自然主義入門 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー / 植原 亮(勁草書房 )哲学と科学の対立など一蹴せよ  自然主義という実り豊かな漁場へ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月2日

哲学と科学の対立など一蹴せよ 
自然主義という実り豊かな漁場へ

自然主義入門 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー
著 者:植原 亮
出版社:勁草書房
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近年、工学技術とデータ収集技術の急速な向上により、人工知能(AI)研究は飛躍的に進歩した。人々は、機械が人間の知性をはるかに凌駕する様に驚いてみせ、人工知能の市場化・産業化に躍起する。もはや、かつて喧伝されていた意識のハードプロブレムやフレーム問題など出る幕もなく、「機械による人間知性の再現ははたして可能か」といった問いかけなど忘れ去られたかのようである。しかし、植原亮氏による『自然主義入門』が披露する、人間の心、知識、道徳をめぐって科学と哲学のあいだで交わされる攻防は、読者をいやおうなくかつての問いへと立ち戻らせ、問題はいぜん山積であるということを知らしめる。この意味で本書は、「現代哲学における自然主義への入門書」でありながら、哲学そのものへの良質の入門書となっており、「人間とは何か」という問いに僅かでも関心を持つすべての読者に読まれるべきであるだろう。

では、本書が入門を勧める「自然主義」とは何か。自然主義とは、科学に対する哲学の優位性を認めず、哲学もまた科学的な知見や発見によって訂正される可能性を引き受け、科学と連携して進められるべきだという立場である。哲学は、私の痛みや私の感情、私の心のうちは私にしか知ることができないと強弁する。「なるほど」と信じたくなる気持ちを「ぐっとこらえて」、それらも自然法則によって支配される作用や過程のうちにあるのだと理解するよう努めねばならない(心身二元論の拒否)。また、哲学は往々にして人間を特権視するが、自然主義はこれも認めない。人間の特権とされる言語、知識、科学、技術、道徳、社会制度もまた、徹底して自然現象のなかに位置付けようと試みる(人間の非例外主義)、これが自然主義である。本書は、こうした科学と哲学の対立が、人間の「心の基本設計」をめぐる経験主義と生得説の見解の相違によっていかに生み出されるかを、まさに「ツアー」のように案内したのち(第1章から第5章)、最終目的地である自然主義へと読者をいざなう。

この意味で、本書の核心は第6章にある。そこでは、人間の心を、意識的な努力の関与が低く直観的に働く認知システム1と、熟慮的な思考プロセスを実行するシステム2というふたつの領域から成るとする「二重プロセス理論」が紹介される。筆者はこれを自然主義の有力なツールと捉える。二重プロセス理論からすれば、たとえば、道徳的問題においても、頻繁に生じる問題には基礎的感情(システム1)が対処し、未知の経験や未来の事象など熟慮を必要とする問題に対しては意識的な努力(システム2)、および学校制度や裁判制度といった外的足場によって対処することが可能となり、超自然的な「善」や神の意志などに依拠する必要はない(第7章)。科学に先立ちこれを基礎づけんとする「第一哲学」も、認識論の破綻を目論む懐疑論の突飛な例(私たちは「培養槽の中の脳」かもしれない!)も、自然主義にかかれば、むしろそれらがいかなる直観に基づき、どのような認知的バイアスや環境的要因によって生み出されているのかを、まさに科学的知見に依拠して明らかにすべしと切り返される(第8章・第9章)。こうして読者は、たとえどれほど深遠な哲学的問題であっても、科学との連続性のなかで究明されるべきであり、「そのほかにどんなやり方があるのか、と問い返す以外にない」と納得させられるにいたるのだ。

哲学と科学は連続すべしとする自然主義に私は全面的に同意する。科学と哲学の対立などむしろ、科学者の哲学的素養の無さか、哲学者の科学的素養の無さに対する彼ら自身のうしろめたさに起因する虚構にすぎない。本書を手にした読者は、「科学か哲学か」といった不毛な二項対立を一蹴し、自然主義という実り豊かな漁場へと必ずや漕ぎ出すことになるだろう。その際、本書に付された豊富な文献案内が、読者の有益な水先案内となることを保証する。
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2017年9月29日 新聞掲載(第3208号)
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自然主義入門 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー/勁草書房
自然主義入門 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー
著 者:植原 亮
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