参加と交渉の政治学 ドイツが脱原発を決めるまで / 本田 宏(法政大学出版局)利害を超えた「対話」が脱原発を可能にする|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月2日

利害を超えた「対話」が脱原発を可能にする

参加と交渉の政治学 ドイツが脱原発を決めるまで
著 者:本田 宏
出版社:法政大学出版局
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福島第一原発事故直後の二〇一一年四月、ドイツのメルケル首相が「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を設置し、その答申を踏まえて二〇二二年までの脱原発の実現を決定したことは記憶に新しい。しかし、ドイツが脱原発を決定するまでには、一九七〇年代以来の長い前史が存在する。本書は、この前史を「交渉と参加」というキーワードを通じて政治学の観点から丹念に追った良書である。本書の記述を頼りにすれば、単に「なぜドイツで脱原発が可能になったか」という問いだけでなく、「脱原発を実現するために、日本の政治に何が足りないのか」という問いを考察することも可能になる。

ドイツでは、一九七〇年代のヴィール原発反対運動の関係者が中心となって緑の党が設立されたが、これは単なる環境政党ではなく、社会運動の実践から派生した「底辺民主主義」(一般党員による議員の拘束委任、少数派を尊重するコンセンサス原則、集団指導体制、男女同数原則など)に基づいた、新たな民主主義の実験の場でもあった。反原発、環境保護の理念とこうした新たな民主主義の実験の両者が相乗効果を引き起こして、多くの若者の政治参加を促したのである。環境運動のような「新たな社会運動」から派生した、新たな民主主義の実験場としての環境政党は、日本には見られない。

反原発運動が社会的な注目を浴び、同時に緑の党が地方政治において党勢を拡大するに従って、親原発であった社会民主党とその支持母体の一つである労働総同盟もその立場を変え、一九八六年に脱原発へと方針を転換する。とりわけ労組の脱原発方針への転換は重要である。ドイツでは一九七〇年代終わりから多くの産業別労組で原子力への賛否が活発に議論され始め、多くの労組において青年部が、原子力が環境と労働者に与える危険性(放射能の健康影響や原子力関連労働の危険性が議論された)、原発推進と民主主義との両立不可能性(原発推進による警察国家化の危険が議論された)といった観点から脱原発を支持し、脱原発への方針転換を準備した。最終的には、一九八六年のチェルノブイリ原発事故がドイツの環境をも汚染し、反原発運動が勢いを得たことが決定打となって、社会民主党と労働総同盟は脱原発へと方針転換するが、労組が自らの関心を賃上げ、雇用、労働条件といった経済的利害に限定するのでなく、社会問題一般へと開いていくことは、極めて重要である(そうしたあり方を本書は「社会的労組」と呼ぶ)。日本では、ナショナルセンターの連合が親原発方針を変えないため、連合に支持された民進党も脱原発の方針を曖昧にし続けている。しかしながらむしろ、労組が自らの短期的な経済的利害を超えて、「長期的にどんな社会を構築すべきか」という問いへと関心を転換することこそが重要なのである。

原発問題が紛糾するたびに、推進、反対両派が対等な立場で参加する対話の場が行政によって設定されてきた、という点も重要である。ヴィール原発反対運動をきっかけとして連邦政府が導入した「原子力市民対話」(一九七五―七七年)に始まり、核廃棄物総合処理センター構想の安全性を議論するために州政府が設置した「ゴアレーベン国際評価会議」(一九七八―七九年)、連邦議会が設置した「将来の原子力政策」連邦議会特別調査委員会(一九七九―八二年)、脱原発の条件交渉「エネルギー・コンセンサス会議」(一九九三年)などにおいて、原発推進派と反原発派は対等な資格で議論を積み重ねてきた。ヴィール原発反対運動を契機として結成された批判的科学者によるシンクタンク「エコ研究所」は、脱原発を科学的に基礎付けるために、これらの対話において積極的な役割を担ってきた。批判的専門家が行政の組織する公式の対話の場で大きな役割を果たしてきた点は、日本には見られない特徴である。日本の行政が自らの政策にお墨付きを与えるために原発推進派の学者と経済人のみに議論をさせる「審議会」(しかも、その結論は行政によってあらかじめほぼ決められている)とはまったく異なった光景が、ドイツでは展開されてきた。一般に、同一の利害を共有する関係者のみが展開する議論は「対話」ではなく「モノローグ」と呼ばれる。しかし行政においても、単一の利害関心を超えて、異なった立場間での真の「対話」が必要なのだ(その過程を著者は「討議政治」と呼ぶが、その意味で、本書の立場はハーバーマスの「討議的理性」に近いように思われる)。このように本書は、ドイツの脱原発に至るまでに積み重ねられてきた、政治参加と「対話」の歴史を明らかにすることで、日本の政治が抱える深刻な問題を逆照射しているのである。
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2017年9月29日 新聞掲載(第3208号)
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