なるものを表現する時に、どういう言葉を出動させうるかを問うてみたい。
佐藤隆
 まず僕が何を意図していたのかを話します。最近ラッツァラートはじめ現代思想側から、負債論がぽつぽつ出ています。負債には、借りた人と貸した人との間の徹底的な権力の違いがある。そんな非対称的な関係こそ、人類史的に見てもより古くから存在する形式で、等価交換の市場原理とは別の出自を持っており、これを分析の基点にすべきだという話です。この負債論のデビューの仕方は、一昔前に贈与論が出てきた時に非常によく似ている。では、80年代の景気の良い時には贈与論を叩き、2008年の金融危機以降は負債論を叩き、何十年後かにはまた新しいモグラを叩くなんてことをせざるを得ないのか。僕がトライしたのは、商品論を徹底的に抽象化して、負債も贈与も説明できる理論をマルクスに立ち戻って考えることだったわけです。

経済学の側から多少政治に関わることが考えられるとしたら、権力論だろうと僕は思っていました。その観点で言えば、一見等価交換の市場原理に従っている自由平等な市場の中に、実は権力関係があるんだよ、その権力関係が見えない構造になっているんだよ、ということになります。市場では100円玉と100円の値段の物を交換します。同じ100円だから等価です。でも、お金を払ったら物を買えますが、物を渡してもお金はくれない。その意味で非対称性がある。これをどう説明するか。結論から言うと、お金を渡すと商品引換券みたいなものを貰えると考えた方がいい。引換券と貨幣が短絡して一緒のものに見えてしまうのが市場交換で、実は引換券が貰えるというのが貨幣の交換です。それが権力の発生源であり、貨幣所有者から貨幣を渡された商品所有者は、必ず相手に商品を渡さなければならないという刻印を負うのが市場の交換原理だということを書いてみたわけです。
 大体68年を境目にして、良かれ悪しかれ、現代思想がマルクス主義を乗り越えたことになっている。しかし僕の見方からすれば、現代思想はマルクス主義を乗り越えたというより、拡大再生産しただけなんじゃないか。しかも、現代思想が引き継いだマルクス主義は、厄介なマルクス主義、つまり、僕が言う「再生産論的転回」後のマルクス主義です。この「再生産」は「自己原因」とも言い換えられます。マルクス自身が「自己原因」や「再生産」を資本に限定して使ったのに対し、「再生産論的転回」以降、社会が「自己原因」だ、あるいは資本主義が「自己原因」だと言われるようになる。バリバールはこの「転回」に対して「そんなことがあるわけない」と言ったんだと思います。ただ、その後どうなったか。結局アルチュセールの行き着いた先は、資本主義で閉じないんだったら国家を持ってきて閉じる、という構図なんじゃないか。僕はそれに対してアルチュセールの「節合」概念をもう一回読んだらどうかと言ったわけです。実はこれは、去年翻訳が出たF・ジェイムソンの本(『21世紀に、資本論をいかに読むべきか?』)からヒントを得ています。ジェイムソンはアルチュセールのいいところは支配と搾取の区別をつけたところ、そして搾取を問題にしたところだと言います。これに対して支配を問題にしたのが、僕はラクラウかなと思ってるんですね。ラクラウも「節合」は使うわけですが、等価性の連鎖としてどんどん広がっていくというかたちになる。しかしアルチュセールの諸生産様式の節合というのは、ラクラウ的なものとは違って、支配と搾取を両方考えられるような装置なんじゃないか、と読み込んでみたわけです。
市田
 「節合」とか「再生産」という言葉は、アルチュセール由来のものとして広まっているけれども、それはいわば「社会学」の問題であり、「現代思想と政治」の問題じゃないと僕は思ってます。だから、沖さんが再生産論的転回に噛みついたのは、我が意を得たりです。ただ、違いを強調するあまり、単に宇野派の「労働力」理論に戻っているんじゃないか。たしかに「労働力」は経済的なものと政治的なものの接点ですから、ここを深める議論ができなかったのは残念だったし、自分に対する反省としてもあります。
130人を越える聴衆で満席となった会場

