吉田松陰の時代 / 須田 努(岩波書店)吉田松陰とは何ものか  研究に新たな局面を拓く|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月2日

吉田松陰とは何ものか 
研究に新たな局面を拓く

吉田松陰の時代
著 者:須田 努
出版社:岩波書店
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吉田松陰の時代(須田 努)岩波書店
吉田松陰の時代
須田 努
岩波書店
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吉田松陰といえば、大抵は、教育者、革命家、思想家とみなされている。著者須田努氏は、そのいずれでもないとして、松陰を、終生、山鹿流兵学師範であり続けたとする。

松陰を山鹿流兵学師範とすることは、本書の研究視角を定めている。それが、歴史叙述における研究者の視角からする投影としての「虚像」に陥らないよう、著者は、松陰の言動を史資料にもとづいてトレースして、松陰の「実像」を示そうとする。

著者の松陰の言動の探索は、かなり徹底している。著者は、修業時代の松陰が、藩命で同僚と共に、長州沿岸「北浦」の台場・狼煙場の視察・確認して廻った記録「廻浦紀略」を手に、そのルートを全行程にわたって、実地調査している。また、全行程ではないにせよ、松陰の平戸・長崎への留学、東北巡見調査旅行についても、やはり「西遊日記」、「東北遊日記」を携え、実地調査している。

このような松陰の言動の綿密なトレースによって、著者は、松陰における兵学が、「時勢」に応じて変化していくことを明らかにする。例えば、ペリー艦隊来航を契機として、海防における小舟優位論から大艦導入論へ、あるいは、会沢正志斎の影響もあって、「郷土防禦」という発想から「「天下」国家」の防衛意識への転換を明らかする。
「時勢」に対応する松陰における変化の考察は克明であり、とくに「最後の六年」については一年ごとになされている。また、会沢正志斎、佐久間象山、横井小楠、山県太華、村田蔵六等々と対比することで、松陰の特質が、歴史的文脈の中で、明らかにされている。

本書は、吉田松陰における兵学者である側面に着目し、史資料にもとづいて、時代状況との関連において、その言動を綿密に明らかにした。これは、松陰研究に新たな局面を拓いたものであり、多くの新たな知見をもたらし、松陰研究上に多大な貢献をしている。
ところで、「おわりに」における著者の松陰に対する総括的評価は、次のようなものである。「彼は長州藩「山鹿流兵学師範」として生き、徹頭徹尾、江戸時代的兵学教養の人物であり、技術型の知識人ではなかった。」これは、著者がさまざまな局面で松陰に与えた辛い評価のまとめといえようが、気になることがある。 これだと、松陰は、転変する状況にもかかわらず、固定的な性格ないし本質を持ち続けたとことになる。果たしてそうなのか。

このような松陰における固定的な本質の持続という見方に関連して気になることがある。著者は、本書「はじめに」で「松陰の知が陽明学的認識論の下にあったことを問題にしようと思う」と述べる。そして、嘉永六年時点の『将及私言』の考察において、松陰が「独善的「良知」論とからめた個人の精神的価値基準に落とし込むような論理になっている」と指摘する。安政五年時点の間部襲撃計画に関連して「この発想は、陽明学的認識、独善的「良知」論と「知行合一」の肥大化による帰結であった。」と述べる。

だが、そもそも、嘉永六年の時点で、松陰が「陽明学的認識論」を有していたのだろうか。有していたとして、その内実はどのようなものであったのか。本書では、松陰が、嘉永三年に平戸の葉山左内を訪れて、王陽明の語録・書簡を選録した『伝習録』を借りて読んだことを記すが、以後、松陰における「陽明学的認識論」にかかわる松陰自身の言説に即した分析も解説もない。そして、嘉永六年時点で、「独善的「良知」論」が松陰のこととして登場する。厳密な史資料にもとづく成果の提示に感服していた評者は、松陰における「陽明学的認識論」についての著者のこうした論述に、正直なところ、当惑した。

そして考えた。「陽明学的認識論の下にあった」とともに「江戸時代的兵学教養の人物」であった吉田松陰とは何ものか。この問いは、改めて松陰と向き合うように促している。本書は、そうした促しを喚起する書物である。
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2017年9月29日 新聞掲載(第3208号)
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