国民主権の臨界

王寺
 続いて上田さんと佐藤淳二さんから、鵜飼さんへの応答をお願いします。
上田
 ブランショがテロリズムをどう考えていたのかという点に絞って、お答えします。ブランショは「文学と死の権利」(49年)で恐怖政治の話をする以前、戦前には青年右翼に近いところにいて、テロリズムこそが救国の方法であるというような文書を書いているわけですね。37年ぐらいです。今のフランス国は唾棄すべきだという激烈な批判をしながら、なんとか国民を純化しなくてはいけないという話の中で出てくる文書です。その後、ペタンの国民革命にもかなりコミットする。37年から49年まで、ブランショは随分考え込んだと思うんですね。そこでフランス革命期の恐怖政治のことを読み込んで、考え方をまるっきり変えてしまったんだと思います。ロベスピエールやサン=ジュストは、徳を重視しました。個人的利害を否定し、個人を否定して、公共精神に根差し、公共の利益を優先させるような普遍的主体にならなくてはならない、と徳の名の下に恐怖政治を行った。しかしその理論的な帰結は、理念的に個人が死んではじめて成立する、死者たちの普遍的な共和国、不死性を具えた普遍的人間たちの共和国でしかない。そんなかたちで主権を立ち上げるという方向には絶対に向かってはいけない。ではどうやって、別のかたちで国民の主権を考えるかというところで、ブランショは文学を考えていく。58年から68年まで積極的に政治活動をした時には、一切のことを言う自由ということを一方で言っています。この一切のことを言う自由と文学の問題についてこれ以上は立ち入りませんが、当時のブランショは、国民の純化という名の下で主権を立ち上げていく動きを拒絶する、それを拒否するという立場で活動していたのだと思います。
王寺
 政治家論が現代思想の課題たり得るかという鵜飼さんの問いからは、アルチュセールのマキァヴェッリ的君主のことを思い出します。実践的に徹底的に不能であるがゆえに理論的な力能をもつその君主の位置は、これまで話題になったシュトラウスの位置にも、精神分析家の位置にも、構造に対するある種の外部性としての主体の位置にも通じている。そのマキァヴェッリ論はアルチュセールにとってある意味レーニン論でもあったわけですが、彼は最終的にその君主を、何処から来てもよい、誰でもよい人間として、顔を消された政治家に変容させてゆく。それは現代思想における政治家論の一つのかたちかもしれません。
佐藤淳二
 ルソーに関する哲学的議論としては、たしかに意志論は欠かせなくて、その文脈で初期デリダをイメージしながら脱構築をちらっと使ってしまいました。端緒的なことは、以前『現代思想』で「ルソーの一般意志概念を求めて」という論文に書きましたが、まだ十分に展開しきれていません。ただ、C・シュミットの『現代議会主義の精神史的地位』序文の一般意志論が今まで一番透徹したものであり、それをなんとか越えなければいけないとは思っています。要するに、政治体というものを想定するのなら、一般意志というものを考えなければいけないんだと。ルソーはその意味では正しかった。ただしその一般意志を具体化する時には、独裁者がいるんだと。決断する者が必要になり、その決断の背後には機会原因論が控えているわけですが、最終的な基盤は一般意志であるということを言い切ったのが、シュミットだった。この議論をどうずらしながら、シュミットに至らないような道を辿り直すかが課題であり、それが「別の声」の一つだと考えています。

この研究班には何人か、かつて様々な立場に別れていた人たちが一緒にいたわけですが、その学生時代、『アジテーターの現象学』という神話的な書物があって、私も買って持っていました。この研究班でその著者と5年間親しくお話しできたのが非常に幸せだったと思っています。
議会外左翼の帰趨

王寺
 その長崎さんにコメントを求める前に、ドゥルーズ=ガタリをめぐる争点に関わる「差異」と「矛盾」について、少し佐藤嘉幸さんと松本潤一郎さんに議論していただけますか。
佐藤嘉幸
 バディウは、革命的な状況を作り出すためには「差異」では駄目で、「矛盾」が必要だと言った。それは古典的マルクス主義の反復でもあれば、毛沢東主義の反復でもあった。それに対して、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』は、廣瀬純も言うように「レーニン主義的切断」の書物であり、社会を根底的・革命的に変革するためにどういう戦略がありうるかを考える本です。単純に言えば、自発的服従をしない「新しい人間」(小泉さんの言葉で言えば「狂人」)を作り出す戦略を、無意識のメカニズムから考えよう、ということです。そんな「新しい人間」を生み出すことを通してしかレーニン主義的切断はありえない、というのがとりわけガタリの考えだった。ここで差異を生成変化という意味で捉えるなら、こうしたレーニン主義的切断を生成変化と結びつけるというのが、ガタリに対するドゥルーズの答えだったと思います。
松本
 論文でも示したように、バディウのドゥルーズおよびドゥルーズ/ガタリへの強い批判にもかかわらず、ドゥルーズとバディウには共通点があります。その内実は異なるとしても、「潜在性」と「イデア」はいずれも、現働化したものとしての「歴史」に対し距離をとっており、両者の哲学はこの距離に支えられている。また、ドゥルーズ単独の仕事とガタリと協働した仕事にもかなりの隔たりがあります。そこには現働化からの距離と同質の面もある。ドゥルーズの「反復」概念がガタリとの協働で「リトゥルネロ」となった点にも見てとれるこの隔たりから、マルクスに淵源する「普遍史」の展望が開かれ、同時に潜在的理念と現働的なものとの緊張関係が回帰してくると私は考えています。しかし一連の共通点とは別箇に、ドゥルーズに対するバディウの苛立ちが注目に値するのは、そこにドゥルーズのライプニッツ的側面、ある種の可能世界論への批判が読みとれるからです。私には、『差異と反復』におけるライプニッツに依拠した差異の把握は、今日の、私有に基づく個人主義の自明視に加担した面があると見えた。そこからドゥルーズの潜在性とバディウのイデアの差異を読み込んでみたわけです。端的に言うと、バディウのイデア論に触発されて活動家(!)になる者はいても、ガタリとの協働作業はさておき、はたしてドゥルーズの潜在的理念論からそういうアフェクトが出てくるのか。
王寺
 中村さんの論文には、70年代にシュミットを左翼の政治的議論に導入した稀な例としてトロンティと長崎さんの並行性に注目する一節もありました。その中村さんからもお願いします。
中村
 私が取り上げたのは、六〇年代前半イタリアの新左翼の原点とも言うべきトロンティですが、彼の功績にはまず賃労働・資本関係を徹底して政治的な、支配と抵抗のせめぎあいと捉えたこと、そしてフォーディズムが成立した時代に、工場の規律が社会に広がっていくという新しい社会理論を展開したことがあります。さらに、早い時点でマルクス主義の理論に政治の理論がないことを自覚して、C・シュミットから新しい政治の概念を引っ張ってきた。マルクス主義で言えば、資本と賃労働の間の関係が先行して、そこから敵対関係が派生するという話になるわけですが、シュミットによれば、どういう分野にでも「敵対関係」、政治的な関係が成立しうる。トロンティはその議論を導入した。もちろん、それはひとつの隘路でもありました。ラクラウ=ムフの左翼シュミット主義が、単なるリベラル・デモクラシーに転落してしまうといった経緯ですね。そういう隘路も、トロンティからは垣間見える。
王寺
 最後に、この5年間、常に冷静に、ご自分の政治経験や考えてきたことと突き合わせながら、われわれの議論に付き添って下さった長崎さんからコメントをいただければ幸いです。
長崎
 先ほど、鵜飼さんに私の77年の本を引用していただきましたけれども、この研究会の5年間、「倫理」というのは一種御法度でした。それに対する嫌味で引用されたのかなと(笑)。たしかに「倫理」を外すという方針によって触れられなかったことがあるわけです。たとえば共同性とかコミューンとかに直に触れる議論がなかったと思います。その点、ネグリについてちょっとだけ意見を言っておきます。ネグリは、ネオ・レーニン主義が自分の立場だと言っております。イタリアの68年の最中にレーニン講義をして、そこでレーニン的な前衛に対比して「大衆前衛」と言うんですけれども、これはもう背理ですよね。「プロレタリアートの党」とも言い換えています。ネグリはむしろ大衆労働者、マルチチュードをプロレタリアートと言っておりますから、大衆前衛というのは、大衆の中の前衛部分を含意しているのだと思います。そう考えると、バックにあるのはどうしても、68年の左翼的なものにかぎらず、ファシスト的なものにせよ、アナーキスト的なものにせよ、大衆的蜂起があった時に最初に結ばれる組織共同性としての、評議会、ソヴィエト、レーテ、そういう大衆の自治機関・権力機関になります。これが森川さん的に言えば、政治のはじまりであり、変質の出発点にもなっていくわけですね。そうすると、この評議会の中の指導的な部分を、ネグリは「大衆前衛」というふうに呼んだと理解することができる。そこで私の批判なんですが、大衆前衛を称揚して、大衆前衛でなければいけないということを、レーニン的な前衛党論を否定した上で言っている、そのネグリ自身は一体どこに立っているのか。すべては政治であると言うあんたの政治はなんなんだというのと同じような、立ち位置が実は問われているはずなんだけれども、本人はどうもそれに気づいていないらしい。そんなところから、あのレーニン講義の錯綜が出て来ているように思います。

68年をどう歴史にしていくかということに関連して、ずっと私の腑に落ちないことがあります。それは、当時の強大なイタリア共産党と共産党系の労働組合に対して、議会外左翼の評議会運動がかすってもいないという印象なんですね。同じことを、フランスの5月にも感じるわけです。煎じ詰めて言えば、イタリアでもフランスでも、メンシェビズム(党内主流派)が登場しないんですね。私が考えるレーニン主義は、メンシェビキがあって、それに対してのものですから、どうもここが理解できない。今後ともその辺の事情を教えていただければ、実り多いものになるのではないかと思います。 (おわり)
『現代思想と政治』目次

▽市田良彦「現代思想と政治をめぐる序」(終わりから始める/「社会」でもなく「倫理」でもなく/「政治」が消える?/分岐点としての「六八年五月」あるいは「すべては政治である」/「主体」が廃位される?/三つの環――〈政治哲学〉〈マルクス主義〉〈精神分析〉)
▽第一部・政治/哲学 小泉義之「ドゥルーズ/ガタリにおける政治と哲学」
▽王寺賢太「マキァヴェッリとポスト六八年の政治的〈構成〉の諸問題」▽佐藤淳二「『ルソー問題』から初期マルクスへ――疎外の論理をめぐって」
▽上田和彦「モーリス・ブランショの『政治参加』(一九五八―一九六八年)」▽箱田徹「ミシェル・フーコーの内戦論――市民社会戦争と歴史の真理ゲーム」
▽布施哲「俗物に唾することさえなく――フーコー、シュトラウス、原理主義」
▽第二部・資本/闘争 長崎浩「六八年のなにが政治思想を促したか」
▽沖公祐「マルクス主義における再生産論的転回」▽佐藤隆「債権債務関係と商品交換――あるいは市場における権力の生成」
▽中村勝己「オペライズモの光芒――トロンティの社会的工場論と<政治>」▽廣瀬純「情勢の下で思考する――アントニオ・ネグリと『六八年の哲学』」
▽長原豊「流れと捕獲の普遍史のために――三位一体と常駐し睥睨する<一者>」
▽第三部・主体/精神分析 中山昭彦「ヴァルター・ベンヤミン、暴力―力と歴史哲学」
▽佐藤嘉幸「分裂分析と新たな主体性の生産――ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』を読む」
▽松本潤一郎「矛盾は失効したのか――思考の政治的時効」
▽上尾真道「六八年のプシポリティーク――フランス精神分析運動の一場面についての史的考察」
▽立木康介「ラカンの六八年五月――精神分析の『政治の季節』」

合評会発言者略歴

★いちだよしひこ氏は神戸大学大学院教授・フランス現代思想専攻。一九五七年生。
★おうじけんた氏は京都大学人文科学研究所准教授・社会思想史/フランス思想専攻。一九七〇年生。
★こいずみよしゆき氏は立命館大学大学院教授・哲学・倫理学専攻。一九五四年生。
★さとうじゅんじ氏は北海道大学大学院教授・フランス文化論・思想史専攻。一九五八年生。
★うえだかずひこ氏は関西学院大教員・フランス思想専攻。一九六四年生。
★はこだてつ氏は大阪市立大学都市研究プラザ特任助教・思想史専攻。一九七六年生。
★ふせさとし氏は名古屋大学大学院准教授・政治哲学・政治理論専攻。一九六四年生。
★ながさきひろし氏は評論家。一九三七年生。
★おきこうすけ氏は香川大学教授・経済理論専攻。一九七一年生。
★さとうたかし氏は大分大学准教授・経済理論専攻。一九七〇年生。
★なかむらかつみ氏は中央大学と法政大学で兼任講師・イタリア政治思想史専攻。一九六三年生。
★ながはらゆたか氏は法政大学教授・経済史・経済理論専攻。一九五二年生。
★さとうよしゆき氏は筑波大学准教授・哲学/思想史専攻。一九七一年生。
★まつもとじゅんいちろう氏は就実大学准教授・フランス文学・哲学・思想史専攻。一九七四年生。
★うえおまさみち氏は立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員・精神分析・思想史専攻。一九七九年生。
★ついきこうすけ氏は京都大学人文科学研究所准教授・精神分析専攻。一九六八年生。
★ひがきたつや氏は大阪大学大学院教授・哲学・現代思想専攻。一九六四年生。
★もりかわてるかず氏は京都大学大学院教授・政治思想史専攻。一九七一年生。
★うかいさとし氏は一橋大学大学院教授・フランス文学・思想専攻。一九五五年生。
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年4月22日 新聞掲載(第3137号)
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この記事の中でご紹介した本
現代思想と政治 資本主義・精神分析・哲学/平凡社
現代思想と政治 資本主義・精神分析・哲学
編集者:市田 良彦、王寺 賢太
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
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